第19話姉妹遭難8

「この度は娘の危急を救っていただき、感謝の申しようもない。

 この通りでござる」


「ご丁寧な礼を頂き痛み入ります。

 武士として当然の事をしたまででございます。

 これ以上お気になさらないでください。

 ただ、この後も評定所で色々とあるでしょうから、証人として吟味に同道させていただきますので、遠慮なされずに呼び出してください」

 

 我らしくない丁寧な言葉に舌を噛みそうになったが、これはしかたがない。

 相手が身分ある方なら、丁寧に話すしかない。

 この後も色々とお礼と謙遜を繰り返したが、それはどうでもいい事だ。

 問題は具体的な今後の方針である。

 白河藩が素直に謝ってこなかったら、大名同士の争いになる可能性すらある。


 山名家の屋敷に来て初めて知ったのだが、当代の山名家の当主は、筑後柳河藩の立花家から婿養子に入られたそうだ。

 現立花家当主は実兄で、姉達の中には長府藩毛利家、徳島藩蜂須賀家、谷田部藩細川家や旗本立花家に嫁いる方もいて、幕閣にも影響力がある。

 これは白河藩と言えども力業で黙らせることは不可能だ。

 問題がこじれたら将軍家御連枝を御養子に迎える話も消えてしまうかもしれない。


 だが、まあ、我が最後まで係わるとは限らない。

 早々に白河藩が謝罪してくる可能性もある。

 我が加わらずとも、普段から両家が昵懇にしている町奉行所の与力同士が話をつけて、両家に和解案を提案して話がまとまる可能性もある。


「誠に失礼ながら、こんな形のお礼になってしまうのを許して欲しい。

 些少で申し訳ないが、ご笑納願いたい」


「過分なお礼痛み入ります」


 山名家の名誉と二人の姫君の貞操、いや、二人の姫君の命と言ってもいいだろう。

 それを助けた礼が金百両というのは、多いのか少ないのか、我には分からない。

 だが全ての武家が勝手向き不如意な昨今、百両は思い切った礼だと我は思う。

 それに、お礼は、心がこもっているかどうかが全てだ。

 今回のお礼には、娘を助けてもらった親心が籠っていた。

 我にはそれで十分だ。


「本日は誠にありがたき事でございました。

 主人衛門尉のみならず、我ら家臣一同心から御礼申し上げます」


 山名家当主の衛門尉様と奥方がわざわざ玄関まで送って下さり、江戸家老以下の家臣一同、奥女中まで総出で表門の外まで出て見送ってくれた。

 その真心と主家に対する忠誠心に思わず胸が熱くなる。


「立見殿。

 無礼不調法は重々承知なれど、姫君様方の恐怖と殿の無念を思えばこそ、あえてお願い申す。

 この度の事、何卒、御老中田沼様に、よしなにお伝え下され」


「「「「「お願い申し上げます」」」」」


 五十を超える家臣一同が、最敬礼をしてくれる。

 気は心である。

 これほどの真心と忠誠心を見せてもらえば、応えるのが武士という者だろう。


「御任せあれ。

 この脚で田沼家に向かわしてもらいます」


 

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