第15話姉妹遭難4

「やめろ、やめろ、やめろ。

 俺達は白河藩の中間だぞ。

 俺達に逆らってただですむと思うなよ」


 助かりたい一心で嘘を言っているのであろう。

 だが、本当ならそれはそれで面白い。

 一介の武芸者が、天下の白河藩相手に喧嘩できる。

 それもよし。


「下郎。

 ならばこの拐かしは、白河藩の命令か。

 白河藩主の命令で娘を拐かしたのか」


「そうだ、だから俺達に手を出すんじゃねえ」


「ならばそれも面白い。

 女子供を助けるためなら、白河藩と戦ってやろう」


「「「「「うぉおおおおおお」」」」」

「やれ、やれ、やれ」

「白河藩なんか潰してしまえ」

「いよ、藤七郎」

「立見屋」

「百人斬り」


 周りの野次馬がどよめいた。

 無関係だから勝手を言えるのだ。


「ひぃいいいい」


 逃げようと背中を向ける奴に槍を突き立てる。

 このような下劣な連中を一撃で殺したりはしない。

 苦しみ抜いて死ぬように、腹を刺し貫く。

 だがそれでは槍を抜くのに時間がかかり、一部の渡り中間を逃がしてしまうかもしれないので、槍を振り回して手足の骨を砕く。


「この野郎、死にやがれ」

「うりゃあああああ」


 中には度胸のある者もいるようで、木刀で手向かってきた。

 木刀に見せかけた脇差を差している者もいたようで、抜いて斬りかかってきた。

 手向かってくれた方が手討ちの作法に適うので、好都合だ。

 手当たり次第に槍で突く。


「旦那、藤七郎の旦那。

 ひとりふたり殺さずに捕まえましょうや。

 その方が面白くなりやすぜ」


 伊之助が物騒な事を口にするが、それも面白いかもしれない。

 白河藩は親藩で、御老中の田沼様に批判的だと聞いた事もある。

 初めて我を認めてくださった田沼様のためにも、白河藩主の評判を落としておく方がいかもしれない。

 これでも三十人扶持を頂く剣術指南役なのだ。


「うぎゃああああ」

「痛てぇ、痛てぇ、痛てぇ、痛てぇえよぉお」

「うううううう」

「ぎゃぁああああ」


 止めを刺さず、手足や胸を砕いただけの渡り中間達が、泣き喚いている。

 伊之助の助言がなければ、首を刎ねて止めを刺している所だ。

 だが今では、止めを刺す気にもならない。


「大丈夫ですか、怪我はありませんか」


「姫様、姫様、姫様、姫様」

「ああ、姫様。

 よく御無事で」

「うわぁあああああん」

「楓、楓、楓、楓」


 腰元と若党が這いずるようにやってきた。

 自らの怪我を度外視して、本心から姫を心配している。

 幼い方の姫が腰元にすがって泣いている。

 今どきの武家にしては主従の心が通った、忠誠心のある家のようだ。


 本来なら無礼討ちを直ぐに役所に届けなければいけないのだが、助けた以上最後まで面倒を見るべきであろう。

 心が不安定になっている姫を、無事に屋敷に送り届けなければなるまい。

 それにしても、我が届け出を出すべき役所はどこであろうか。

 前と同じように町奉行所であろうか。

 それとも田沼家であろうか。

 

 

 


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