レイとアイラの異世界雪山生活

灰色毛玉

異世界生活開始

第1話 ことはじめ

※大幅に改稿しました。



 ソレが起きたのは、高等部生活二年目の林間学校でのこと。

当時の私は毎日、幸せの絶頂と静かな絶望を行き来するという生活をしてた。


 元々、幼稚舎の頃から通ってる学校は、その気になれば大学まで進める女子校。私にとってはとても居心地が良くて、楽しい場所だった。理事長先生がお祖母ちゃんのお弟子さんがだったのもあって、気にかけてもらえてたのも居心地の良さの理由だったのかな。もちろん、多少は生徒の出入りはあったし、全員と仲良しってわけじゃあなかった。それでも、気心の知れた友人やお姉様方に囲まれた、私にとってほとんど全部の幸せが詰まった世界。


 ソレに対して家には、婚約者が居座ってたからとてもじゃないけど帰りた居場所だとはいえなかった。いつの間にか決められてた話な上に、相手は私が嫌いな男。せめて、女だったら良かったのに。名目は、結婚したお姉ちゃんの代理で保護者だって。

そんなの、本当は全然、要らなかったのに。




 ところで、ウチの学校では生徒の間でひっそり(?)と、同性の恋人ゴッコが流行ってた。ある意味、安全な火遊びだよね。

まあ、基本的には本物の同性愛って訳じゃなく、あくまでも校内でだけペアで行動しているという程度だ。校外に、ちゃんとした恋人がいる子も割といる。

私も、もちろんソレに参加させてもらって、女の子同士のイチャイチャを楽しんだりもしてた。……昔のことだよ。




 その日は、林間学校の最初の日。家に帰らずに済む上に、堂々と恋人と一緒にいられる機会で――ぶっちゃけ、ものすごく浮かれてた。本気で好きになってた子と、お付き合いを開始して、はじめてのお泊りだもの。舞い上がらないわけがない。

いいでしょう? 同性が好きでも。彼女がどの程度の気持ちでお付き合いを了承したのか、気にならなかったわけじゃない。でも――学校にいる間は私の恋人。それだけが、その頃の私の中で、一番大事なことだった。

高等部に編入してきたときから、ずっと気になっていた彼女――清水愛良。

少しずつ、少しずつ距離を詰めていって、やっとの思いで告白したよ。申し込みを受けてくれた時には、表面上は平静を装ったけれど内心ではのたうち回りたい程に嬉しかった。ただ、悔しかったな。自分が男だったら良かったのに……って。


「レイちゃん、どうしたの?」


「ん? ……なんていうか、アイラと一緒にいられて、幸せだなーって思ってた」


 林間学校では、きっちり同じグループに居場所をねじ込んで一緒のバンガローでお泊り。今日と明日の二日間、ずっと一緒。なんて、幸せなんだろう。


「ひゃう!?」


 今日から二日間宿泊する予定のバンガローは、緩い傾斜に刻まれたとても細い道の先にある。所々に木の根が飛び出していたり、朽ちた木の葉が敷き詰められているから足元がとっても不安定。アイラは、もう何度も足を滑らせてる。彼女は元々、あまり運動が得意じゃないみたいなんだよね。


「ほら、アイラ。もうすぐよー!」


 先にバンガローに辿り着いていたメンバーが、アイラの姿を見つけて手を振てきたのに二人で手を振り返す。


「ほら、あと一頑張り」


「ん。がんばる」


 笑顔で振り返ったアイラは、よそ見をしたせいでまたしてもツルッと滑る。


「あ、ひゃ、やん!」


 転げまいと手をクルクルと回してなんとか尻もちを免れた彼女は、ホッとした顔で左手にあった木の幹に手を突く。


「アイラ、寄りかかっちゃダメだよ」


「え?」


 右側は上に向かう傾斜だけど、左は下りの傾斜だ。

すぐ下に他のバンガローが見えているけど、落ちたら大怪我をするのは間違いない。

でも、彼女が手を放すよりも早く、手を突いていた木が大きく揺れる。もしかしたら、根っこが腐ってたのかも。ゆっくりと倒れ始めた木に体重を預けていたから、支えを失ったアイラの足も、宙に浮く。

彼女が目を見開くのと、私がその手をつかんだのはほぼ同時。

アイラの小さな体を必死で引き寄せながら、『あ、これは死んだな』と頭の中の冷静な部分が判断する。下までの距離は五メートル程度だけど、頭から落ちたんじゃ、よっぽどの奇跡が必要だろう。

ほんの一瞬だけ、筆舌に尽くしがたい幸福感を感じたのは、アイラと一緒に死ぬのもいいかもって思った私の破滅願望からきたもので――彼女の悲鳴にすぐ、我に返った。


 ……神様! せめて、アイラは助けて……!!

どんなに祈っても、欲しい助けが得られた試しなんてない。それなのに、咄嗟に出てきたのは神様への嘆願だなんて――我ながらおかしすぎ。

でも、その時は必死だったんだもの。仕方ない。

もちろん、神様なんてものを助けてくれやしなくって。

地面に叩きつけられる瞬間に浮かんだのは、『また、アイラに出会いたい』ただ、それだけだった。

ああ、でも。

『もう、女は嫌だ』って言うのも思ってたかも。

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