「書けなかった」という話。

 開き直って質問回答に特化させたこちらですが、当初エッセイを連ねていくつもりであったのは間違いなく……。

 そして、当初の説明文に何やら意味深なことも書いていました。「一時は何も書けなくなった私(以下略)」というやつです。

 ちょっとそれについてだけは書いておくかという気持ちになりましたので、お付き合いください。


 小説投稿サイトという場をともにする多くの人がそうだと思いますが、私も、子どもの頃から大人になるまでずっと、物語を書いてきました。

 しかしながら20代後半――そのときは訪れました。

 唐突に、小説が書けなくなったのです。

 チラシやパンフレットのコピー、インタビュー記事や現場レポート、そういった仕事上の原稿なら問題ないのに、小説についてはまったく何も手が動かない状態になりました。

 理由は、まあいろいろ重なっていたのだろうと思いますが、おそらくその最大のものは――バーンアウト。燃え尽き症候群。


 私には実は、読者参加型でストーリーが進む小説風RPGの運営会社に所属し、そのライティングを担当していた時期があります。

 小説風RPGというのがどういうものかというと、進み方はこんなふう。参加者はまず分身となるキャラクターを登録し、あるストーリーの中でのそのキャラの行動を指定します。すると、行動の結果が小説形式に描写されて返ってきます。参加者はそれを読んで、また次の場面ではどう行動するかというのを考えて……それを繰り返して、少しずつ物語を進めていきます。

 もちろん運営側にはざっくりしたシナリオがあるのですが、キャラクターの行動によってストーリーは進んだり後退したり斜めにずれたりするので、必ず思惑通りに進むとは限りません。「中の人」の思惑が反映されることで、時に思いがけない方向に進まされていくストーリーを管理し、執筆していく仕事は、とても面白いものでした。


 とはいうものの、この仕事はハードでした。

 なにしろ、一シナリオに対し投入されるキャラクターは何十人単位、その一人ひとりの後ろに本当の人間がいるわけです。指定された行動をストーリーに反映させるには、その指定をしっかり読み込まなければなりませんが、なにせ真剣な方だとレポート用紙何十枚にもわたる詳細な作戦や予測を送ってこられたりしますので、目を通すだけでも大変に時間がかかりました。

 さらに、一応ゲームなので、ルールに従って成功・失敗を割り出さなければいけない行動もあります。しかし、その作業はまったくの手動です。ルールブックはわかりづらく、どこに何が書いてあるのかを探すだけでも一苦労。

 こうして何とか割り出した、行動内容+成功・失敗の結果をあわせて毎回のストーリーに落とし込み、小説を書いていくのですが、実はその前の処理も含めて、全作業期間は1~2週間程度。いやもう、スケジュールきつかったです。私は毎回締切ぎりぎりでした。


 まあ、最初の方にも書きましたが、その仕事自体は楽しかったんです。読者との距離も近いし、ダイレクトに評価が返ってくるので、やりがいはありました。

 が、しかし、それを真剣にやればやるほど、自分の生活は大変になっていきました。というのも、その仕事に携わるライティングスタッフの立場はあくまで外部スタッフで、運営会社から支払われる報酬といえば、なんと数千円の原稿料のみ。そのくせなぜか会社に出社して執筆することを求められ(自分のPC持ち込み、交通費その他支給なし)、気づいたらかなり長時間拘束され、事務作業、発送作業、コールセンター業務、何から何まで担当させられるという状態に……。

 そうです。その会社は、要するにブラック企業だったというわけです。正社員は雇わず、「君たち半人前に書く場を与えてやるから、まずは修業したまえ」という言葉で、微々たる原稿料しかいただけない立場の私たちに会社の業務まで背負わせたのでした。

 すごい会社です。しかし、それに怒りもせずについていった私もすごいです。というか、今思えば頭おかしい。完璧に、どっかネジが飛んでいたと思います。


 その会社の事務仕事と執筆作業をほぼ無報酬で行い、自分の生活のために深夜バイト(注:24時間営業の、実に健全なる飲食系です。念のため)をする――そんな生活が数年続いたでしょうか。「やりがいと面白さだけで飯は食えん!」。疲弊しまくってようやく目が覚めた私は、やっとライティングスタッフの立場を返上したのでした。


 ひとつだけ幸いだったのは、その数年を書き手としてのキャリアと認め、私を拾ってくれた会社があったことです。とあるデザイン制作会社に拾われた私は、そこから何度か転職しながら、ライターとしての経験を積みました。それによって、まあまあ普通の生活ができるようになったのですが……「書けなくなった」のは、その頃からです。

 書きたい気持ちはあるのに、どうしても小説が書けない。夢中で書いていたときの感覚を思い出したくて、無理やり書いてみてもすぐ手が止まり、短編ひとつ完成しない。いつしか、どうやって書いていたのかも思い出せなくなり、書かないのが当たり前になりました。

 いわゆる「燃え尽き」と解釈していますが、「もうあんな生活はこりごりだ」というような思いがこびりついて、自分に強くストップをかけていたというのもありそうです。あるいは、人にネタ(詳細な行動)をいただき、ニーズに沿って書くということに慣れてしまい、自分で自分らしいものを書き出す力が衰えてしまったのかもしれません。いずれにしても、私はそのまま10年20年単位の期間を、一文字も小説を書かないままで過ごしてきたのでした。


 2020年になって、その「書けない」がなぜ崩壊したのか、自分ではわかりません。急に、なんだか書ける気がすると思えてきて、とりあえず三題噺という形で実行してみたら、曲がりなりにも一本の短編になったという感じ。

 ひとつ書けたら、次も何とか書けました。

 そこからは、ゆっくりですが一応は、作品を増やすことができています。


 まあ、なんでかわからないけど物語を書くということを思い出せたこと、私はとても幸運だったと思っています。知らないうちに時代が進み、小説投稿サイトなんてものができていて、同じく「書く」方々と交流できるようになったのも嬉しいです。


 書くことで、もっと世界を広げたいと、思える今が幸せです。

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