第1章 その6

「……は?」

 ほうけた声が出た。各属性宝珠と言えば、魔法ばいかいの素材としてちよう一級品。魔法をあつかう者であれば、しようがいで一度は手にしたい、と思うたぐいしろものだ。

 ていこく西方で発見されて以来、二百年近くつもいまとうされていない、ローグランドの次元めいきゆう──つうしよう『大迷宮』をかかえている迷都ラビリヤ産のそれが名高いが、入手はきわめて困難だと聞いている。

 何しろ階層の主をとうばつしないといけないのだ。

 その強さはりゆうほどではないにせよ、上位冒険者のみで構成されたパーティが複数組集まっても苦戦すると聞く。

 それ以外の入手方法は、特級以上の龍か悪魔を討伐。つまり、まず無理だ。

 ただし──希少な分、効果は極めて絶大。

 宝珠を組み込んだ武具は、属性に応じて大きな魔力とたいせいが得られ、著名なぼうけん者や、、魔法使いの装備品にはたいていこれが使用されているらしい。

 めいで年に二、三度出品された際こっちでも話題になるくらいだし、取引額は最低でも金貨数千枚。私は、ギルドの報告書をよく読んでる方だと思うけど、ここ最近、競売にもかけられていないはずだ。

 つまり──この宝珠が本物だとするならば、ギルドを通さず、ソロ、もしくはパーティ、クランが直接送って来た、ということになる。

 そんな物を平然と? しかも、さっき自分が運んできた箱の中に?

 ……にせものの可能性が高いわね。

 青年が笑い、宝珠だというそれをわたしてきた。

「あ、信じてないね。直接、手に取ってごらんよ」

「ち、ちょっと」

 私はあわてて両手で受け止める。

 圧縮された恐ろしく強い炎属性。も、もしかして本物?

 それにしても、本当にれい……。

 宝珠の人気はあつとう的な効果とその美しさにある、と聞いてはいたけど、なつとくする。

 ──ひとしきりながめていると、何時の間にか青年が三本の棒を持って横に立っていた。

 それぞれ材質がちがうように見える。

「納得したかな?」

「……確かに本物みたいね。だけど、こんな貴重な物を送ってくるなんて、何者なのよ」

「さっきも言ったけど、昔後押しした子達がりちに送ってくるんだ。みんな、立派になってくれてね。今回は僕の失敗なんだけど」

「失敗?」

「この前、王都を久しぶりに訪ねた時、話しちゃったんだよ。『炎と水の宝珠を探しているんだ』って。今度、お返しをしておかないと」

 ……もう、訳が分からないわ。

 こいつの話はおおむね事実らしい。

 だけど、付き合っていたら私の中の常識が音を立ててこわれるばっかり──

「さて、これを見てくれるかな?」

 青年が、こちらに持ってきた三本の棒を見せてきた。……今度はなんなのよ。

 一つは木製。内部に光がまたたいているように見える。

 やや短い二本目は、灰色。何かの骨??

 そして、三本目は明らかに金属。けれど、すごい魔力を感じる。

 それぞれのせんたんには、何かをはめ込むためなのだろう、数ヶ所、穴があいている。

 数えてみると七ヶ所。どうやら、つえの試作品らしい。

 くろかみの青年が聞いてきた。

「どれが良いと思う? 直感で選んでおくれ」

「──木ね」

「ふむ。りようかい

 そう言うと、くうから五つの宝珠が次々と出て来て穴にはまってゆき、残った二本の杖は手品みたいに消えた。

 ……待って、時空魔法を使えるのにも言いたいことは多々あるけど、目の前にあるこの杖は何? 何なわけ!?

 私の目がおかしくなっていないなら、これは──。

 青年がニコニコしながら、うながしてきた。

「さ、はめ込んでごらん?」

「…………」

 恐る恐る、空いている穴に炎の宝珠をはめ込む。

 宝珠が合計で──六つ。残りの穴は一つ。

「うん、様になってきた」

「ね、ねぇ……こ、これ、この杖って……」

「ん? 材料があったからね。杖もほしいころいだったし、作ってみたんだ。まだ水の宝珠が足りないんだけど、完成したら、おそらく大陸内にも一本しかない七属性宝珠付き世界樹の杖になると思うよ。七つ目をはめる際には調整が必要そうだし、西都へ行かないと……そうだ。これも何かのえんだし、完成したら名付け親になってくれないかな?」

「!?!!」

 ──人間はしようげきが大き過ぎると、言葉そのものを失う、というのを実感する。

 目の前の杖の土台に使った材料は、私みたいな冒険者なら知らない者はいない代物だったからだ。


    *


 世界樹──それは大陸中央にそびえる大樹。

 かつては、世界に三本あったらしいけど、現存しているのは一本だけ。

 伝承によれば、三百年以上前の『じん大戦』終結後、一本がれ、世界をほろぼそうとした『魔神』にいどんだ六人のえいゆうを救い、力を使い果たし天に帰った『がみ』がこの世界からいなくなった際、もう一本も枯れ落ちたそうだ。

 辺り一帯はハイエルフの神域になっていて、立ち入るのも難しく、ていこくこうていが命じてもきよぜつされたと聞いている。

 結果、素材を手に入れるのも至難で、ごくごくまれに、冒険者ギルドへ持ち込まれる程度だ。

 歴史上、世界樹の枝を使用し、実在したと認定されているのは伝説のじよう『導きし星月』のみ。

 今、目の前にあるのはそういう代物だ。

 の地点の枝を使っているかまでは分からないけど、この杖には六つの属性宝珠も付いている。

 さっきから、ずっと白昼夢でも見てるんじゃないかしら。

 っぺたをつねってみるけど……痛い。これは現実だ。

 この短時間に、いくつ『さいこうほう』を見せられているわけ?

 こしかけた青年は珈琲コーヒーを飲んでいる。

 こ、こいつ……。

「変な顔だなぁ。めつにない機会だし、持ってごらんよ」

「え? ち、ちょっとっ!」

 青年が杖をこちらにわたしてきた。

 持ったしゆんかんさとる。


 ──……ああ、本物だ。


 自分の中で魔力がいちじるしく活性化している。

 今ならだん使えない属性の魔法も使えてしまいそう。

 それこそ──私が使えないかみなりほうだって。青年が微笑ほほえみ、左手の人差し指を立てた。

「一つ目の助言をしようか。レベッカは、炎だけじゃなくて雷を使った方が良いね。苦手にしているみたいだけど、君の適性は雷だよ」

 思考がいつしゆん止まる。私の適性が『雷』……??

 青年に問う。

「…………どうして、私の属性を知ってるの?」

「ふふ、僕は育成者だから。見れば分かるのさ」

 幾らあのエルミアでも、冒険者にとっていのちづなの情報を他人に話さないだろう。そういう子じゃない。

 確かに私はほのおほうを得意にしているし、雷魔法はまともに使えない。

 それを? しかも、適性が雷寄り?

 手品の種は……私は杖をにぎりしめる。

「この杖ね」

「またまた正解。それを持つと、魔力が活性化するからおどろかすには便利なんだ。全部そろえばもっとかつやくしてくれるだろう。君はかしこいね。大体、どんな子もここらへんでけんいたり、魔法を展開したりするんだけれど」

「……られたいの?」

 目を細め殺気をにおわす。

 青年の顔はおだやかなまま。対応しようともしていない。

 カップを持ったまま、片手を軽く上げた。

ひどいなぁ。めてるのに」

「からかわないで! ……おいとまするわ」

 そう言い、杖を返す。

 手に張り付くような感覚。まるで、杖が意思を持っているみたいだ。

 さきほどの倉庫に置かれていた物といい、この杖といい……じんじようじゃない。

 話せば話す程、常識はほうかいしていく。かかわるのは──危険過ぎる。

 私が築きあげてきた『世界』の中に、こいつはあっさりと入り込んできてしまいそうだ。

 ……そんなの、こわい……。

 私のかつとうを知ってか、知らずか、青年は気安くさそってきた。

「夕食も食べて行けばいいのに。そうを作るよ? エルミアの話も聞かせてほしいし」

「……結構よ。あと、あのメイドの話をするあくしゆは持ってないわ」

「そうなのかい? エルミアは毎回、楽しそうに話してくれたから、仲良しなんだな、って思っていたんだけど。ああ、夕食後にも珈琲と甘い物も出すよ?」

 ! エルミアが私の話を楽しそうに??

 心が温かくなり、少し顔がにやけそうになるのをおさえつつ断る。

「……け、結構よ! あと、べ、別に私はエルミアと仲良くなんかないっ! ……ま、まぁ、少しはしやべる方だけど」

 青年はかたすくめた。

「そうか残念。なら──代わりに二つ目の助言をしよう。魔法剣を使いたいなら今のままじゃ永久にだよ。君が成長するには、さっきも言ったように、炎魔法じゃなく雷魔法がかぎだからね。炎魔法の成長は雷魔法をきわめた後でも出来るさ」

 瞬間、ばつけんし本気のざんげき。寸止めすら考えていない。

 しかし──

「!?」

「危ないなぁ」


 私の剣は、目に見える程強力な魔力しようへきはばまれていた。

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