14. 包囲されてしまいました

 それはうららかな昼下がりのこと。

 昼食を終えて午後の業務に励もうと廊下を歩いていたところ、先に昼食を済ませていたラウラがセラフィーナを見て足を止めた。


「あ、セラフィーナ。ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」

「はい。何でしょうか?」

「どうも間違って紛れていたみたいなのよね。これ、騎士宿舎に届けてくれないかしら? 入り口そばの受付で見せるだけで終わるから」

「かしこまりました」


 複数のベージュ色の封筒を受け取り、セラフィーナは来た道を戻る。

 騎士宿舎は文官棟とは正反対の方角だ。頭にたたき込んだ宮殿の見取り図を思い出しながら、西側の出口に向かって歩く。

 赤みを帯びた黄色のあんずの木を横目に突き進むと、灰色の壁が見えてきた。騎士宿舎だ。宿舎の裏は鍛錬場になっているらしい。勇ましいかけ声がもれ聞こえてくる。

 正面入り口に回り込み、開け放しだったドアを抜けたところで足を止めた。


(え……これは何事?)


 受付の前には若い騎士たちが列をなしていて、入り口が塞がれていた。このままでは目的を完遂できない。

 セラフィーナは目の前で喋っている騎士に声をかけた。


「あのう、すみません」

「はい……?」


 怪訝そうに振り返ったのは、右目に泣きぼくろがある青年だった。


「騎士宿舎の受付に用があるのですが。そこを通していただけませんか?」


 丁寧に頼み込むと、青年が「あ、ああ」と脇によけてくれた。

 だがせっかく空いた隙間を埋めるように、彼の隣にいた騎士がひょっこり身を乗り出してきた。そして不躾なまでにセラフィーナを凝視する。円滑な人間関係構築において愛想は大事だ。とりあえず微笑みを浮かべると、なぜか周辺にいた他の騎士たちまでもが視線を向けてくる。

 意図せず注目を浴びてしまい、本能的に身を引く。けれど彼らは獲物を見つけたように、すぐさまセラフィーナを取り囲んでしまった。


「え、だれだれ? この子」

「こんな可愛い子、下級女官にいたっけ?」

「美しい人。名前はなんて言うの?」

「え……えっと……」


 自分よりも背の高い青年男性たちに囲まれてたじろぐ。

 ユールスール帝国ではアールベック侯爵家の娘ということもあり、常に一目置かれていた。婚約者がいることは周知の事実で、アピールしてくる男性は誰一人いなかった。そもそも貴族社会では男性のほとんどは紳士的だった。


(わたくしは悪役令嬢セラフィーナでしょう! 物語の悪役のように皆に嫌われる役だもの。このくらい……どうってことない、わ)


 必死に気持ちを奮い立たせるが、体を鍛え上げている騎士が間近に迫ってくるのは、なかなか迫力がある。貴族男性と上品に会話するときとは違った雰囲気に、一種の恐怖すら感じた。


(ど……どうしよう)


 好奇心を隠そうともしない眼差しに耐えきれず、視線をそらす。

 侯爵令嬢として常に気品を忘れず、優雅に接すること。それを念頭に置いて生きていたが、まさかここで屈することになろうとは。

 ちらりと視線を戻すと、ギラギラした目が待ち構えていた。言葉が喉元で引っかかって出てこない。冷や汗が背筋を伝い落ちる。


「――こんなところで、何をしているのですか?」


 凜とした声に驚いて振り返ると、エディがいた。その後ろにはレクアルの姿もある。二人一緒ということは騎士団に用事なのだろう。

 レクアルがゆったりとした動作で一歩進むと、滝が左右に割れたように騎士たちが統率された動きでザッと端によける。一本道ができあがり、その中心でセラフィーナは取り残された形になった。

 エディが近づき、心配そうに身をかがめる。


「大丈夫ですか? ご不快な思いをされたようなら、申し訳ありません。皆、悪気はなかったのだと思います」

「い、いえ。少し怖かったですけれど、大丈夫ですから」

「……失礼ですが、こちらへはどういったご用件で?」


 胸元に持っていた封筒の存在を思い出し、エディに差し出す。


「こちらの書簡が女官部屋に紛れていましたので、お届けに上がりました」

「そうですか。それはお手数をおかけしました」


 エディが受け取り、後ろの差出人を確認している。一通をポケットにしまい、残りを受付に預けた。そこで、それまで他の騎士たちと世間話をしていたレクアルが話を切り上げ、セラフィーナの前にやってきた。


「こうして話すのも久しぶりだが……どうだ、仕事はうまくやっているか? 何か困ったことはないか」

「はい。問題ありません」

「その後、気は変わったか?」

「いいえ」


 キッパリ否定すると、レクアルは苦笑した。


「残念だ。お前が俺を頼ってくるときをずっと待っていたのだが……」

「恐れ多いことでございます」

「だがまぁ、顔を見られて安心した。元気そうで何よりだ。これからも励めよ」


 ぽんと頭に手を置かれ、くすぐったい気持ちになる。

 実の両親にもされたことがないのに、なぜかレクアルにはされて当然という安心感があった。自分でも不可解な気持ちを持て余していると、エディが咳払いをした。


「殿下。先に用事を済ませましょう。団長がお待ちです」

「……うむ、わかった。セラフィーナ、またな」

「はい」


 廊下を通り抜け、階段を上っていく様子を見送る。周りの騎士たちも唖然としており、セラフィーナは今を逃す手はないと思って、そろりそろりと後退した。

 それから騎士たちに捕まらないよう、早足で宮殿に戻った。

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