26 悪女
「うちも…してみたいなぁ…」
「え…?」
私はびっくりして振り返る
「キャバクラってテレビとか、マンガでしか見たことない世界だけど…働いてみたいかも…」
麻衣は人差し指を顎に当てながら、伏し目がちに言った
「…まじ?」
私は驚いてそれ以上言葉が出ない
「うん…麻衣が働いている世界がどんなところかみてみたいってのもあるけど」
いつの間にかトップを短く切り揃えた元私の髪を、麻衣は手で盛りながら話す
「い、いいんじゃない!?楽しいよ!!一緒にしよ!」
気付いたら、私はそう口走っていた
「社会勉強だね!」
麻衣はそう言ってにっこり笑いながら携帯を開いて、私にスケジュールを確認してきた
彼女は
キャバクラを軽蔑するでも
嫌うでもなく
笑顔で迎え入れた
意外過ぎて動揺した私は、金曜日に一緒に麻衣とミスティックに出勤する約束を交わしてから別れた
ずっと、あの教養と愛情溢れる家庭で育てられた麻衣が、まさかキャバクラなんかを受け入れるとは思わなかった
なんかって私が言うのもなんだけど、世間での水商売の評価は低いから
彼女も、そういう人間だと思ってた
だから、認めてくれなくても、否定されても傷つかないようにだけ、期待しない覚悟してから言ったのだ
それとも…
やっぱり、私はただ麻衣という人格を今までずっと買いかぶり過ぎていただけなのか…?
私の中での麻衣の幻想に惑わされて、嫉妬や恨み言を言っていただけ…?
あなたも、私と同じ寂しい人なの…?
チェンジしても、あなたの奥底の気持ちまではわからないよ
それから店に出勤して着替えようとした所で、見覚えがある服に目が止まった
…あれ…?
それはゴミ箱に入れられた私の仕事着
私は一瞬なにが起こったかわからなくなり、動揺した
更衣室には私以外誰もいない
そのスーツをそっと、ゴミ溜まりから拾い上げて、広げた
カッターで引き裂いたような跡が数本
後はみんなが食べたおにぎりのつぶとか唐揚げの油とかが所々にべたっと着いていた
とても、もう一度着れるような状態ではない
ふっと鼻で思わず笑いが漏れた
今どきこんな、あからさまないたずらする子がいるなんて
ドレスが紛失の次はこれですか
私はスーツをゴミ箱に叩き入れた
手をはたいて、何事もなかったようにミニドレスに着替える
内心、ハラワタが煮え繰り返りそうな気持ちだが、それを仕事にまで持ち込んだところで、その日のテンションが上がらなくなって営業に差し支えが出てくる
だから私は嫌なことがあっても、その瞬間にすっぱり忘れるようにしている
スーツ一着如き、売れないあんたたちにくれてやるよ
負け犬め
更衣室を出て、タイムカードを切ってもらいにリストへ行く
店長に挨拶をして、麻衣の出勤の件を伝えた
「わかった」
その後、私はさっきの更衣室の件を話そうかと思ったが、以前の記憶が蘇って止めた
私には優しい店長だけど、彼に言っても改善されない…
もっと上の人に言ったら、女の子みんな辞めさせるのかな…
でもなんか、そうすると負け犬に負けた気がする…
取り敢えずスーツの件は無視して、そのまま待機席に座って携帯を開いたところで店長が私の元へやってきた
「あ、麻衣さん、由美さんの席から場内を頂いたのでよろしくお願いします」
え…?
店長の後に着いていき、紹介された席は由美さんと、隣にはホスト崩れの男が座っていた
「…失礼します」
「どうぞ」
男は足を組み、ソファーにふんぞり返りながら応えた
由美さんは、相変わらず長い魔女みたいな爪で器用にタバコを挟みながら、無言で吸っている
2人と対面の席に座って、はじめましてと挨拶をした
2人は何となくニヤニヤしていて、印象が悪い
「飲めば?」
男がお酒を勧めてくる
「ありがとうございます」
「これ、どうぞ」
ゴトン、と、男は鏡月のボトルを私に突き出した
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