20 悪女

振り返った彼の瞳は、暗闇の中で妖しく光った…ような気がした



紳士な見た目なのに、どこか闇に紛れ、陰りのある顔に一瞬たじろぐ



「…はい?」



「あっ…あの…お名前教えて下さいませんか…?」



どくどく、と、告白したときみたいに心臓が急に高鳴る



「ご縁があればまた出会えます、必ず、ね」



またも男はニヒルな笑みを残して去っていった



きれいに固めた漆黒の髪



紳士な立ち居振る舞い


バーに戻った私は、下げられたお酒を見た


バランタイン17年…



「ママこのお酒、一杯下さい」



茶色い液体が、喉から食道を、一気に燃やした



彼のお酒は苦くて、甘い香り






翌朝、頭痛と共に目が覚めた



冷蔵庫のミネラルウォーターを流しこんで、ざらついた口のなかがすっきりした



翌朝っていっても昼はとっくに回っている



広いリビングはカーテンが開けられ、昼間の高い日差しが部屋の中を明るくしていた



眩しい…



西側の窓を開けて、空気を入れる


風が一気に冷たくなっている

もう冬が近いのか


静かな部屋で、ソファに足を投げ出して座った


テレビでは、サイコロを振る番組がやっている



平和すぎるほど平和だ


今日は久しぶりに同伴の予定もない


ソファにごろりと寝て微睡んだ






あ…久しぶりに出かけようかな…


自分の時間を楽しもう


ソファから起き上がってクローゼットから服を取出して着替えると、早速出かけた



電車に乗って店がある駅で降りてから、駅前のバス停で少し離れたショッピングモールに行く


はぁ、田舎は何でもかんでも遠いからダルい



服でも見よう


そんなことを思いながらバスを降りると、店の入り口に見覚えがある人影



…あれ?



綺麗にまとめた髪


上品なシャツにジャケットをはおって、昨日のスーツよりカジュアルな格好



ご縁があればまた会えますよ、必ず…


彼が昨日、バーで放った言葉が脳裏にフラッシュバックする


彼だ



笑顔で一歩足を踏み出そうとした時、隣に誰かいるのが見えた




綺麗な、キューティクルのある胸まで伸びた髪


すらりと伸びる手足は、バンビのように細い


芸能人かっ、と突っ込みたくなるような真っ黒いデカサンをかけた彼女は、遠くからでもわかった



ゆきさん…



私だけ時が止まったかのような、一時停止したみたいにピタリと一歩踏み出した格好で止まった



ゆきさんと彼は親しげに話ながら、ショッピングモールに吸い込まれていった



幸い、どちらも私の存在に気付いてない



一旦は帰ろうかと考えたが、私の好奇心はそれを許してくれなかった



カバンから常備しているだて眼鏡をかけると、私は二人の後を追った




ショッピングモールに入ると2人はエスカレーターに乗っているところだった



私は何人か先に行かせた後、人の陰に隠れて一緒にエスカレーターに登る



なんかストーカーってこんな気分なんだな、とかぼんやり思った



2人はそんな私の尾行にまったく気付く様子もなく、どうやらショッピングを楽しんでいるようだった



通路を挟んで反対側で私も服を見る振りして、2人の行動を観察した


本来、ショッピングするという目的すら忘れている



だって、2人の関係性がわかるまでそんな呑気にショッピングなんかしてらんない



お客さん…?


にしては、やけに馴れ馴れしい感じだし


彼氏だとしても…


うーん…微妙だなぁ…

手とか繋いでくれたら…いや、でもわからないな…

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