第15話 ハヤ姉ちゃん生き返れ

「お侍さま、お侍さま。ハヤをハヤを生き返らせて下せい。お願いでごぜえます」

 若い男が、波丸に縋りつく。馬に向き直った波丸は、肩を震わせている。末吉を蘇生させることで、己の精気を使い果たした波丸だ。

 勝次は、「無理だろう、死んだものを生き返らせることは出来ぬ」と、波丸をかばった。

「ハヤは、ハヤはおらの姉ちゃんなんだ。親に死に別れたおらを育ててくれた恩人なんだ。二人で何とか生きて来たんだ。ハヤが死んだら、おらも生きてはいけねぇ」

 若い男は、唾を飛ばして、いいつのる。

「姉ちゃんなのか?」

「ああ、ちいせえ時は、乳をしゃぶって飢えをしのいだ」

「‥‥‥」

 さすがの勝次も声なしだ。

 無言だった波丸は、深呼吸を一つすると馬の前側に回った。

 四肢の付け根にてのひらを押し当て、ゆっくり刺激を与えていく。それから前足の間あたり、心の蔵に両掌を重ね勢いよく圧迫した。何度か繰り返すうち、馬のハヤは、後足を小刻みに震わせ始めた。

「ハヤ、ハヤぁー、元気出せ、元気だせぇー」

 波丸の動作は止まらない。その掌に、ハヤの確かな鼓動を感じるまで続けられた。

「ハァ、ハハン」とハヤが小さくため息をついた。波丸は後ろ向きに、ひっくり返った。

 若い男が、泣きながら蘇生した馬にしがみついている。

「おおぉ、波丸、なみまるぅ、大丈夫か、確りせぇ」

 勝次が、心配げに覗き込む。

 誰かが差し出してくれた竹筒の水をごくごくと飲み干し、大きな息を吐き出した波丸に、泥地獄から抜け出した男が一人近寄った。

「お願いでございます。次はこの男を生き返らせて下さいませ。お願いでございます」

 波丸は休む間もなく、次々に三人の男に蘇生術を施した。奮戦したが、彼岸へ向かい出した人々だ。そのうち、一人しか呼び戻すことが出来なかった。

「すまぬ。許してくれ。これ以上は、無理だと思う」

 うなだれる波丸に、勝次がその背を穏やかに叩いていった。

「波丸、お前は良くやった。良くやったよ」

 なんと勝次が薄っすらと涙を浮かべている。やっと正気づいた末吉が、声高く泣き出した。

 蘇生した馬が、ふらりと立ち上がり、小さくヒヒーと礼をいった。

 泥だらけの三人が、ふらふらと富谷へ帰り着くと、何時も冷静な富子が涙を浮かべて大騒ぎした。

「勝次、かつじ、大事ないか?」

 まず、初めに名前を呼ばれ、勝次は感激した。誰にも悟られないよう言動に気を付けてはいるが、女主人を秘かに慕っている純情男の勝次だった。腹に巻いた金袋を、恭しく差し出せば、両手で受け取り「ありがとう、ありがとう、ご苦労さま」と、声を震わせる。

(うん? おれじゃなく、金の行方が心配だったのかな?)


 その日、文永二年(一二六五)六月十日の土砂災害で多くの人馬が圧死した。

 波丸が、助け出したのは、六人と一頭。勝次、末吉、蘇生した男、ハヤとハヤの飼い主の若い男を含む人足三人であった。

 当日、「土の中から掘り出された者十二人が僅かに生き延びた」と、吾妻鏡に記述がある。このうちの半分を波丸が助けたのか、それとも実際は十八人が助け出されたのか定かではない。

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