波乗り間者かまくら譚

千聚

上巻

第1話 穴あき銭が遭難した

 夏に向かう空は、すっきりと晴れていた。

 惜しげもなく陽光が降り注ぎキラキラ輝く海上に、絵巻から漕ぎだした宝船二艘。

 竜頭船と鷁首げきす船は、ちりちりと離れ、スイスイと寄っては楽しみ、対になって遊び回る。

 溢れ、こぼれ落ちそうな贅沢三昧。海の幸、山の幸、唐来物までも賑やかに宴席を彩っていた。

 宝船を覗き込む八百万やおよろずの神の目は、あの世とこの世のを千を超えて酔いしれる。

 船上に、よいよいよいと踊り出す男どもを追いかけるのは華やかな笛に太鼓に管弦の妙なる音だ。

 右舷に左舷に浮かれる船は極楽で、西の彼方に湧き出した黒雲に気付く者はいない。

 大馬鹿騒ぎに弾き出された男児が一人、舳先の竜頭にかじりつく。幼いながらも鼻筋の通った面高で、「若さま」と呼ばれて困ることはない。

「並び鷹羽」の家紋が付いた袖なし羽織を着た少年の瞳は賢く輝き、うねりが増した海中深くから上って来た大きな影をじっと覗き込む。

(あっ、あれは何? 大きな魚なの? それとも海の神さま?)

 襟元から紐で吊るした穴あき銭がゆらりと落ちた。


 ゆるゆる大きくなった横波が、突然の盗賊と化し船を襲った。

 酒の甘たるい匂いに賊が群がり、蜂の巣をつついた大騒ぎだ。二艘の船はちりちりと離れ、青息吐息で互いを求める男女のごとく、やがて寄り添って、ほっと一息。

 笑いながら、少年を探す女房の眉が曇り、騒ぎだし、皆々が消えた若さまを探す頃には、船は大嵐に翻弄される木っ端と姿を変えていた。


 時は、鎌倉時代。第五代執権北条時頼ほうじょうときよりが統べる鎌倉からは、遥かに遠く鎮西ちんぜい(九州)の沖合での出来事であった。

 大陸では、モンゴル帝国が西へ西へと進み、その国土を拡げていく。

 彼方此方に子供が生まれた。フビライもその一人だ。

 フビライは、南へ行くことを命ぜられ、南を目指した。

 元を起こし、その手下とした南の民を使い、極東の列島に長々と手を伸ばすのは、まだ先の話だ。





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