しょうせつよめしょうせつよめしょうせつよめしょうせつよめ

ちびまるフォイ

ついつい欲しくなる心理

「ここが広告シティか。

 もっと広告だらけかと思ったけど普通だなぁ」


広告シティに入ると、暑さのせいかのどが乾いた。

コンビニへ入ろうとすると自動ドアが開かない。


「あれ? すみません、壊れてますよーー」


ガラスの自動ドアにはまもなく10秒程度の動画始まった。

どこかのよくわからないアプリのゲームらしい。


動画広告が終わると店内に入ることが出来た。


「いらっしゃいやせーー」


「あの、表のドア壊れてますよ?」


「壊れてませんよ。広告見ないと入れないんです」

「あ、そうだったんですね」


近くのペットボトルを1本手に取りレジへ置く。


「お茶1本ですね。ではこちらの広告をどうぞ」


店員はレジのディスプレイに広告を表示した。

怪しげな脱毛クリームの動画広告だった。


動画広告が終わるとシールを貼ってお茶を渡してきた。


「はいどうぞ」


「え? お金は?」


「やだなぁ。ここは広告シティですよ。

 お金なんてとるわけないじゃないですか。

 そのかわりに、入り口とここで広告見たんでしょう?」


「な、なるほど」


条件反射で取り出していた財布を引っ込めた。


広告シティはすべての代金を広告料金でまかなわれている。

あらゆる場所で広告を出しまくるぶん、すべて無料で手に入る。


この町のキャッチコピーは「Money is ADD」らしい。


「あ! そこの人! ちょっと待って下さい!」


「はい? 俺ですか?」


「ええ、ええ、ほかにいないじゃないですか。

 近々ここに高層マンションを建てるんですがね。

 あなた興味あるでしょう!?」


「いや興味は……」


「今なら! なんと、この広告を見るだけで

 無料で! 永遠に実質無料で住めるんですよ!!

 毎朝、広告シティを見下ろしながら生活したくないですか!?」


「じっしつ……無料……!?」


俺の瞳の形がマルからタダへと変えてゆく。


「ちょっと見てみますか?

 モデルルームもやってるんですよ」


営業マンに連れて行かれてマンションの一室へと向かった。

異世界ヒロインも真っ青なチョロさ。


「どうですかこの部屋。広いでしょう?」


「広いは広いですけど……なんですかこの大量の広告は」


部屋には床・壁・天井に所狭しと広告がひっきりなしに再生されていた。


「入居費ぶんの広告ですよ。まあそこそこの広告費はしますからね」


「こんなに広告流されたら眠れないですよ」


「大丈夫。入居費ぶんの広告を再生したら、

 自動で広告は消えて普通の壁が見えるようになりますから」


「それなら……」


「ぜひ!! ぜひご入居を!! 今なら家具も付いてきます!!」


「入居します!!」


24時間広告が流され続けるマンションの一室へと引っ越した。

長く見ていると広告はパターンが見えてくるので飽きてくる。


「あ、またこの広告だ」


しだいにこの環境にも慣れてきてしまうのは、

げにおそろしき人間の適応能力の高さだった。


広告シティに長く暮らし始めると、ここの便利さに味をしめてきた。


「いらっしゃいませ。なにになさいますか」


「そうだなぁ。特Aランク定食をひとつ」


「かしこまりました。では広告を」


「ああ、脳内スクリーンがあるからそっちに転送しておいて」


「はい」


店員はタッチパネルを操作して俺の脳内に広告を積んだ。

広告シティに長く住むなら脳内スクリーンは必須。


今すぐ広告を見なくても、脳内にストックしておける。

時間ができたときに脳内にある広告を順に再生していけばいい。


これで、今にも漏れそうなときコンビニの自動ドアの前で

動画広告をやきもきしながら見なくちゃいけない危険もなくなる。


「おまたせしました。特Aランク定食でございます」


「きたきた! いただきまーーす!!」


豪華な食事をなんの代価も支払うことなくありつける。

こんなに誰もが幸せな場所があるだろうか。


ここでは誰も彼もが平等で同じだけの社会サービスを受けられる。

大金持ちが常にいい思いをすることもなく、

貧しい人が常に苦しい思いをすることもない。


「これこそ、人間の理想的な社会だ!」


俺はますます広告シティを気に入ってしまった。



そんなある日のこと、マンションに宅配便が届いた。


「〇〇さんですね。ここに署名と広告の視聴お願いします」


「ああ、はいはい」


大きな箱を受け取り、中を開封する。

中には腹筋を鍛えるダイエット器具が入っていた。


「……なんだこれ? こんなの買ったっけ?」


まるで記憶がない。

すべての品物が無料で手に入るものだから、

ついついいろんなものに手を伸ばしてしまう。


そのうえ、高価なものであっても広告を後回しに手に入るから

支払いと買った商品が紐付かなくなり、忘れ去られてしまう。


届いたときには「なんだっけ?」がよくある。


「履歴は……あ、ほんとだ、注文してるわ。

 なんで俺こんなの注文したんだ……?」


ふたたび家のインターホンがなってまた宅配便が届く。

今度はよくわからない謎のコーヒー豆だった。


「うちに豆をひく機械なんてないんだけど。

 それにどちらかと言えば紅茶のほうが好きだし……」


また注文履歴を確かめると、やっぱり注文していた。

間違いなく注文していたはずなのに覚えがない。


「寝ているときに天井に潜んでいる忍者が

 こっそり操作して注文しているとか……ないよなぁ」


自分が二重人格だとか、実はこの世界はパラレルワールドで

もうひとりの自分が別世界で注文したものがこっちに届いているとか。


だんだんとぶっ飛んだ話になってきたので俺は考えるのを辞めた。


「考えすぎだな。いったん広告でも流し見て落ち着こう」


脳内にストックされている広告を再生した。

目から入る情報がいったん閉じられ、脳からの映像を再現する。


『ハァイ、ジョン。そんなところでなにやってるの?』


『やあ、キャシー。今このスレンダーボディエクストラで

 理想の腹筋を手に入れているところサ!』


『ジョン! なんて腹筋なの!? すごいわ!』

『キャシー、この腹筋で大根をおろしてごらん!』

『おろせる! おろせるわ! ジョン!!』

『キャシー!!』

『ジョーーン!!!』


見飽きた動画広告のはずなのに驚いて飛び起きた。


「届いたのこれじゃん!!!」


届いた謎の腹筋増強マシーンの正体がわかってしまった。

次の動画広告は世界一のバリスタがコーヒー豆をひいていた。


『極限のこだわり、妥協をゆるさない選別。

 コーヒーに味を求めないあなたにこそ味わってほしいこの一杯。

 世界一のバリスタ厳選。ハイパーオリジナルブレンド豆』


「あ、これも」


家に届いていたコーヒー豆だった。

次の動画広告を見てもまるで答え合わせでもするように

注文履歴の商品をぴたり合致した。


もはや動画広告に自動注文が仕込まれているような気さえする。

しかし注文ボタンを押したのは自分だった。


動画広告を見れば見るほど、だんだん怖くなってくる。


「もしかして……俺は洗脳されているんじゃないか……?」


なんでもかんでもタダで手に入ることから、

俺は広告を見ることへの抵抗感は失ってしまった。


もし、普段見ている広告の中に洗脳的な広告が含まれていても

そんなことすら気づかないだろう。


しらずしらずのうちに、何度も何度も同じ催眠術にかけられている気がしてくる。


「こ、この町はやばい! 早く離れよう!

 自分が自分でいられなくなる!!」


慌てて町を出ようと広告シティの町境へと向かった。


「ここを通してください! 町の外に出たいんです!」


「そうですか。そのためには動画広告を見てもらいます」


「急いでるんです! 脳に入れておいてください!」


「ダメです。この広告に関しては直接見る証拠が必要です」


「くそ! 急いでいるのに!」


町境の職員は動画を再生した。

長めの動画が終わる頃にはなんだかどうでもよくなっていた。


「で、いかがしますか? 町の外に出ますか?」


「ああ、そうですね……また今度にします……」


家に戻ると、床に転がっているコーヒー豆の瓶に小指をぶつけた。

強烈な痛みで頭にかかっていたモヤが晴れた。


「俺はどうして家に戻ってるんだ……!?

 この町の外に出ようとしたはずなのに!?」


動画広告の内容はまるで覚えていない。

覚えていないことがなによりも怖かった。


広告費でまかなっている以上、町の人間が外へ出ることは

ひいては広告を再生回数の現象につながってしまう。

そうなれば町は立ち行かなくなる。


「や、やっぱり洗脳だったんだ……!

 俺は広告に洗脳されていたんだ……!!」


欲しくもないものを手に入れ、

たいして住みたくもない場所に住んでいる。

これじゃ広告の家畜じゃないか。


「俺は出てやる! 絶対出てやるからな!!」


大量の広告を視聴しまくってヘリを呼びつけた。

爆音とともに空へと上昇すると、パイロットに包丁をつきつけた。


「このまま町の外へ出るんだ! 早く!!!」


「ひ、ひえええ!? あんた正気ですか!?」


「こんな町にいるほうが正気じゃなくなる!!

 みんな広告を見るように洗脳されてるんだ!!」


ヘリは町境の検問を空から突破した。

元の街のヘリポートに到着するとやっと落ち着いた。


「はぁ……よかった。これで何もかも解放された。

 あのまま暮らしていたらどうなっていたことか」


もとの生活に戻ってこれてひと安心。

とはいえ、広告生活になれていたのでお金は手元にない。


近くのATMへと向かってお金を下ろした。


「お金、か。なんだか久しぶりに見るなぁ」


はじめてお札を見るようにまじまじと見つめた。

懐かしさに浸っていると、なにやらお札に小さな文字がある。


「なんだろう? なにか書かれてる? 偽造防止かな……?」


肉眼ではよく見えないのでスマホのカメラで拡大した。

お札の模様はすべて小さな文字で形作られていることに気づいた。



「かねつかえかねつかえかねつかえかねつかえかねつかえ

 ものかえものかえものかえものかえものかえものかえ

 かねはしあわせかねはしあわせかねはしあわせかねはしあわせ」

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