幼馴染が泣いていた。
ゆきゆめ
幼馴染が泣いていた。
最寄りの駅では、深い暗闇を眩い人の営みが照らしていた。夜空には分厚い雲が漂い、重たい雨を降らせている。
季節は梅雨に差し掛かっていた。場所によっては避難勧告も出ているだろうかと言うくらいの土砂降りだ。
「こりゃ傘さしてもびしょ濡れ確定、か」
駅から一人暮らしの部屋までは早足でも10分ほどかかる。
俺、
それから常備していた折りたたみ傘を取り出す。
と、ふと視界の端、駅の出口付近、その壁際に映る影があった。
何とはなしにそちらへちらと顔を向ける。
「っっっっ………………!?」
一瞬、目を疑った。いや、疑ったなんてものじゃない。それはあってはならないことだった。あるはずがないと思っていたことだった。
でも、現にそれはそこにある。いる。
――――そこでは、たったひとりの少女が膝を抱えて座っていた。
うつむいている上にフードを深く被っていて顔はよく見えないが、俺にはわかる。
もう1年以上話していない。連絡も取っていない。疎遠になり始めたのなんてもっと前だ。
でも、それでもわかる。
だって。彼女は。
「…………みお――――いや、何やってんだよ、柏木」
「あっ…………」
俺の声に気づいて、柏木は顔を上げる。それに合わせて、彼女のフードがふわっと脱げた。俺が知っているより幾分か伸びた薄茶色の髪があらわになる。
その顔はひどく虚ろで、まるで生気が感じられなかった。こんな幼馴染を見るのは、初めてだった。
そして、その頬に一筋の涙が伝った。
ドクンと心臓が跳ねた気がした。
慌てて俺は彼女に駆け寄る。
「お、おいっ。ほんとにどうしたんだよ、柏木……!?」
「あ、はは……よかったぁ……会えた、いつきぃ……」
俺の存在を認識して、彼女の瞳に幾ばくかの光が宿ったように見えた。しかしその声は弱弱しくて、今にも消えてしまいそうだった。
「ねえ、いつき……」
「ああ。どうした、何があった」
「わたし、わたしね、………………捨てられちゃったぁ……」
「は、はあ…………!? そ、それって……」
「うん、……ともくん、もうわたしいらないって……。あはは……振られちゃったってこと、かなあ……」
「な、なんだよ、…………それ……!」
怒りがこみ上げた。血が出そうなほどに、唇をかみしめた。拳を握りしめた。
ともくん――――
彼女のその悲壮な表情が俺の胸を貫くようだった。
いますぐ安原のところに行って、ぶん殴ってやりたかった。
俺は、おまえだから、おまえなら未織を――――って――――だから…………!!
(っ……なんで、泣かせてんだよ…………!!)
一歩を踏み出してしまいそうになった足を必死に抑え込んだ。
今はダメだ。今は何よりも、泣いている幼馴染を見るべきだ。
「とにかく、一度ウチに来い。話はそれからだ!」
「う、うん……」
柏木はおずおずと俺が差し出した手を取ろうとする。
しかしその直前、彼女は何かに怯えるようにそっと手を引いた。
「や、やっぱり、やめとく……」
それからゆっくりと立ち上がって、俺に背を向けようとする。
「やっぱり、
これで最後だとでも言うように、彼女は笑った。懸命に取り繕う様な、へたくそな笑みだった。
その「大丈夫」には何のチカラもこもっていなかった。
違う。違うんだ。何もかも。
俺の幼馴染はそんなふうに笑うやつじゃない。
俺の幼馴染は、そんな弱々しく喋るやつじゃない。
だから。
「――――――――ふっっっっざけんな!!」
だから、俺は叫んだ。
「い、樹希……?」
「ふざけんなよ! あいつと別れたんだろう!? それで、行く場所がないんだろう!?」
二人は大学生になったのを機に同棲をしていた。それくらいに、仲の良いカップルだった。
「だから、ここに来たんだろう!? 俺を探して来てくれたんだろう!?」
彼女たちが住んでいた場所からここまではそれなりに距離があるはずだ。俺が暮らしている場所を教えた覚えもない。それでも、彼女はここまで来た。
だから、俺は自分を奮い立たせる。その事実が、俺に勇気をくれる。
「だったら! 俺を頼れ!」
「で、でも……わたしと樹希はもう、なんでもなくて……突然こんなこと……やっぱりムリだよ……」
「なんでもなくねえ!」
「えっ……?」
「幼馴染だろうが!」
「そ、それは昔のことだよ。今はもう……」
「今とか昔とか、関係ねえんだよ! 幼馴染は一生、幼馴染だ。その関係は消えない! たとえおまえが何と言おうと、消させやしねえ!」
「……っ!? ぅぅ……でも、そんな、………………そんなのぉ……」
一瞬目を見開いた柏木はこみ上げるものを抑えこむかのように、片手で顔を覆った。その声からは嗚咽が漏れていた。
俺はそんな幼馴染に、一度心を落ち着けて、つとめて優しく語りかける。
「俺はおまえの幼馴染だ。幼馴染ってことはな、ちっせー頃からずっと一緒ってことはな。何があってもずっと、俺だけはずっと、おまえの味方だってことだ。おまえを、絶対に裏切らないってことだ」
あの頃、ひとりぼっちだったあの頃、俺にとって柏木はきっと、家族よりも大切な存在だった。それはどんなに時が移ろおうと、変わらない。
たとえお互いの気持ちが離れたとしても、大切に想う気持ちは変わらない。
大切はずっと大切だ。家族はずっと家族だ。幼馴染はずっと。幼馴染なんだ。
「でも、………………ともくんだって幼馴染みたいなものだったんだよ……?」
「あいつは中学からだろ。俺たちはいつからだ?」
「えっと、……幼稚園?」
「ああ。おまえとあいつの間に何があったかは知らねえ。だけど、俺とあいつじゃ幼馴染としての格が違う。そういうことだ」
今の言葉はさすがにサムいなと、自分でも思った。でも、そのぐらいに強い言葉を、言霊を、幼馴染に伝えたかった。
「だからさ、言ってくれよ。一言でいいんだ。その一言で、俺はおまえのために動けるから。俺を信じてくれ。頼むよ…………!」
言い終わると、柏木は抑え込んでいた感情が遂に決壊したように、顔を大きく歪めた。
ボロボロと、涙がこぼれた。
「うぇ………………ぅえぇぇ……うああああぁぁぁぁ………………いつきぃ……いつき、……あのね……わたし…………あのね――――」
「ああ。なんだ?」
泣きじゃくる幼馴染に俺はまた、出来うる限りの優しさを込めて問いかけ直した。
少しでも、彼女が安心できるようにと。
俺の、何の理屈も通っていない言葉を、真実にしたい妄言を、信じてくれるようにと願って。
俺はその一言を待った。
「――――――――いつき、たすけて」
たっぷりの間をおいて。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらもはっきりと、幼馴染が、そう口にした。
その声はたしかに、俺の元へ届いた。他の音は何も耳に入らなかった。
だったら、俺がやることはもう決まりきっている。
俺は世界を救う偉大なヒーローでも、誰もが憧れる物語の主人公でも、何でもない。
でも、やるしかないだろう?
だって。
幼馴染には笑っていてほしいから。
幸せでいてほしいから。
それだけを、俺は願うから。
俺は少しニヒルなつもりの笑みを浮かべて、自信満々に告げる。
「――――任せろ」
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以上、長編のつもりで一話書いたけどそれで満足してしまったクサさ全開の短編でありました。腐らせておくのもなんだかなと思い公開させていただきました。
読んでくださり本当にありがとうございます。
いつかもし、この続きを書くことがあったらまたお逢いしましょう。
他にも幼馴染作品色々書いていますのでどうぞよろしくお願い致します。
幼馴染が泣いていた。 ゆきゆめ @mochizuki_3314
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