魔法使いの卵

桃雪とう

第1話

暑い。

部屋の木でできた窓がひらいて、陽が差し込んでいた。

窓は朝になると開くようになっているのだった。


目を開ける。

片腕に動くものを感じる。


「あ……おはよう」


「……おはよう」


黒髪の少女はこちらが返事をすると間もなくまた目を閉じ、眠りに入る。


私は起き上がると、真っ白なベッドから立ち上がった。

目の前には石造りに木組みの壁に、丁度、東から来る陽の光が当たっている。

空気に乗った鳥の声が耳を涼めていった。


ふと、後ろを振り向いた。




――叩き起こそう。



毎日のことではあるが流石に甘やかしすぎだと感じ始めたところだった。

注意しても私の布団で寝たがるのはもう諦めているから別にいいとして、少なくとも規則正しく生活することに関しては最初はちゃんとできていたのだから。


そこで布団を引っ張ると、少女はそれを掴んでごろごろとベッドから転がり落ちて、床でたるんだ布団に包まれた。


そのまましばらく観察していると黒髪が僅かとび出ている布団の隙間から、立てている息が漏れてくる。


ため息をつきたい気持ちになった。

勉強机に目をやると一振りの枝ぐらいの大きさの杖が放置してある。

これでいいか、と杖を拾った私は、布団に向けてそれを振りながら、呪文を唱えた。




「水は下り、羽は上昇する。なんじの欲する処へ」




ベッドから垂れていた布団はめくれ上がると、歩き出して、やがてシーツに覆い被さるようにして、元の所へ戻っていった。

布団を纏っていた少女は回転してやんわり地面に叩きつけられそうになるので、肩を手で支えて起き上がらせた。


「美夜子、起きて。同居人に身支度を世話してもらってるのなんて、学校で君しかいないんだから」


「……今目の前にいる人がチューしてくれたら起きるかも」


私は掴んでいた少女の肩を手放した。

今度はそのまま地面に叩きつけられた少女の脚が、ドスンと鈍い音を立てる。


杖を机の上に戻すと、私はシャワーを浴びに行った。

シャワーを昨日の夜に浴びている美夜子は、私が出るまでには諸々の支度を終えていることだろう。


一限目までにはまだ時間があるから、図書館に寄る時間はある。

部屋を借りたのは正解だった。


そんなことを考えながら風呂から上がった私は真っ黒な制服に着替えて、少々長めの杖と教科書を内ポケットに仕舞い込む。


「先にビュッフェ行ってるから」


「まって」


玄関からもう行くぞと声をかけると、半分予想通りの答えが返ってくる。


「どうしたの」


「ドライヤー取り出すには何唱えればいいの?」


先ほどの短い杖を持って戸惑っている姿が目に浮かぶ。


――つくづく思うが、人間は覚えが悪いな。


私は仕方なく、同居人の元へ向かった。

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