第五百九十九話 狂神


 動くなというリースの言葉に従い俺は足を止める。

 みんなが帰ってくるまでの時間稼ぎとするか……それにオーガ達もあの誘拐犯と違い普通の人なので殺すわけにもいかない。リースなら元に戻せるかもしれないしな。

 ならば純粋な疑問をぶつけるには丁度いい『間』だと口を開く

 

 「経緯はわかったけど……どうして俺なんだ? 転生者は他にも居たと聞いているよ。そこに転がっている賢二が言っていたように、前世の俺は特に酷かったと思うけど?」

 『ボクはこれでも顔より性格を取る神でね、君の現世での性格をとても気に入っていた……それじゃダメかな?』

 「それを信じる根拠がないと言っている」


 性格なんてロクなもんじゃない。親の言いなりになって弟に馬鹿にされても言い返せないただの甘ちゃんだったと今なら自覚できる。

 それを『気に入っていた』と言われても逆に煽られているようで逆に苛立たしいのだ。

 

 『なんていうか、ホラ、神様って万能だろう? ラース君……いや、英雄君のようにどこか壊れた人間が愛おしいと感じるんだ。庇護欲っていうのかな? まあ、今までにもそういう人間が居なかったわけじゃないけど、君は特別だった。ボクが面倒を見ないとっていう使命感に駆られたね!』


 何故か目を輝かせて両手を広げるリースはサイコパスのような雰囲気を醸し出しているなと冷や汗が背中を伝う。


 「うるさいよ!? 黙って聞いていたら好き放題言ってくれるな。でもそういうことなら他を当たって欲しいよ、俺はもう昔とは違って自分の意思はハッキリしている。マキナという恋人もいて、共に歩んでいけば幸せに暮らせる」


 実際、そういう話であれば現在の俺は幸せだ。

 こっちに来た頃は両親や兄さんに嫌われないよう、ブラオを陥れるため行動を起こした時は色々と壊れていたかもしれないが、あの一件以降は穏やかだと思う。

 

 『そうなんだよ、そこが問題でね。ボクとしては幼少期の頃に出会ってまだ自己否定の強い君と恋仲になる予定だったんだ。もちろんそのままずっと手元に置いておくつもりで。……だけどすぐに見つからず、まさかレッツェルが暗躍していた領主関連の子供になっているとは思わなかった』

 「補足は出来なかったのか」

 『まあね。ボクも君に合わせてこの地に来たから、しばらく力を使えなかったし』


 曰く、学院の対抗戦まで俺のことは分からなかったらしい。レッツェルに接触し、俺のスキルやドラゴンを連れていることなどを聞き、そして対抗戦のころには力も戻っていて、俺の魂を見て核心したということらしい。

 どおりで顔も知らないのに俺を好きだなんて言い出すわけだ。


 「とんでもないストーカーだな……」

 『違うよ、ボクは純粋な愛で君を追って来たんだ。だけど……君には友人が居て幸せそうにしていた。それに、あの娘もこの世界に来ていてさらに恋人に収まるなんてね』


 そこでリースは険しい顔に変わり親指の爪を噛む。

 聞いたことがないワードを口にした彼女に俺は妙な違和感を感じて続きを聞く。


 「まあ確かにリューゼと和解して父さんが領主に戻ってからはルシエールの誘拐事件まで困ったことは無かったし……というかあの娘って誰のことだ?」

 『マキナのことさ。君が向こうの世界で事故にあう直前、助けた娘を覚えているかい? 彼女の転生した姿がマキナだ』

 「な……!? 馬鹿な、だってあの子は跳ねられなかっただろ! なんでこっちに来ているんだ!」

 『あー、君に助けられたことが癪だなって思ってさ。あの後、ラース君を追う前に最後の力を使って地球に干渉して彼女をストーカーに殺させたんだ。中々凄惨な場だったけどスッキリしたね!』

 

 などと嬉しそうに語るリースの顔は罪悪感などみじんも見られない。

 その事実もそうだが、まさかあの子がマキナだったとは……!? 最初、教室で見た時に気になるなと思ったのは黒い髪だからかと思ったけど、まさか潜在意識の中で気づいていたのか、俺は……?


 「異常だよ、お前は」

 『……神様なんてこんなものさ。人間を作って弄ぶ、悪い存在、だろ? それはどの世界でも変わらない。違うかい?』

 「分かってやってるなら……タチが悪いって話だ!!」

 『フッ!』


 「ゴ、ガァァァァァ!!」

 

 俺が身をかがめてリースへ突撃を開始。これ以上聞く意味も、理由も無い。

 するとリースは指を鳴らしてオーガ化した兵士達が襲い掛かって来た。前にルシエールを誘拐した冒険者と違い数が多い。


 『さあ、どうするねラース君?』

 「殺さないで吹き飛ばす!」

 

 俺はウインドブレスをオーガに変異した兵士へ使い壁に叩きつけて黙らせる。幸いと言っていいのかわからないがリースは攻撃をしてくる気配がない。

 もしかしたらこいつなら元に戻せるかもしれないので殺すわけにはいかないのだ。


 「吹き飛べ……!!」

 「ガァァァァ!?」

 『やるね、流石はボクが見込んだ旦那様だよ』

 「うるさい、次はお前の番だってことを忘れるな!」


 俺は次々と迫るオーガ兵士を砦の外へ放り出していき、数を減らす。草原なら避難した人は居ないハズなのでリースを倒すまでの時間稼ぎになるだろう。

 そして俺は最後のオーガをぶっ飛ばすと同時に、リースへと迫る!


 『ボクの胸に飛びこんでおいで!』

 「ふざけるな!」

 『んふふ……ボクを斬るかい? でもそうすると――』

 「!?」


 俺の剣がリースの胸を貫こうとした瞬間、


 『お、兄ちゃん……』

 「セフィロ!?」

 

 セフィロの顔が浮かび上がり、慌てて剣を止めた。直後、身体が大きく揺さぶられ攻撃されたのだと気づく。オートプロテクションが一気に砕け散ったらしい。


 「ぐううう!?」

 『くく、ボクを殺せばセフィロも死ぬよ? さあ、どうする? ボクはこの世界を壊して君と再構築してもいいと考えている』

 「……」

 『だけど、ラース君の憂いを断たないといけないかな? マキナ達を始末すれば、きっとボクだけを見てくれるはずだし』


 リースが勝手なことをペラペラと口にする。俺は一度目を瞑って深呼吸をし、剣を両手で握りしめてから口を開く。


 「それは、させない」

 『でもボクを殺すとセフィロが――』

 「世界とセフィロ。天秤にかけるまでもない……謝っても許してもらえないかもしれないけど、お前はことで止める!」

 『や、っちゃえ……お兄……ちゃん』


 リースの口からか、俺の都合のいい妄想か。

 セフィロの声が聞こえた瞬間、勢いよく攻撃を仕掛けた。こいつは……生かしていてはいけないと。

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