第五百九十七話 己に勝つということ


 「見てリューゼ!」

 「うお!? あのくそでけぇ蠅をヨグスが倒したってのか! やるじゃねえか、伊達にAクラスの仲間じゃねえなあいつもよ!」

 『……!!』


 ナルの視線の先にはひび割れていく巨大蠅。

 そいつが光を放ち、ヨグス達を巻き込んでいくがあれは問題ないと直感が告げる。戦闘が苦手なヨグスではあるが、対抗戦で見せた根性は知っている。

 恐らくなんらかの方法で倒したんだろうと思えば納得も行く。


 なら次は俺達の番だと大剣を振り回して目の前のエロい恰好の姉ちゃんを攻撃する。

 前にアスモデウスと戦った時にも思ったがこいつらの防御力は高く、硬い。俺の持つロザの牙で出来たこの大剣でも皮膚を傷つけるのが精一杯……とはいえ、まだ【魔法剣】を解放していないので倒す余地はある。

 

 下手に切り札を出すとこっちが痛い目を見るから慎重にってのはティグレ先生の言葉だ。

 だけどこっちの味方はナル一人なので一気にケリをつけることも考慮したい。

 ……少し脅してみるか?


 「なんの悪魔か知らねえが、ラースのとこに行ってリースをぶっ飛ばさないといけないんだよ! 【フレイムソード】!」


 お互い様子見のような攻撃を繰り返していたのでチマチマやっていても埒が明かないと俺は試しで魔法剣を振り下ろす。中クラスの攻撃だがこれで実力を測れるか?


 『シャァ!』

 「っと、炎の鞭か、炎同士奇遇だな!!」


 俺の攻撃をバックステップで回避しながら鞭を足に絡めようと伸ばしてくる。それを大剣で防ぐとお互いの炎が草原を焼いていく。


 「【氷霧】! ちょっと、燃え移ったら大変なことになるわよ!」

 「そこのフォローは任せるぜナル。俺が正面からいく、お前は側面から隙をつけ」

 「うん」


 こいつの【氷結】は頼りになる。

 傷を凍らせて止血したり今のように火を消したりもでき、


 「氷のダガーを食らいなさい!」

 『アアアアアア!!』

 

 こうやって攻撃に転じることも可能なので、氷だけだが汎用性はかなり高いので一緒に依頼を受けるには頼もしい相棒で、今となっちゃあいないと俺が困る。


 「よそ見していていいのかよ?」

 『ガァァ……!?』

 

 怯んだな、こいつはそこまで強くはないようで一対一でも恐らく時間をかければやれる。

 間髪入れずに踏み込んで大剣で強引に押し込んでいく。

 ラースの作ったゴムみたいな感触を受けながら二度、三度と斬りこみ、首を狙う……!


 「もらった!!」

 『させないわ……!!』

 「鞭が首に……!?」

 「リューゼ!!」

 『また小娘が邪魔を!!』


 俺の大剣を肩に受けながらも炎の鞭を俺に巻きつけてきた。相打ち覚悟なら確かにこちらが不利かと顔を歪めたが、ナルのダガーが鞭を切断してことなきを得ることができた。


 「サンキュー」

 「やっぱりタフね、ガストの町と同じような感じがする……」

 「大丈夫だ、あれから修行してあの時の俺達とは違うしな。それにしても」


 今、こいつ喋ったな? 正気が無いと思ったがフリだったってことか。

 それを確認するため俺はファイヤーボールを撃ちながら話しかける。


 「おい、てめえ口が利けるのか」

 『ふん、いい一撃をもらったからね。というかベリアースで会った奴らじゃない』

 「なんだと? いたっけこんなやつ」

 「分からないわ」

 『まあ、この姿じゃなかったから無理もないけど、あんた達に攻撃を仕掛けようとしたところで教主に力を持っていかれて死んだからね』


 そう言われてあの時、城で死んだ悪魔を思い出す。


 「あの時の片割れか、道理で手ごたえがないわけだぜ」

 『くっ……あたしの持ち味は戦闘じゃないからね。スキルだよ、こんな風にさ!』

 「ナル!?」


 悪魔の目がナルに向かって怪しく輝いたので俺は庇うように前に立ちはだかる。だが、悪魔はニヤリと笑ってから目を細めた。


 『無駄よ。あたしの名はバール。【色欲】のスキル中に一瞬でも目を合わせればあら不思議……エッチな気分と共にあたしに操られるのよ! さあ、その男を捕まえなさい……うふふ』

 「よくわからないけど倒れなさい!!」

 『な、なんですって!?』


 ナルは特になにかあったのかと思うくらい正気で、バールへ氷のダガーで突いていく。炎の鞭でガードして距離を取ると、目を細めて俺達を見る。


 『……あんた達、本気の相思相愛ってやつかしらね』

 「い、いきななななりなによ!」


 【色欲】というスキルは名前とこいつの反応からそういうものだと気づいた俺はナルを引き寄せてから言う。


 「ああ、そうだぜ。こいつは俺の嫁になる女だ。それがどうした? そんなスキルで惑わされるほどちゃちな絆じゃないつもりだぜ。てめえのスキルがどういうものかわからねえが、どうやら俺達には効果が無かったようだな?」

 『まさか小僧と小娘がそんな関係だとは……』

 「や、やめなさい!!」

 「別にいいじゃねえかナル。嘘じゃねえし、色欲なんていらんことされなくてもエッチはす――」

 「止めろっていってるでしょうが……!!」

 「ぐあ……!?」


 ナルが俺を本気で殴り鼻血を出して吹っ飛ぶ。

 なにすんだと言おうと思ったが、俺は口をつぐむ。


 「さっきから黙っていれば人をエッチの権化みたいなことを……」

 『なにを今更! 【色欲】にかからないということは満たされているということよ、それはすなわち毎日――』

 「悪魔め……死ね……!!」


 ナルが本気でキレたからである。ああなると俺でも止めるのは難しく、ギルドに顔を出して同級生にのベルクライスにからかわれた時、ヤツはナルに精神的に殺された。

 容赦なく徹底的にやるのがウチの彼女、ナルである。


 「【氷結】アイシクルランス! から、さらにアイスソード!!」

 『お、お、お……!? <ファイアボルト>!!』


 ……俺抜きで完全に圧倒していやがるな、こりゃ俺出る幕はねえか?


 「……」

 「……オッケー」


 そう思った矢先、ナルが俺に目配せをするのが見え、俺は地を蹴って移動する。

 氷と炎がぶつかり、炎の鞭がナルを襲うが皮膚を削られても構わず攻撃を仕掛けていく。


 『クソ! なんだこの小娘は! 怯みもしないとは!?』

 「はああああ!」

 『馬鹿な、炎の鞭を掴んだ! そんなことをしたら火傷では……離せ……! うがっ!?』

 「そっちばっかりに気を取られていていいのか? いや、もう遅いか」

 『いつの、間に……!?』

 

 背後に回っていた俺の大剣が右肩から深々と刺さり、腹にまで達していた。これくらいで死ぬようなヤツではないだろうが、修行中に編み出した魔法剣【ソニックエッジ】。それに炎の魔剣である熱により速く鋭く、相手を溶かす。


 『うぐ……がは……』

 「終わりだな。……大丈夫かナル」

 「う……!? 大丈夫……見た目よりは酷くないわ」

 

 俺は持っていたポーションでナルの手を治療する。キレたことはマジだと思うが、確実に倒せる状況を作ろうと動いてた、というわけだ。やはり自慢の彼女だよ、お前は。


 『くく……面白いわね……人間、誰しも欲というものがあり、それは七つあるとされている……その一つが【色欲】だけど、それをものともしないリア充が居るなんてね……』

 「ふん、欲か……そんなもんは10歳のころに捨てちまったかもしれねえな俺は」

 「リューゼ……」


 親父が欲をかいたことにより一時は裕福になったが、結局ラースによってそれは潰され、理由も正当なものだった。

 もし、領主の座を奪っただけであればこうはならなかったかもしれない。


 だけど人間の欲というのは終わりがねえ。自尊心を満たしたい、金が欲しい、女が欲しい……親父はそうやって欲深くなり……破滅した。

 しかしまったく欲がないなんてヤツはいねえ。俺だってナルが欲しいし金も欲しい。

 だけど人を陥れてまで手にいれても、いつかきっと報いがあるとあの時、ラースと友達になった時に悟った……んだと思う。


 「ま、そういうこった。だから俺は精神的に油断するつもりはねえんだよ」

 『……そう、欲のない人間はいない。だが、それとどう向き合うかというのが大事なのよ』

 「なんか様子が……?」


 ナルが訝しみながら手を抑える。

 先ほどまでの妖艶な感じは消え、自問自答しているような喋りを続ける。


 『人間の欲は深い。手に入れられないと狂うこともあり、終わりないものを手に入れ続けようとする。それに固執してしまう』

 「なにを、いってやがるんだ……?」

 『だが、手段を間違えなければそれは大きな力になり自信になる。勉強を強さを求めることにデメリットは、ない。【色欲】も発散させなければストレスになる。悪となる欲を克服することにより、人間は初めて自分に『勝利』することができるのだ。お前達は乗り越えた。私の力を――』

 「なんだ……!?」

 「リューゼ……!」


 目の前が白くなり俺達は――

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