第五百七十六話 驕る悪魔


 ラースとアポスが英雄と賢二として邂逅したちょうどそのころの、リューゼ達は城を制圧するために真夜中に息を殺して正門の前に立っていた。


 ――深夜 ベリアース城――


 「……俺とティグレ先生が先頭だ、ファスさんは後続を頼む」


 外は生憎の大雨で、風はないが早いところ突入したいと思うような状況だ。

 俺は念のために顔を隠して剣の束に手を置いて振り返ると、ティグレ先生がゆっくり頷いて口を開く。

 

 「ああ。リューゼの大剣は盾にもなるし、炎で灯りにもできるからな。……でも、人はいねぇな」

 「ヒッツライトが引き付けてくれているんだろうね。さて、さっさと済ませるよ。ラースはもっと大変なんだからね」

 「ああ」

 「すんなりいくといいけど……」


 ナルが不安げに顔を曇らせる。

 だけどここまで来たら後はやるしかねえ、ナルの頭を撫でてから俺は頷いて城へと進む。


 俺、ティグレ先生、ファスさんにナル、そしてドラゴンのジレだ。

 中にはレッツェルも居るし、ヒッツライトもこちら側の味方と考えればすんなり行くと思う。


 「なんだお前達は? 城に立ち入るのは――」

 「悪ぃな、寝ててくれ」

 「げふ……」

 「……!? 貴様等――」


 門番二人をティグレ先生と一緒に気絶させてからその辺に放り、そのまま駆け足で城内へ。静まり返った内部はゴーストでもでそうな、薄暗い状態だった。


 「さて、ヒッツライトは……」

 「こっちだ、ティグレ」

 「お、居たか。裏切ったかと思ってひやひやしたぜ」

 

 柱の影から小声で話しかけて来たヒッツライトを見て、ティグレ先生が冗談めかしてそんなことを言うと、肩を竦めて返してきた。


 「正直、俺達全員で戦って勝てるかどうかだからな、部下をみすみす死なせるような真似はせん。急ぐぞ、バチカルとエーイーリーの行方も分からんままだ」

 「オッケーだ、急ぐぞ!」


 数人の兵士が合流し、通路を早足で進む。

 謁見の間から抜ける扉があるらしく、ヒッツライトが扉を開けて中へ。薄暗い室内を抜けようと灯りをともした瞬間、背後の扉が音を立てて閉じた。


 「ひゃあ!?」

 「落ち着けナル。……なにかいやがるな?」

 「お客さんか、こっちは急いでいるんだ、やるなら早くしてくれ」


 ティグレ先生が腰から抜いたダガーを暗闇に投げると、音を立てず空中でピタリと制止し、俺達がぎょっとしたところで人影が浮かび上がる。数は二つ。

 それも見たことがない奴等だった。


 「何者だ? このタイミングで出てくるってことは……」

 「十神者ってところか?」

 <そのようだな。しかしこの殺気、バチカル達のものでは無さそうだな>


 フリーズドラゴンのジレが首を鳴らすと、じわりとその姿を現す。

 

 『フフ、ここから先は通さんぞ』

 『あら、女の子は二人だけ? 寂しいわねえ、ここにいる男達に襲わせようかしら♪』

 「ふん、蹴散らしてやるってんだ」


 一人は紫の髪を真ん中訳にした驚くほどのイケメンの男。もう一人はたれ目がちな瞳と腰まであるふわっと髪の毛を揺らしながら手に持ったダガーを弄びながらナルとファスさんに目を向ける。

 俺はナルを庇うように立つと、大剣を構えて二人に聞く。


 「十神者だな? お前達の主、アポスは俺の仲間が倒しに行っている。福音の降臨はもう終わりだ、そこをどいてもらおうか」

 『ふむ、確かに教主どのはどこかへ行ったようだ。キムラヌートと一緒だったかな』

 『そうそう♪ だけど、それだけでここを通すのはねえ? アポス様がダメになるかどうかはまだ分からないし、ね?』

 「ふん、バチカル達はどうした?」


 投げてきたダガーを弾くティグレ先生が尋ねると、男の方が肩を竦めて口を開く。


 『バチカルとエーイーリーかい? さあ、どこへ行ったのやら。どちらにせよ、アポスどのの命令は遂行せねばならない。国王の命を狙っているようだな? そうはいかんぞ……!!』

 「チッ、倒すしかねえか! リューゼとナル、それとヒッツライトは先に行け。ここは俺とファス、それとジレが引き受ける」

 「でも……。いや、分かった。行くぞナル」

 「う、うん……!」


 ここでまごついていると、戦いが始まって騒ぎなった場合、危機を感じた国王が逃げ出す可能性が高い。

 俺達がやることはこいつらを倒すことじゃない、国王たちを抑えてベリアース王国を落とすことにある。

 深呼吸を一回行い、端から回り込もうと移動を開始した瞬間、女が動き出す。


 『行かせると思う?』

 「まあ、それはこちらのセリフでもあるけどな!」

 『嘘、ついてくるの!?』

 

 俺達に肉薄しようとした女が鞭を振るおうとしたところで、ファスさんが横から蹴りを入れてそれを防ぐ。

 構えを取ったファスさんが女と対峙すると、ティグレ先生も男へ斬りかかっていく。


 「悪魔だろうがなんだろうが、てめぇらの手口はだいたい分かってんだ。お前はなんのスキルをもっているんだ?」

 『なるほど……我々を悪魔と知ってもなお仕掛けてくるか……! 私の名はカイツール。【醜悪】のカイツールだ】

 

 『あたしは【色欲】のツァーカブよ! キレイなお嬢さんはみんなあたしのモノ……あんたもあたしのコレクションにしてあげる』

 「できるものならやってみな! その顔、へちゃむくれにしてやるよ」


 ファスさんも気合十分。

 

 「すまねえ、頼むぜ!」

 『逃がすものか……!』

 <そう焦ることもあるまい、少し遊んでもらおうか!>


 ジレも参戦し、悪魔といえど達人二人にドラゴンという戦力は無視できないし向こうにとっても強力だ。このまま抜けようかと足を動かし、扉を開けると――


 『……リューゼ』

 「うわ……!? バ、バチカルか!? 居たのか、脅かすなよ……」

 「エーイーリーさんも?」

 『悪ぃ……ヤツを……甘く見ていたかもしれねえ……』


 俺達の前に立っていたのは悪魔の二人。

 攻撃は仕掛けてこなかったが、様子がおかしいことに気づき、ふらつくように入って来たバチカル達を避けると、服には返り血がべったりとついていた。


 『あら、あんた達居たんだ? なんか具合悪そうだけど、その様子だと裏切ったのは本当みたいね。仲間といえど消すわよ?』

 『アポスどのに反旗を翻すとは……この世界で暴れられるのはあの方のおかげ』

 『……そうかな……? ヤツは我々のことなどただの駒としかみて――う、ぐあああああああああああああああ!?』

 「なんだ!?」


 急に叫び出したバチカルに俺達は驚いて後ずさった。それもそのはず、あの冷静なバチカルが獣のような声を上げたのだ、驚かないはずがない。

 

 『こ、れは……!? 馬鹿な、魂を奪う――』

 『あががががが……!? チィィィ、俺達悪魔を糧にするか、アポスゥゥゥ!!』

 『ちょ、ちょっと……あたしこんなことで消えるの!? い、いや――きゃあああああああ!?』


 この場にいた悪魔達はそろって苦しみ出し、身体から煙を噴きださせて呻き、苦しむ。

 そして、さらに驚愕の出来事が、起きた。


 (あああああああああああああああああ!?)


 「今のは……! 陛下の声! リューゼ君、行くぞ!」

 「あ、ああ……!」

 「こっちは任せとけ。……つっても、こいつらは……」


 ティグレ先生が残念そうな声を出すのを背中に受け、俺達は国王の下へと駆けていく。

 ヒッツライトが寝室のドアを蹴破り、中を明かりで照らしたそこには、


 「な、なんでだ……?」

 「し、死んでいる、の?」


 ベッドを真っ赤に染め、絶命した夫妻が目に入るのだった。


 「あ、ああ……ひ、人殺し……!」

 「イーガル様……いえ、我々が駆けつけた時にはもうこのありさまでした。そして、申し訳ありませんが、その身柄を拘束させていただきます」

 「へ? な、なんで? 騎士団長!? そいつらだろ、見慣れないやつらをひっとらえるのが――」


 どうやら王子様ってやつらしい。

 なんで生き延びているのかはわからねえが、ヒッツライトに捕まり、怒声を浴びせていた。

 こっちはこれで終わり……だけど、悪魔達と、不可解な死に方をした国王に不気味さを覚える俺。


 「一体どうなってやがる……? ラース、お前は大丈夫なんだろうな……」


 俺達が謁見の間に戻った時には、悪魔達は動かなくなっていた――

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