第四百三十一話 劇場と恋模様


 「いってらっしゃいー食材はわたしが買っておきますので、晩御飯はみんなでお家パーティにしましょう」

 「忙しそうならすぐ戻るのじゃぞ」

 「わんわん」

 「ぐるる」


 バスレー先生、ファスさん、シュナイダーとラディナに見送られて俺たちは劇場へと向かうため自宅を後にする。

 そろそろ夕方に近い時間なので食事はバスレー先生が用意してくれるとのこと。夜になれば仕事が始まるのでファスさんの言うことに頷きぞろぞろと歩いていく。


 「もうこの時間だし、ギルドはまた今度かな」

 「うん、それでいいよ。ごめんね、ラース君も忙しいのにあちこち案内させて」

 「確かに……すまねえ」


 クーデリカが行きたそうだったので一応断っておくと、クーデリカとリューゼが謝ってきた。


 「ああ、今日くらいは大丈夫だよ。結局のところ、一週間は移動と家屋の作業状況、それとバスレー先生に国王様とのやりとりをお願いするってことになりそうだし。ああ、オルデン王子もリューゼに会いたいかもしれないし、今度行くかい?」

 「あー……久しぶりだな、王子……そういや全然会ってないもんな。ま、そこは追々でいいぜ。貴族じゃねえしな」

 「あんまり気にしないと思うけどね」

 

 オルデン王子は気さくに接してくるからあまり気にしないでもいいのにと思う。


 「それにしても広いわね。やっぱり、商店街から魔物の園、んで住宅街でしょ? まだ向こうもいろいろあるし」

 「畑とかお花を植えているところみたいだね」


 ルシエラとルシエールはまたキョロキョロしながらさっきと同じようなことを言っていて苦笑する。でも、花畑は初めて知った……女の子はそういうの目ざといなと思っていると、兄さんとノーラがルシエラに話しかけた。

 

 「僕たちも初めて来たときはびっくりしたよ。あの時はシュナイダー達の監視であまり外に出てないから今度は散歩がてら観光もできそうだけど」

 「そうだねー! ……全部終わったらみんなで、ねー」

 「うん……」


 ノーラがこの後起きることを想い、今はまだというニュアンスを含んだ言葉を出すと、マキナがノーラの肩に手を置いて困ったような顔で呟いた。

 

 今日くらいは――

 

 俺がそう言ったのは、ガストの町全員を避難させなければならないほどの出来事があるからだ。七日間待って、はい戦いというわけにもいかないため、俺やリューゼはガストの町で待機する必要がある。

 特に、俺は転移魔法陣の案内役もする予定なので向こうにいなければならないのだ。


 「ベルナ先生達とアイナはとりあえずウチに住んでていいよ。部屋はあるし」

 「ありがとうラース君。子供たちが帰りたがらないだろうから、お言葉に甘えておくわねぇ」

 「やったぁ! アッシュ達と一緒に居られるんだ! ママもすぐ来るかなあ」

 「くおーん♪」

 「ニーナはそのうち来てもらおうかな? ベルナ先生とティリアちゃんで一部屋。ニーナとトリムで一部屋使えばちょうどいいし」


 俺が指折り数えているとマキナが不思議そうな顔で俺に言う。


 「デダイトさんとノーラは?」

 「オラ達は向こうに帰るよー! みんながこっちに来たら引っ越すけどね」

 「領主の息子がさっさと逃げ出すのも嫌だし、ラースが残っているのにこっちにくるわけにはいかないよ」


 兄さんの言葉になるほど、と俺は頷く。

 【カリスマ】のスキルもあるし、居てくれると助かるのは間違いない。そこで俺はずっと無言で歩いていたウルカに気づき声をかけた。


 「どうしたんだ黙りこくって? ミルフィと久しぶりに会うんだろ?」

 「……う、うん。いつか迎えに来るとか言っておきながらもう会うことに抵抗が……」

 「あはは、いいじゃない! 会える時に会っておくのはラッキーだって思っておけば? ウルカ君頑張っているし、こいつにも見習ってほしいわ」

 「痛っ!? なにすんだナル!?」


 ナルがリューゼのお尻を引っぱたき、飛び上がる。あのふたりもいい雰囲気になりそうなのに、多分リューゼのせいであんな感じなんだろうなあ……

 少しナルが気の毒だと考えながら歩いていると、夢の中でリューゼがナルをかばって死んでいた光景が目に浮かび頭を振る。


 「あー、大きいおうち!」

 「ふふん、あれがげきじょうだよ! アイナも行ったことがあるんだ。ね、アッシュ?」

 「くおん!」

 「なんでアイナとアッシュが得意げなんだよ。叱られたの忘れたのか? えっと、みんなこっちだよ」


 ティリアちゃんに抱っこされたアッシュを撫でながら劇場の裏手に回り、いつもの受付に声をかけた。


 「すみません、ヘレナを呼んで――」

 「ああ、ラースさん。どうぞお通りください。へレナさんは楽屋にいると思いますよ!」

 「え、入っていいのかい?」

 「はい、オーナーからもラースさんとマキナさん、それとファスさんにバスレー大臣は問題ないと仰せつかっております」

 「マジか……な、なら、お邪魔します……」


 困惑する俺に、後ろでみんなが顔を見合わせて目を大きく見開いて驚いていた。


 「それじゃ行こうか」

 「ごゆっくりー♪ ……これはまた……かわいい子ばかり……これはオーナーが黙っていませんよ……」

 「え? 何か言った?」

 「いえいえ」


 生暖かい目を向けてくる受付の女性に首を傾げつつ、俺達は劇場内へと足を踏み入れる。

 不可抗力とはいえ何度か来ているので勝手知ったるといった感じでヘレナ達のいる楽屋へと向かう。


 「……マキナ、お願いしていいか?」

 「え? どうして?」

 「うーん、アイドルって女の子ばかりだし、着替えている最中だとまずいだろ? 男は後ろにいるからマキナ達だけで会ってきてよ」

 「えー、俺もアイドルっての見た……痛っ!? さっきから何しやがるナル! 尻が割れるだろうが!」

 「ふん」

 「あはは、それじゃ私が声をかけるわね。ヘレナー、マキナだけどいるー?」

 「くおーん」


 マキナがノックして声をかけると、アッシュが真似をして鳴き、場が和む。少し待ったところでヘレナの嬉々として出てきた。


 「はぁい♪ もう帰ってきたのねぇ。……あ!」

 「久しぶりヘレナちゃん!!」

 「やっほー!」

 「元気そうね。あ、それが衣装? 可愛いじゃない!」

 「ふふ、こんにちはぁ」

 「ベルナ先生まで!? どうしたのぉ? あ、リューゼにウルカも! ミルフィ、こっち来てえ」

 

 驚くヘレナだが、その顔は凄くうれしそうだ。もう準備に入っているようで、ばっちり衣装を着こんで、化粧もうっすらしている。


 「来たわね……ウルカの彼女……」

 「わくわく」

 「ごくり……」


 感動の再会。

 しかし、それはそれとしてミルフィのことが気になっている女性陣……ウルカが顔を赤くしてうつむいているのでやめてあげて欲しい。

 俺が苦笑して様子を見ていると、通路から声をかけられた。


 「おや、ラース殿ではないですか!」

 「あ、クライノートさん。お久しぶりです」


 劇場のオーナー、クライノートさんだった。俺は軽く会釈をしながら返す。


 「今日はどうしました?」

 「ちょっとクラスの友達が王都に来たので、会いに来たんですよ。ウルカや兄さん、ノーラは会ってますよね」

 「ええ、幽霊騒ぎではお世話になりました。彼女も夜の警備に頑張ってくれていますよ! ほう、女性が多い……む」

 「? どうしました?」


 クライノートさんがマキナ達の方へ眼を向けると、目を見開いて呻くようにつぶやいた。

 ……なんか嫌な予感がするぞ……?

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