第四百二十六話 ラースの転移魔法陣


 ――俺達アーヴィング一家の活躍により、町は引っ越しムードになってきた。まあ、活躍ってほどでもないけど、危機感を持ってくれるのはありがたい。

 一番大変なのはルシエールの家だけど、涙を呑んで本当に重要なものは持ち出し、残りは金庫に入れて厳重に家屋に鍵をかけておくのだそうだ。地下があって金庫があるって初めて知ったな。


 魚屋のジャックや、肉屋のネミーゴは仕入れを中断し、一旦商品を捌くため安売りで対応。その他、期限がある商品を扱っているお店はギリギリまで売りさばくのだとか。


 町はそんな感じで喧噪に包まれている中、俺は庭に転移陣を描いていた。こめる魔力で規模が変わるのと、正確に描かないと発動しないため、ひとり慎重に作業をしていた。一家四人と大きな荷物を一回で運べるくらいはと額に汗を流す。デイビッドさんに作って貰った特殊な粉は俺の魔力を吸い、描くたびにぼんやり光を放つ。


 「ラースにいちゃーん」

 「くおーん」

 「!」


 あと一息のところでアイナと愉快な仲間たち……もとい、アッシュとセフィロがてくてくと玄関の方から歩いて来た。


 「どうしたんだ、アイナ」

 「みんなお引越しの準備しているから、兄ちゃんの様子を見に来たのー」

 「くおーん♪」

 「♪」


 アッシュが足にしがみつき、セフィロがアイナの肩で花を咲かせる。俺は苦笑しながらみんなの頭を撫でてからアイナに言う。


 「もうちょっとだけ待っていてくれるか? これを描き終わったら実験で王都に行くんだ。その時は連れていってやるから」

 「え! ラディナやシューとも会える?」

 「もちろんだ。ちょっと出現場所からは遠いけど、マキナ達と一緒に行こう」

 「うん! アッシュ、あっちの椅子で待とう!」

 「くおん!」

 

 アイナ達は母さん達がよくお茶をするテーブルセットの椅子に腰かけ、アッシュを抱っこしながら足をぶらぶらさせながら俺を見る。よしよし、大人しくしていてくれよ……最後に大きな魔力を注ぎ込めば粉が定着して陣の完成だ……汗を拭いながら作業を続け、さらにそこから数時間後――


 「……できた!!」

 「おー!」


 描き終えた後、最後に両手で魔力を注入すると、魔法陣が薄く輝き完成した! 小さい魔法陣でいくつか練習した時と同じ輝きなので問題ないはずだ。

 

 「ふう……疲れた……」

 「兄ちゃん、よしよし」

 「くおーんくおーん!」

 「!!」

 「うわ! くすぐったいよ、アイナもアッシュも」


 地面に倒れこんだ俺にアイナがしゃがんで頭を撫で、興奮したアッシュが俺の腹に飛び乗って来て顔を舐めまくるので引きはがす。この規模でもこれだけ疲れるんだから、馬車ごと移動したディビットさんは相当凄い。魔力は俺の方が多いらしいので、本人は慣れだと言っていたけど、謙遜している気もするなあ……口は悪いけど。

 

 「ただいま!」

 「あ、マキナ」

 「マキナおねえちゃんだ!」


 そんなことを考えていると、マキナが声をかけてきた。寝転がっているので逆さまに見えるのが妙におかしい。ひとりかと思ったけど、その後ろからさらに続く。 


 「やっほー、来たわよ」

 「えへへ、きちゃった!」

 「こんにちは、ラース君! ……あ、居た!」


 マキナと一緒に来たのはルシエールとルシエラの姉妹に、クーデリカだった。ルシエールはソワソワしながらきょろきょろしていたかと思うと、一直線にアッシュへ向かう。 


 「くおん?」

 「ああー、可愛い! お名前は?」

 「アッシュはアッシュだよ、ルシエールおねえちゃん!」

 「男の子かな? ぬいぐるみみたいだよーぎゅってしていい?」

 「アッシュ、いいかい?」

 「くおーん♪」

 「やった!」


 ルシエールはアッシュに頬ずりをしながら背中をわしゃわしゃと撫でて、嬉しそうに笑う。そういえばルシエールって初めて会った時にぬいぐるみを持っていたから、可愛いもの好きは相変わらずらしい。


 「マキナは来ると思ってたけど、ルシエール達はどうして?」

 「そりゃ、先に向こうに行ってみたいからよ! 転移魔法も気になるし、王都もね!」

 「後でリューゼとウルカも来るって言ってたわよ。リューゼは私とラース相手に久しぶりに手合わせしたいって!」


 ルシエラはいつも通りのノリで、マキナはこの後の戦いに備えての訓練をしたいようだ。そこでクーデリカがにこーっと笑いながら口を開く。


 「あとね、わたし、ラース君とマキナちゃんのおうちにも行ってみたい! ウルカの彼女も見たいし、向こうのギルドも気になるよ!」

 「私もわんちゃんとアッシュのお母さんをもふもふしたい……それと魔物の園ってなあに?」

 「ああ、テイマー施設っていう魔物をテイムするための養成所みたいなところなんだけど、ちょっと資金を稼ぐために町の人達が少しお金を払って見に行けるようにしたって感じかな?」

 「いっぱいいるんだよ!」


 ルシエールはアイナが手を一杯広げて言うのを見て『おおー』とアッシュを抱えて感嘆の息を漏らし、目を輝かせて首を傾げた。


 「それじゃ、この子みたいな小さいのも居るの?」

 「あー、子雪虎は可愛いよねマキナ」

 「うんうん! ルシエールは絶対気に入るわよ! ところで、転移魔法陣はできたの?」

 「丁度さっきできたとこだよ。元々アイナと兄さんとノーラを連れて行こうと思っていたんだけど、大所帯になりそうだな。よっと」


 俺が起き上がると同時にリューゼや兄さん達の声が玄関付近から聞こえてきた。


 「デダイトさんとノーラも行くのか」

 「うんー。オラ、魔物の園楽しみにしてたんだー!」

 「僕たちも幽霊事件の時ウルカ君と一緒に行ってたからね」

 「くー、ラースのやつなんで俺に声をかけないんだよ……」

 「急いでいたって言ってたでしょ? ほら、みんな待ってるわよ」

 「うう、久しぶりだなあ……」


 リューゼにナル、兄さんにノーラ。その後ろにウルカがついてきていた。結局このメンバーになるのかと苦笑しながら、ここには居ないヨグスとパティも居たらよかったのにとも思う。


 「ようラース! マキナに誘われてきたぜ!」

 「あんたが行きたいってお願いしたんじゃない! これが転移魔法?」

 「はは、相変わらず仲がいいなふたりとも。ナルの言う通りこれが転移魔法陣だ。ちょっと人数が多いから少しずつ行こうか……って、そういやジャックは?」

 

 よく見ればクラスメイトのひとりの姿が無かった。


 「あいつは今店が大忙しで無理だってよ。へへ、先に行って自慢してやる」

 「多分自慢したら怒るぞ……」

 

 肩に腕を回してくるリューゼを振り払っていると、大きなカバンを担ぎ、ルシエラが口を尖らせて俺に言う。


 「ラース、早く行きましょ! ルシエールがもう我慢できていないわ」

 「ふふ、可愛い動物の赤ちゃん早く見たいなあ」

 「くおーん……」

 「ルシエールおねえちゃん、アッシュをそろそろ返してよう」

 

 目を細めてアッシュを撫でるルシエールにアイナが袖を引っ張って抗議する。まあ、危険が無いかチェックするにはちょうどいいかと俺は最初に向こうに跳ぶメンバーを決めるのだった。

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