第三百六十三話 歪な村


 休憩をはさみながら馬車を進ませることさらに一日。

 周囲の景色が乾燥した荒野から砂地へ変化し、さらに進むと岩や岩壁が目立つようになってきた。ファスさん曰くガリアーダ渓谷が近づいて来たとのこと。


 「その辺の岩に注意するのじゃぞ、ロックタートルが擬態している可能性が高いからのう」

 「へえ……<アクアバレット>」


 そんな話を聞いたらやるしかないと、俺はごつごつとした岩に魔法を撃つ。ロックタートル自体はテイマー施設にも居るので珍しくはないけど、野生で擬態までしているとなると興味がある。


 「ゴルル……!?」

 「くおーん!?」

 「おお、出てきた! まだ小さいやつだな。セフィロ、頼む」

 「♪」

 

 急に姿を現したので、アッシュがびっくりして俺に抱き着いてくる。俺はなだめながら、セフィロに頼んで擬態が解けたロックタートルを枝で回収してもらう。

 道が荒れているため馬車のスピードはあまり速くないからセフィロにはそれほど難しくない。


 「ゴル!」

 「くおーん!」

 「アッシュよりちょっと小さいくらいかな? 強そうだけど、ちょっと弱々しいな……水、飲むか?」

 「ゴル! ……♪」


 どうやら弱っていたらしく、アッシュにバシバシ叩かれていたけど反撃もできず首を引っ込めていた。水を与えると首だけ出して美味しそうに飲んでいた。

 群れからはぐれたのだろうと言うので、そのままアッシュの遊び相手として連れて行くことに。そこで、マキナが前方を指さして声を上げる。


 「あ、外壁が見えてきたわ! あれって町じゃない?」

 「ほう、岩で作っておるのか。」

 「近くに川があるんですね、あそこなら迎え入れてくれるかもしれません」


 もう少しで到着というところで、立派な外壁がある町が見え色めき立つ俺達。なんだかんだで前の町を出てからは野営続きでゆっくり休んでいないため、安全な町で寝られるのはありがたい。

 ディビットさんのところへ急ぐ必要はないので、休息のため早速町へ近づいてみると――


 「ん? お、なんだ旅人か? それとも冒険者か?」

 「あ、ああ、冒険者なんだけど、入れてもらえるかな?」

 「問題ないぜ、何もない村だけどゆっくりしていきな!」


 ちょっとだけ武装した、警備と思われる人が笑顔で迎えてくれ中へ入る。話しながら少し内部をチラ見して俺は困惑していた。そして中に入っていくことで‟何もない”の意味が分かる。


 「……外壁は立派だったけど……」

 「本当に何もありませんねえ」

 

 バスレー先生の言う通り、ここは町というには何も無さすぎた。村という方がしっくりくるし、外壁の立派さを考えるとアンバランスな印象を受ける。


 「あ、ママ、畑があるよ!」

 「あら、懐かしいわね」

 「水もある……いい場所じゃ」

 「ええ、町から離れていてこれだけ開拓されているのは羨ましいですね」


 しかし、オルノブさんやユクタさんからすると町よりもこういった村の方がのびのびできていいのだとか。ユクタさんは結婚するまではどこかの村で両親と畑を耕して生活していたらしい。


 「さて、宿屋みたいなのは無さそうだしその辺の空いた場所を間借りさせてもらう感じになりそうだな。あれ? ファスさんどこへ行くんだ?」

 「少しディビットについて知らんか聞いてくるわい。それとその四人を受け入れてもらえるか、じゃな。オルノブとユクタ、来てくれるか?」

 「はい、もちろんです」

 「ダーシャはラタさんと一緒にお留守番ね?」

 「はーい! みんなと待ってるね」


 ユクタさんもご飯を食べて余裕が出てきたようで、微笑みながらダーシャちゃんに


 「私も行きますよ!」

 「そうか? なら頼むわい、ラースよそっちは任せた」

 「分かった。何もないと思うけど、気を付けて!」


 笑顔で手を振るマキナを見送り、俺は適当な場所が無いか辺りを歩く人に声をかけた――



 ◆ ◇ ◆


 「どうしますか師匠? 流石にギルドみたいなのは無いと思いますけど」

 「うむ。しかし、村長はおるじゃろう。まとめ役が居ない村は滅ぶのが早いと相場が決まっておってな、決定権を持たぬ人間がおらぬと、諍いが起こる」

 「なるほど……領主や町長なんかが居ないと、みんな好き放題しそうですもんね。私もラースのお父さんやお兄さんのおかげでガストの町は平和だと思います」


 ラース達と別れたマキナはファスと共に村を歩きながらそんな話をしていた。村の外壁は結構な範囲で広がっているが、内部は半分も家屋が無くとてもアンバランスな印象を受ける。

 

 「……間違いなくヤツじゃな」

 「え? あ、すみません、この村の責任者はどちらにいらっしゃいますか?」

 「お、見ない顔だな。村長ならあの少し大きめの家だ、何か用なのか?」

 

 ファスが目を細めたのを見逃さなかったが、ちょうど鍬をもった男が近くを通りかかったのでマキナが声をかける。すると、男は気さくに返してくれた。 


 「うむ、少し話があってな。村に人を入れて欲しいのじゃ」

 「あんたらがか? 若い娘は助かるから大丈夫だと思うが、案内してやろう」

 「ありがとうございます! ……って、私は違いますけどね!?」

 「はっはっは、その装備だと冒険者だろう。訳アリか? ウチはそういう人間でも歓迎するぞ」

 「まあ、訳アリは合っておるがのう、ほっほっほ」


 程なくして、この村にしては大きな家に到着すると、鍬を持った男が玄関をノックして声をかける。


 「村長、客が来たぞ。話を聞いてやってくれないか?」

 「ああ、ちょっと待ってくれ」


 男の声にすぐ応答があり、玄関が開くと若い男が顔を出してきた。マキナ達を見てにっこりと微笑み、口を開く。


 「初めまして。このガリアーダ村の村長をしているダクチャと言います。何かお話が?」

 「初めまして、マキナと言います。急な訪問、すみません。お話はふたつありまして、ひとつ目はこの村に人を受け入れて欲しいんです」

 「ふむ、お婆さんとふたりで、かい? 見た感じ別の国の人みたいだけど……」

 「あ、いえ、他にも仲間が居るんですけど、サンディオラの人なんです。お母さんと娘さん、それとお婆さんに男の人の四人になります」

 「一家総出って感じだな……でも、それはこっちとしてもありがたいから一度その人たちと会って話がしたいかな」


 村長のダクチャは腕を組みながら頷き、好感触だとマキナはホッと胸を撫で下ろす。そして次にファスが話し出した。


 「頼む。悪い人間ではないと思うが、村長自身の目でも確かめて欲しいわい。で、二つ目じゃが……この村を興した時にディビットという魔法使いが関わっておるな? あやつは今どこにおる?」

 「……!」

 

 ファスの言葉にサッと顔色が変わる村長のダクチャ。そこに冷や汗をかいた鍬を持った男が距離を取って叫ぶ。


 「こいつら……! 村長、みんなを呼ぶぜ!」

 「師匠!」

 「案ずるな、マキナ」

 

 構えるマキナに問題ないというファス。

 そして男が口笛を吹こうとした瞬間――

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