第三百三十九話 酷い有様……
アイナがシュナイダーと広場を駆け巡っているのを横目に、俺達はタンジさんの案内でまず雪虎のオスが居る厩舎へと向かう。
「がう……」
タンジさんが厩舎の扉に手をかけたところで母雪虎がため息を吐いた……気がした。どうも乗り気でなさそうなので、俺達は母雪虎の背中を撫でながら声をかけてやる。
「久しぶりの古巣じゃないか、どうしたんだ?」
「お父さんの雪虎が居るのよね? 仲が悪いとか? わわ!」
マキナがそう言うと、母雪虎はぐりぐりと頭を寄せていた。そこでノーラも喉を撫でながら声をかける。留守番の間は結構一緒に遊んでいたから仲がいい。
「会いたくなさそうなのは間違いないかもー? どうしたのー?」
「がるう……」
ノーラの言葉に反応するも、元気はない。しかし、厩舎の奥に居る父の姿を見て、俺達は納得する。
「ほら、久しぶりの対面だぞ!」
「がる?」
少しひんやりした厩舎の奥に、それは、いた。
虚ろな目をして、寝そべるその姿は母雪虎のような威厳はなく、でっぷりとしたお腹に伸び放題の体毛をしており『ダメ親父』と言って差し支えない様子の父雪虎が。
「うわあ……」
「これはちょっと……」
「がるう……」
恥ずかしいと言わんばかりに母が項垂れていた。すると、父雪虎がこちらに気づき目を大きく見開いて起き上がると、俺達に向かって走ってきた。
「遅いわねえ」
「あはは……ものすごくだらしない感じですね」
「一家を連れてきた時はあいつもあんな風じゃなかったんだけど、ここの暮らしに慣れてからは自堕落になってな。母親と子供は広場で運動をするが、こいつは全然動かなくなっちまってこの有様ってわけだ」
そんな話を聞いていると、父雪虎が近づいてきて母雪虎に鼻をすり寄せてくる。ウチに引き取られてからそれほど期間は空いていないけどとても嬉しそうだ。しかし、感動の再会かと思ったのも束の間――
「がう!」
「きゃん!?」
「あ!」
――母雪虎が父の鼻先を手で叩いた!
父雪虎はたまらず転がり情けない声を上げて鳴いていた……
「うーん、これは酷い。怠けているなんてもんじゃないね」
<デダイトの言う通りだ。おい、お前父として恥ずかしくないのか?>
「がるう……」
「なんだって?」
サージュが地面に横たわった父雪虎に声をかけると、小さく呻く。マキナが眉をひそめてノーラに尋ねると、珍しくノーラが口を尖らせて父雪虎の頭をひっぱたいた。
「お父さんなんだからしっかりしないとダメだよー! 狩りをしなくていいかもしれないけど、もしここが無くなったらどうなるかわからないんだからね? いざって時にお父さんが何もできなかったら死んじゃうよー?」
「が、がる……」
「ノーラが本気で怒っている……」
「がる!」
兄さんが久しぶりに見た、とぽつりと言い、母雪虎もノーラに加勢するかのようにぺしぺしと父雪虎の頭を叩く。
「ウチの父ちゃんが君みたいだったからわかるよー。タンジさん、お父さんだけ外に放りだしてもいいかもー? というかタンジさんもこうなるまで放っておいたのも良くないと思うのー」
「おお……」
「がるう!?」
ああ、なるほど。ノーラには自分の親父さんと重なって見えるのか……俺達は結局見たことがないけど、ノーラの親父さんは相当なクズだったのは覚えている。
父雪虎は緩んだお腹を揺らせながら、捨てる発言をしたノーラに縋りつく。タンジさんにも飛び火して怯む。
「じゃあ、今日からちゃんと運動して痩せる! そこから始められるー?」
「がうがう!」
「よし、それじゃ……アイナちゃーん、この子も追いかけっこするってー」
ノーラがポンと父雪虎の頭に手を乗せると、ぎょっとした顔になる。しかし、すでにアイナの耳に入ってしまったのでシュナイダーと一緒にこちらに走ってきた。
「大きいネコさんも遊ぶの? 行こう行こう!」
「うおん!」
「が、がる……」
「がおう!」
「が、がう!」
アイナに引っ張られ父雪虎が一瞬抵抗を見せたが、母雪虎に一喝され広場へと走って行った。足取りは重いが……
「ふう、いつまで続くか分からないけど、甘やかさないでねー?」
「あ、ああ……【動物愛護】ってすげぇな……初見であそこまで言うことを聞かせられるやつはテイマーでも居ないぞ」
<ふむ、ノーラの言葉は恐らく我のような魔物相手には『響く』のだ。初めて会った時からその傾向はあった>
「う、うーむ……ノーラちゃんにはテイマー資格を上げてもいいかもしれんな。ラースもたいがいだったが、その上を行きすぎだ……残りの厩舎を見たら俺はもっと叱られそうだな、はは……」
タンジさんが乾いた笑いをし、次の厩舎へ向かう。
俺は以前、テイマー資格を取るために魔物と接する機会があったし、広場に開放する魔物達を少し見たことがあるんだけど、さきほどの父雪虎のように顔を合わせていない魔物も多くいる。
そのすべてを今回見ることが出来るようになったんだけど、これがまた……
「もー! だらしない子はみんな広場に集合ー!! タンジさん、テイマーの資格を取る人が居ないからって放置しすぎだよー!!」
……酷かった。
猿のような魔物であるアイアンコングはなまけもののようだし、かなり凶悪な魔物であるブラッディバイパーは最初見た時に縄かと思うくらい伸びきっていた。つがいではない魔物も多いが、その体たらくにノーラが完全にキレのだ。
<なあ、タンジ殿>
「なんだい……?」
<この広い施設におぬし一人では手が回らないのではないか?>
「あー……まあ、そうだなあ。餌代も馬鹿にならないし国の援助でギリギリなんだよ」
「なら、魔物を減らしたらどうですか?」
サージュの言葉に頭を掻いて答えるタンジさん。それにウルカが提案をするが、タンジさんは首を振って言う。
「いやいや、それは無理だ。見ての通りもうここで飼いならされているからな。このまま野生に放ったらすぐに死んじまうよ」
「そうねえ、これじゃ餌を自力で取るのも難しいかもねえ」
「ヘ、ヘレナさん平気なんですか……?」
ブラッディバイパーの尻尾を掴んで持ち上げながらヘレナが言う。バイパーは興味が無いと言わんばかりにだらりと床に頭を置いていた。
中にはアイナと一緒に遊ぶ魔物も居るのでだらしないやつばかりではないんだけどね。
「うわ!? 臭い! こっちきちゃダメ!」
「ぶほ!?」
「わふふふふ!」
「シューも臭かったし笑わないの!」
「ひゃいん!?」
「あっちのお嬢ちゃんもすげえな……ラースの妹だけのことはあるのか……?」
猪型の魔物や羊型の魔物の匂いがきついようで、アイナがラディナを盾に遠ざけ、臭い魔物達を見て笑うシュナイダーが叩かれていた。うん、言われてみれば仲良くなるの早すぎるな。
「アイナちゃんはラースに似てるし、大物になるかもね」
「おしとやかに育って欲しかったけどね……」
マキナの言葉に肩を竦めていると、ノーラが俺のところに来て眉をひそめながら俺に言う。
「ラース君、何とかならないかなー? このままだらけさせるのもちょっと可哀想かも? 楽だと思うけど、オラ援助が打ち切られてもおかしくないと思うんだー」
「まあ、それはありそうだよな。となると魔物を間引くことになるだろうから……」
口には出さないが殺処分とかありそうだ、と、俺は頭に描く。何かいい案が無いかと考えていると――
「さあ、アイナちゃんわたしと遊びますよ!」
「バスレー先生! わーい!」
――いつの間に現れたのか、バスレー先生がアイナと一緒に広場を走っていた。
「ぶっ!? 何で!? ……あ、いや、待てよ」
「何か思いついたの?」
「まあ、バスレー先生次第かな?」
マキナが首を傾げて聞いてきたので俺は頷き、みんなを呼ぶ。もしかしたらテイマーの希望者も増えるかも、と考えを話すことにした。
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