第三百三十二話 いつの日かすれ違うために
「ヘレナは?」
「今日はお仕事だから、もうライブに行ったわよ。また休みの日にウチに来るからウルカやノーラ達をすぐ家に帰さないでねって」
「はは、僕はヘレナのお仕事を見るまで帰らないつもりだけどね。サージュもまだ町を見回りたいでしょ?」
<うむ。我はテイマー施設とやらに興味があるぞ>
「アッシュみたいな子がいっぱいいるみたいだもんね」
「くおーん♪」
「私もウルカさんとデートをするまでは……むにゃむにゃ……」
「え? ミルフィさん今なんて?」
「な、なんでもありません……!」
時刻は二十時を過ぎたところで、俺達は廊下を歩きながらそんな話をしていた。後ろにファスさんとクライノートさんがついてきている。
一度、ヘレナ達と合流したんだけどいつの間にか姿が見えなくなっていたのはマキナの言う通り、ライブに出るためだったようだ。
ハンザを追いかけた裏手の廊下に観客の応援とヘレナの歌声が聞こえ、耳を傾けながら、俺達は二階の中ホールに集まった。
「今日はここを使っていないんですね」
「ああ、何か不都合があっては困るから一つは開けていることが多いんだよ」
「この前の舞台で床に穴が開いたのはびっくりしましたよね」
ミルフィがくすくすと笑い、すぐにクライノートさんがダイハチさんを呼んで直してくれた助かったと苦笑する。あの人、どこにでも現れるな……いや、俺達が呼びすぎなだけか。
それはそうと、ウルカが早速天井付近に向かって声をかける。
「ウル、いるかな?」
【うん……いるよお……】
ふわっとウルが微笑みながら姿を現し、その直後、小太りの幽霊と細身の幽霊も登場。それを見たウルカは頷き、話を続ける。
「昨日、少し話をしたけどこの劇場に残っている幽霊をあの世へ送りたい。僕の【霊術】を全力で使えば姿を見せることができるはず。でもいきなりそれは不本意だという幽霊もいるかもしれない……その前に、ウル達から説明をしてもらえないかな?」
【そうだなあ。もう何人か俺達くらい意識がはっきりしているやつはいるが、殆んど無口だぞ?】
「それでも、だよ。お願い」
【ふっ、そこまで頼まれては仕方ない。ヘレナちゃんの友人の頼み、このブランディアが聞こうじゃないか】
細身の幽霊が髪をかき上げるしぐさをして、そんなことを言う。それに苦笑しながらウルが頷き、幽霊達は少し天井付近まで上昇して何やら話す。
「ううう……」
「落ち着いてマキナ。幽霊もああやってウル達みたいに言葉を交わせるんだ。ゾンビやスケルトンほど怖くはないだろ?」
「そ、そうかも……」
ウルカの本気で幽霊が相当数姿を現すであろうことを考え、マキナが呻いていた。ファスさんに言われたこともあり、俺にくっつかず一人仁王立ちしていたので俺はマキナの肩をほぐしながら耳元で言う。
向こうの世界のようにあやふやなものではないので、意識の方向さえ変えれば怖くないと思ってもらえるはずだ。
「すぅ……はあああ……」
「ほう」
マキナが深呼吸をして気を落ち着かせたところでファスさんが短く声を出した。何か言おうとしたが、そこで三人が下降してきて、ウルカへ言う。
【み、んな……お願いします、って】
「うん! ありがとう三人とも!」
【いいってことよ、残るヤツも居るがな】
【僕はまだ消えるつもりはないよ?】
「オッケーだよ、それじゃ【霊術・覚視】!」
「お……!」
ウルカがスキルを使うと、周囲にふわっとした魔力が漂い始めたのが分かり、俺は感嘆する。昔はスケルトン一体と幽霊一体相手にするのが精一杯だったのに、今ではこうして何百人という幽霊を俺達にも視認できるほどの能力を発揮するようになっていた。
「おー、いっぱいいるねサージュ」
<うむ。ラースがアイナよりもう少し大きいくらいの時、我が故郷でスケルトンと戦った時を思い出すな>
「あ、サージュとお友達になったときのやつだ。マキナおねえちゃんも居たんだよね」
アイナがポンと手を打ち、マキナに視線を向けるとマキナは涙目でこくこくと頷いていた。悲鳴を上げないあたり成長が見られる。
「結構……ぼんやりしか見えない人が多いですね……」
【まあ、一番古いやつは二百年前からいるらしいからなあ。ほら、この爺さん】
【……――】
目を細めないとちょっとあやふやなお爺さんが何やら口を開く。それを聞けたらしいウルカがにっこりと笑い、答える。
「ええ、ゆっくり休んでください。長い間お疲れ様でした……【葬送】」
【……!】
ウルカが呟くと、お爺さんの姿が輝きだす。お爺さんは一瞬びっくりした顔をするが、すぐにフッと笑いそのまま光となって消えた。
「次は幸せになって欲しいね。今のお爺さん、戦争で息子さん達夫婦を失くして自分だけ生き残ったのが心残りだったみたい」
【……最後は笑顔、だったから……多分、大、丈夫……】
「うむ。ワシも悔いの無いよう生きねばな」
「し、師匠、そんなこと言ったら嫌ですよ……もっといっぱい教えて欲しいんですから」
「ほっほ、まだまだ死ねんのう」
違う意味で涙目になったマキナをなだめつつファスさんが笑う。そして、ウルカは次々と【葬送】で幽霊達をあの世へと送っていく。
年端も行かない女の子は飢えで、鎧を着た兵士は戦争で、盗賊に村が襲われて一家ごと焼き払われた男の人……そういった悲しい最後を迎えて未練を残した人たちがウルカのスキルと言葉で光となって消えていく。まるで最後の輝きを放つように。
「次、生まれ変わる時は幸せになれるよう祈るよ」
【ありがとう……】
そしてついに、ウルカは最後の一人を送る。
すると額に汗を浮かべ、疲労困憊になったウルカがふらっと後ろに倒れそうになり、俺が駆け寄ろうとしたが、慌てたミルフィが先にキャッチしていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、ごめんよミルフィさん。はは、これだけの数に使ったのは初めてだったから……加減が、分からなくてさ……」
「ウルカ、魔力回復薬だ。飲めるか?」
「ありがとうラース……ふう……」
落ち着いたウルカがミルフィの肩を借りながらしっかりと立つ。疲れが見えるから、早いところ家でゆっくり休ませたいところだ。そう思っていると、クライノートさんが拍手をしながら口を開く。
「いやあ、見事だった! ウルカ君のおかげできっと彼らの来世は明るいはずだ。幽霊は居ない方がいいと思っていたが、色々抱えている人が居て年甲斐もなく涙が出たよ。さて、ウルちゃん達残った幽霊はこれからどうするんだい?」
【わた、しは……これからもミルフィ、達を見ていきたい、な……すごく楽しいの……】
【俺もできればここに居ることを許可しちゃもらえねえかな……?】
クライノートさんの言葉にウルと、小太りのおじさん幽霊、ザジさんが言う。
ちなみにウルは劇場が出来る前の時代に居た貴族の娘で、ザジさんは村長さんだったらしい。ブランディアも言動はアレだけど貴族に近い裕福な家庭の男だったらしい。
「ああ、君たちさえ良ければ私は構わないよ。お客さんを脅かすのは勘弁してくれよ? はっはっは!」
【当然、アイドル達の邪魔をするわけにはいきませんからね。他の幽霊達も同じらしいよ。そうだ、警備の件だけど、僕たちも様子を見ようか。そこのウルカ君のスキルが消えるまでになりそうだけども】
「それはいいな! うむ、アイドルや役者に伝えれば問題は無かろう、では今夜早速紹介させてくれ」
まさかの申し出にクライノートさんが大声で笑い、ミルフィは口を開けてポカーンとしていた。残っていた幽霊達はざっと二十人で、アイドルだけじゃなく、劇の方が好きな女性幽霊なども居る。
まあ、期間限定でも何か巻き込まれても死なない、どこにでも現れる、給料要らずな警備員は心強い……はずだ。
「いいのかい?」
【う、ん……いつか……私達は自分で向こうへ、行けると思う。思い出を、持って……ね?】
「うん、それまでは一緒にね!」
ミルフィの言葉にウルが微笑み、幽霊達もそれにつられて笑う。悪霊になることは恐らくないだろう、満足すれば必ず笑って逝けると信じたい。
「もとは人間で生きていたんだもんね。そう思ったら怖くない、かも……?」
「少し慣れてきたかな?」
【だったら、嬉しい……】
顔は青いけどマキナは少し慣れたようでウルに手を伸ばす。少しずつ克服できればいいけどね。そこでサージュが俺に話しかけてきた。
<ではひと段落したことだし、そろそろ戻るか? 結構時間が経っているぞ>
「あ、そうだね。夕飯を……って、もうこんな時間!? やばい、兄さん達のご飯!」
「わ!? 本当!? お腹を空かせているわよこれ!?」
「ほっほっほ、仕込みはしておったしすぐじゃろう」
「ごめん、クライノートさん。家に帰るよ!」
「はは、慌ただしいな。うむ、また来てくれ、今度はお客さんとしてね。これを渡しておこう」
そう言ってクライノートさんがチケットを俺に手渡してくれる。どうやら招待してくれるみたいだ。俺はポケットに大事にしまうと、裏口へ向かうため移動を始める。
「ありがとう! 近いうちにまた来るよ! みんな、急ごう。ミルフィも来るだろ?」
「あ、はい! ウル達も来れればいいのに……」
【ううん、大丈夫……また、ね】
ウル達に見送られて俺達は裏の廊下を駆けて行く。待ってくれよ、兄さん達……!
◆ ◇ ◆
「ハンバーグ~♪ 小さくても美味しいハンバーグ~♪ 唐揚げも好きだけど、ごめんねハンバーグの方がわたしは好き~♪ ……ただいま戻りましたよ! さあ、わたしのハンバーグはいずこ!?」
「あ、バスレー先生おかえりー。まだ帰ってきてないよー」
「僕たちもまだだけど、もう少ししたら帰ってくるんじゃないかな?」
「馬鹿な……!? 真面目に仕事をして早く終わらせたのにこの仕打ち……ううう、酷い……ひどすぎる……」
膝から崩れ落ちて、ぐぅーとけたたましいお腹の音を鳴らせながら床をダン! と、叩きすすり泣く
バスレーであった――
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