第三百三十三話 団欒とお礼


 昨晩は大変だった――


 帰宅予定時刻は十九時前後を考えていたんだけど、幽霊達を送るのが予想以上にかかったため帰宅は二十三時を過ぎてしまっていた。

 家に到着した時にはすでにバスレー先生は帰っており、家の中では兄さんとノーラの慌てた声が響いていて、俺達は何事かと急いでリビングへ。するとそこには――


 「うふふふ……もう、このまま食べてもいいんじゃないですかねえ……」

 「それ、まだ焼いてもいない生肉だよー!? お腹壊すからだめー!」

 「ノーラ、こっちの鶏肉は僕が確保した! 一旦外へ――」

 「くーわーせーろー……」


 仕込みが終わっているハンバーグの種と唐揚げの入ったボウルを狙い、怪しい動きで逃げ惑う兄さんとノーラを追うバスレー先生。

 唐揚げはともかく、ハンバーグは焼くだけだから自分で焼けばいいのにと思いながら俺はバスレー先生を羽交い締めにして止める。


 「止めるんだバスレー先生。遅くなってごめん、今から夕食の準備をするから落ち着いてくれ」

 「お、おお……! 帰って来たんですね!」


 ギギギ、と濁った眼をした顔を俺に向けて歓喜の声を上げる。俺はホッとして拘束を解くと、バスレー先生が俺に向きなおり口を開く。


 「……しかし、遅くなったのは事実。わたしが餓えそうになっていたことを差し引いて……今日のハンバーグはいつもより大きめに……」

 「いや、それは……まあ、いいか」

 「やったぁ!」

 「くおーん!?」


 大喜びのバスレー先生が俺の足元に近づいていたアッシュの両手を掴み、くるくる回りながら着席する。器用だ……。そこへマキナがやって来て俺に言う。


 「いいの? 一応、お肉はいっぱい用意しているはずだけど足りるかしら?」

 「大丈夫、俺に考えがある」

 「アッシュちゃーん、ハンバーグ楽しみですねえ」

 「く、くおーん……」


 膝に乗せたアッシュをなでながらそんなことを言うバスレー先生。遅くなったのは事実だし、楽しみにしているところ申し訳ないが、食材には限りがある――


 「わ、いい匂いだねー」

 「ラースが考えた料理、楽しみだね」

 「口に合うといいけどね、早速食べてみてよ」

 <ふむ、肉の塊……では無さそうだが、美味そうだ>


 俺の言葉でそれぞれフォークとナイフを持って食べ始める。やはりというか、そこでバスレー先生が俺に言う。


 「なんでわたしのはいつもの大きさなんですか!? いつもより大きいのって言いましたよね!」

 「いや、元々、バスレー先生のハンバーグはその半分だったんだよ? アッシュ達の件で。だから、半分がいつもの大きさに戻った……そういうことだよ」

 「あああああああ……!?」


 カラクリに気づいたバスレー先生がハッとした顔をした後『ぐぬぅ』という呻き声の後に夕食に取り掛かる。人を殺めそうな勢いな表情だったが――


 「ああ、やっぱり美味しいですねえ。城の食堂にもできましたが、やはり本家には勝てません」

 「変わり身が早いのう……」


 ――ハンバーグを口にするとすぐに頬に手を当てて目を輝かせていた。と、まあ、元々食べたことがあるバスレー先生はさておき、兄さん達の反応はどうだろう?


 「わー……柔らかくて美味しいよー……」

 <歯ごたえはないが、その分肉の旨味がある。うむ、これは美味いぞ!>


 ノーラが目を細めて味わい、サージュも器用にフォークとナイフを使って口にハンバーグを運ぶ。野菜大好きなサージュも肉汁に舌鼓をうっていた。

 

 「これ、僕は大好きなやつだ……家でも作れないかな……」

 「レシピは渡すし、なんだったらノーラに教えておこうか?」

 「頼むよ! ステーキより全然こっちがいいよ、ソースも変えたら面白そうだ」


 珍しく兄さんが身を乗り出す勢いで俺に笑顔を向けながら声を上げる。いつも落ち着いているから、よほど気に入ったらしい。その後も唐揚げに目を見開き、兄さんはハンバーグより気に入っていたのが微笑ましかった。


 「うーん、流石はラースだよね。僕は唐揚げが気に入っちゃたなあ。チーズ入りハンバーグも物凄く美味しい」

 「それは良かった。今回はウルカが一番活躍したし、これで疲れを癒してよ」

 「ありがとう。報酬もラースの分から多めにもらっているし、感謝しかないよ。んー、美味しい! ミルフィさんは食べたことがあるんだよね?」

 「はい! 後はプリンっていう卵を使った凄く美味しいデザートもいただきました! きっとノーラさんやアイナちゃんは気に入るかもですね」

 「え!? デザート? ラ、ラース君、あるのー?」

 「あれは明日かな? ほら、アイナ口の周りにソースついてる、ちょっとこっち向いて」

 「んー。ラース兄ちゃんこれ凄くおいしいよー……」


 俺が口を拭いてやると、アイナが目を細めてへらっと笑う。ご飯を食べている時のアイナは静かである。

 そんな嬉しい悲鳴を聞きながら楽しく食事が進む。兄さん達は同行しなかったので幽霊達の話や、劇場の話をしていると、兄さんが俺に聞いて来た。


 「とりあえず、今日で騒動は終わったみたいだね。どうしよう、僕たちはお役御免ってところかな?」

 「一応ね。だけど、このまま『はい、さよなら』って訳にもいかないよ。町を案内したいし、これも預かっているからみんなで行こう」


 俺が胸ポケットから劇場のチケットを取り出し見せると、マキナが口を開く。


 「結局アイナちゃんやアッシュは私達についてきちゃったし、デダイトさんやノーラにはただ留守番してもらっただけだったからお土産代は私が持つわ。報酬も入ったし、ルシエール達にも何か持って行ってくれると助かるわ」

 「うんー! えへへ、結婚してから町の外に出ていないから嬉しいよー。マキナちゃんとお出かけするのもギルド部で依頼を受ける時が多かったしー」

 「ま、まあ、あの頃はね……」


 率先して魔物退治の依頼を受けていたので、俺達はよく一緒に居たなと思い出す。リューゼやナル、クーデリカみたいな前衛ができる人間は特に。すると食べ終わってお茶を飲んでいたファスさんが口元を綻ばせながら言う。


 「ふむ、久しぶりに友人と遊ぶのも良かろう。修行はいつでも問題はないしのう」

 「ありがとうございます、師匠!」

 「わーい! みんなで遊ぶー!」

 <はぐれないように気を付けるのだぞ?>


 何だかんだでファスさんもマキナに甘いんだよな。まあ、それがファスさんのいいところだけど。

 そして喜ぶアイナと、保護者みたいなことを言うサージュに苦笑する。

 すると無言で食べていたバスレー先生が食べ終わり、水を飲みほしてから喋り出す。


 「ふう……食べました……このままハンバーグが食べられなかったら、どうなっていたことか……」

 「大げさだよいくらなんでも。そういえば今はハンバーグが好きみたいだけど、エビが一番好きじゃなかったっけ? どうなったの?」

 「エビも好きですよ? しかし、なかなか鮮度の良いものが出回らないんですよねえ。だからハンバーグはわたしにうってつけというわけです」


 何がうってつけなのかは分からないが、バスレー先生はご満悦で食事を終えて明日は早いからと自室へと戻っていく。

 

 「くおーん♪」

 「あら食べ終わったのねアッシュ。お皿を持ってくるなんて偉いわ」

 「にゃーん」

 「あはは、ネコちゃんも真似してる! 偉い偉い」

 

 アイナが二匹の頭を撫でているのみてほっこりする俺達。


 さてと、明日からまたのんびりできるかと、俺は伸びをして洗い物に手をつけるのだった――

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