第二百八十二話 目的と目標


 「<アクアスプレッド>! 騎士の皆さん、散ったウルフたちを!」

 「なんて数のスプレッド!? でも、助かるわ、それをもう一回散らす! <アクアスプレッド>」

 「おおおお!」


 俺はまず騎士達の活路を開くため、レビテーションで浮かび上がって頭上からアクアスプレッドを全力でばら撒き威嚇射撃と行い、その隙を騎士達が蹴散らしていく。騎士や護衛の魔法使いの実力なら少し手助けをするだけであとは何とかしてくれる。その間にこっちも手早く片付けないと……!


 「くおーん……」

 「グルゥァァァ!」

 「させない! マキナ!」

 「任せて!」

 「きゃいん!?」


 空中からの攻撃には対処できなかったようで、子ベアに嚙みつこうとしたウルフを蹴り飛ばし、すかさず子ベアをマキナへ放り投げる。瞬間、別のウルフが跳躍して子ベアを咥えようとジャンプ。マキナも飛び上がる。

 

 「間に合って! ハッ!?」

 「ガウゥァ!」

 

 飛び上がったマキナの足下に二匹のウルフが下から襲い掛かっていくのが見えた。しかし、もちろんその攻撃がマキナに届くはずは無く――


 「ふん! 剛掌雷じゃ!」

 「!!」

 「「きゅふん!?」」


 ファスさんとセフィロがそれぞれ一頭ずつ吹き飛ばしていた。マキナも飛びかかって来たウルフを手刀で叩き落しうまく着地をする。


 「それ! <ファイアアロー>!」

 

 子ベアを囲んでいたウルフを蹴散らし、俺はそのまま高く舞い上がる。そのまま眼下のマキナ達に声をかけようとしたら、素早く動いていたヴァイキングウルフたちの動きがビクンと止まり、何かに憑りつかれたように攻撃を仕掛けてきたウルフたちは一斉に距離を取り、一塊に集まっていく。


 「やっぱり操られているのか……? 今なら消し飛ばすことも可能だけど……」

 「あおおおーん!」

 

 俺が手をかざすと、その中の一匹が一歩前へ出て遠吠えを始め、その場で腹を見せた。


 「なんのつもりだ?」

 「ガウワウ……」

 

 チラリと仲間のウルフに目を向ける寝そべったウルフ。


 「お前、もしかして自分の命をやるから他を助けて欲しいってのか?」

 「ガウ!」

 「みたいね……さっきまでの勢いは何だったのかしら?」

 


 マキナが言うと、騎士の一人が兜のバイザーを上げながら口を開く。


 「かなり仲間を殺したからな……全滅を免れようとしているのかもしれませんな。こいつらは存外結束力が高い。もしかしたらこいつはリーダーなのかも」

 「なるほど……」


 魔物は基本的に狩るものだけど、肉や毛皮を欲する時や、襲われたとき。あとは増えすぎて迷惑するから退治するということが多く、冒険者は乱獲しないものだ。


 「降伏するとみなして、こいつらを見逃そうと思うけどいいかな? もし後ろから襲われたら俺が責任を持つ」

 「ええ、この場に居る貴族はラース殿だけ。構いませんとも。なあ?」


 騎士がそういうと、他の人間も頷く。って!?


 「ヒンメルさんも居ない……!?」

 「ほ、本当だ!?」

 「バスレー様が連れ去られたときに動いたんでしょう。あの人、妹にはトコトン甘いですし。とりあえずウルフの猛攻はこれで終わりのはず。追いかけましょう」

 「そうだな。おい、お前達。もう俺達の邪魔をするなよ? 仲間は後で埋めといてやる。行こう!」

 「わふ……」


 俺達はウルフたちをその場において駆け出す。

 チラリとマキナの手の中に居る子ベアを見ると、疲れたか、怯えているのか分からないけどじっと抱かれていた。


 「マキナ、少しそいつを頼む。親と遭遇したら俺に貸してくれ」

 「わかったわ。ほら、大丈夫よ」

 「くおーん……」


 それにしても何でバスレー先生をさらったんだ? 人質にするならもっと早い段階で連れていくべきだと思うけど……



 ◆ ◇ ◆



 「いやあああああああ!? 食べられるぅぅぅ! たーすけてーラースくーん!!」

 

 デッドリーベアに襟首を咥えられたままガクンガクンと揺さぶられて目を回すバスレー。このまま巣に戻れば餌になってしまうのでどうにかあがき、腰のダガーを抜いて襟首を切り裂き地面を転がる。


 「ぐへ……!? いったぁ……でも、これで何とか――」

 「グルルル……」

 「――なりませんよねえ。さて、どうしたものか……」


 すぐに起き上がるも、デッドリーベアはバスレーの方を向いて牙を剥く。個での戦闘能力には長けていないため、冷や汗をかきながら眼だけで周囲を見渡す。


 「参りましたね、今転がったせいでどっちから来たのかも分かりませんか。走って逃げきれる相手でもないですが、一応離脱をしましょうか」


 バスレーが覚悟を決めたその瞬間、


 「いや、その必要はないぜ!」

 「その声は!?」

 

 バスレーを中心に、扇状に展開してデッドリーベアを囲んだクランのメンバーが現れ、バスレーの近くに大剣を持ったバーディが飛び出してきた。


 「俺達が来たからにはもう安心だ」

 「バーディじゃないですか! もしかして助けに来てくれたんですか?」

 「ああ、お前が連れていかれた瞬間に全員でな。おい!」

 「「おう!」」


 バーディが合図をすると、一斉にデッドリーベアに攻撃を仕掛け、何の抵抗もできずその巨体を地面に沈めた。


 「……」

 「へへ、良かったな。って、何難しい顔をしていやがる?」

 

 バーディが訝し気に目を細めると、バスレーがポツリと口を開く。


 「……ふむ、バーディ、あなたの目的は何ですかねえ? わたしだけを孤立させた意図、人質にでもしますか? これでも一国の大臣のひとりです。使い道はあると思いますが……」

 「……そそくさと離れるんじゃねぇよ」

 「チッ」


 手首を掴まれ引き寄せられ、バスレーは顔を背けて舌打ちをする、しかし、そんな様子を見てバーディは声を上げて笑い、バスレーに顔を近づける。


 「くっく、いいねえ。その勘、その物言い。俺の望む女だぜ。……まさかお前が大臣だったとは驚いたがな。まあ、お前を孤立させたのはその通りだ」

 「いったい何のためにですかね? 身代金ならありませんよ? 貧乏ですから」

 「大臣が貧乏なわけねえだろうが!? ……ちげぇよ、お前を本気で惚れちまった。だから、俺と一緒に来ないか?」

 

 バーディは真顔でバスレーの手を取り、そんなことを言うのだった――

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