~幕間 8~ 忍び寄る影と裏事情
月夜輝くグラスコの町。
その中にある一番背の高い建物の窓から顔を出す人物が居た。
「……」
無言で町を見下ろすその姿が月明かりに照らされると、そこには皆が探すルクスが姿を現した。無言で宿、そして領主の館の方を見ると、ポケットから金の鎖がついたメダリオンを取り出して眺める。
「これが無ければバーニッシュは領主の後を継ぐことはできない。……しかし妙だな、あの女は血眼に、そして執拗に僕を追うと思っていたけどその様子が無い。諦めるとは思えないけど、動きが遅い。ラース達が来てれたのは……ありがたいな。バスレー先生が大臣なのは驚いたけど」
ルクスがそう呟きフッと微笑み学院時代に思いを馳せる。その直後、背後に気配を感じてルクスは慌てて振り返った。
「誰だ……!」
「やあ、こんばんは。いい夜だね? おっと、怪しい者じゃないないからその手を下げてもらえないかな?」
「どの口が言うんだか……」
ルクスは左手のメダリオンをポケットに突っ込み、右手で魔法を放つため暗がりにいる人物に向けて舌打ちをして胸中で毒づく。なぜこの場所が分かったのか? どこかで見られていたのか? そして……こいつは……何者だ、と。
「どうして僕に話しかけた? ……僕を誰だが知っているのか?」
「もちろん知っているよ、グラスコ領主の息子ルクス君だ。話しかけたのは……気まぐれ、かな?」
「ふざけたことを……! <アクア――>」
「そのメダリオンで領主の後を継がせるのを阻止して、城からの使者を待ってからの反撃ってとこかな? なかなかいい手だと思うけど、このままだと君の父上は死んでしまうかもしれないよ」
ルクスがくっくと笑う人影にカチンと来て魔法を放とうと魔力を集中させる。だが、次に人影からついて出た言葉を受けてルクスは驚愕の表情を浮かべて中断した。
「……そんなはずはない。確かに義母はバーニッシュのバカを急いで継がせようとしているみたいだけど、父上はまだ健在だ。重い病気の履歴もない。もしここで死んでしまえば……まさか!?」
「気づいたかい。そういうことさ、君とお姉さんが行方不明になっているのはあのふたりにも好都合ってわけだ。君たちが殺した、そういう筋書きを作るのは難しくないんじゃないかな?」
確かに、とルクスは冷や汗をかく。
義母を殺そうとしたという虚言が知られればそれを逆手に使うことは有り得なくない。そうすると追われるのはルクスとナージャになるのだと。
「だけどメダリオンは必要だ。これが無ければ金庫が開かないんだ、複製はできない。無くしたとあれば選挙も資産も関係なく領主の座ははく奪される。ラース達が来た今、その発想に行く前に解決すればいいだろう……」
少し自信なさげに人影へ目を向けてそういうと、パチパチと短い拍手をしながらスッと姿を現す。それはアルバトロスの案内を終えて町から出たはずのレッツェルだった。
「まあまあかな? 君のスキルは【策略】だったっけ。その通り、早く解決するのが望ましいね。そんな君に朗報を伝えよう」
「朗報……?」
レッツエルは頷き、話を続ける。
「代わりと言ってはなんだけど、ひとつ頼まれてほしい。君の義母、彼女が持っている赤い玉。それを見つけたらラース君に渡して欲しいんだ」
「なんだって? あんたはラースを知っているのか? どうして自分でやらない?」
「僕はちょっと姿を現すには都合が悪くてね。何、悪いようにはしないよ。どうだい?」
ルクスは目の前のレッツエルを見定めるように上から下を見る。涼しい顔をして笑みを浮かべるレッツエルにうすら寒いものを感じるが、情報を受け取ることの条件がラースに赤い玉を渡すということなら飲めなくはないかと判断する。危険な目に合いそうなら自分が身代わりになるかと考えながら。
「いいだろう。その提案に乗らせてもらう。それで……?」
ルクスが訝しむように尋ねると、レッツエルは満足げに目を細めると、丸めて紐で縛った紙をルクスに投げ渡す。
「読んでいいよ」
そう言われて、恐る恐る紐解くルクス。内容を読んだ後、目を丸くしてレッツェルを見た。
「こ、これは本当なのか!? だとしたら父上や僕は……!!」
「今となっては確認が難しいと思うけど、そこに書かれていることは本当だよ。なんせ、彼女は僕の仲間だからね」
はははは、と高らかに笑う。それを見たルクスはその場にへたり込み、乾いた口でレッツエルへと問う。
「お、お前の目的はなんだ!? 仲間を売るような真似をする男を信じろというのか!?」
「まあ、別に協力してくれなくても構わないけど、こっちの方が面白くなりそうだったからかな。さて、それじゃ僕は行くけど頑張っておくれよ? 君の父上が殺される前に……」
「あ、ま、待て……!」
ルクスが止める間もなく、レッツエルは闇に溶けるように消え、気配も完全に消えた。ルクスは汗ばんだ手で握っていた紙を広げてもう一度内容を吟味するとゆっくり立ち上がり、紙を握りしめてひとり呟いた。
「……何者か分からないが踊られてやる。早いところラースに接触するか……あいつなら味方になってくれるはずだ……」
ルクスはとりあえず夜を明かすため建物の隅に寝転がり月を眺めていたが、やがて張り詰めた緊張が解けると、そのまま意識を手放した――
◆ ◇ ◆
「さて、ラース君とよく出会うものだね。やはり彼に僕を殺してもらうのが良さそうだ。そのためにもラース君に”賢者の魂”を集めないとね……」
細い目を開いてにやりと笑いながらレッツエルは城壁のへりに座っていた。町を見ながら鼻歌を歌い、
「今度はそっちへ行けるだろうか――」
そう、一言だけ呟き、レッツエルは城壁の上から姿を消した。
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