第二百七十話 出会えた人は
「ここは……?」
降り立った場所は明かりも無く、建っている家もそれほど程度が良くないものが多く目立つ。かと言ってスラムというほど治安が悪くないのはそれなりに国の監視があるからだろうか? それでも、ガストの町では決して見ることはできない“あばら家”がちらほら見受けられる。
「オーフさんと言いましたか? そろそろ話してくれてもいいと思うんですがねえ。罠にかけようと思っているのかもしれませんが、こっちは肩書が偉いだけではありませんからね? ラース君もマキナちゃんも強いですし、雷撃のファスさんだっています」
「あ、あの、五本の指に入る格闘家の……!? こ、これはもしかするともしかするかも……こ、こちらです!」
「あ、おい!」
オーフは興奮気味に駆け出し俺が止める間もなく、庭に馬車を止めた一軒家へと入っていく。明かりは……ついていないか。
「どうする? 私は……い、いいけど」
ああ……マキナは幽霊とかが苦手だから、こういういかにもなのはダメなんだよな。山道とかはいいけど、洞窟は苦手。いわゆる閉塞的で出そうなところだ。すると、ファスさんが前へ出て家を見ながら言う。
「ふむ、ワシが先行しても良いぞ? 悪い気は感じんが油断はせん方がいいしの」
「だったら俺が行くよ、ここで待っていてもらって、安全だったら呼ぶ。それでいいかな?」
「!」
「お前はマキナと一緒に居てくれ、お前ならそのかごは壊せるだろ?」
「!!」
セフィロはこくこくと頷き花を咲かせる。
バスレー先生を見ると、肯定するように頷いたので、俺もそれを返し家へと近づいていく。
「オーフ、どこだ? 家の中か?」
「あ、こっちです。すみません、ここは待ち合わせのうちのひとつなんですが……ここへ」
声のする方へ行くと、入り口からすぐ横に、地面の隠し扉を開け、地下室へと続く階段を出したオーフが居た。
「すまないが、危険が無いとわかるまで男の俺だけで対応させてもらう」
「……そうですよね。すみません、お話はこの先で……」
オーフが先に階段に足をかけて降り始めたので俺もその後を追い、三メートルほど降りたところで左手に部屋があり、そこから明かりが漏れていた。
「さて……思った人物かどうか……」
誰に言うでもなく呟くと、部屋の前でオーフが元気よく口を開く。
「お連れしました!」
「ありがとう、オーフ! 何年振りかしら……学院時代はルクスが世話になったわね」
「……あなたの方だったか」
そこにいたのはルクスの姉、ナージャだった。最後に見たのは五年生の対抗戦なので姿を見るのは二年半ぶりだ。まあ、会話をした記憶はあまりなく、対抗戦の度にルクスが俺に突っかかってくるのを楽しそうに見ていたかな程度だったりする。
「ふふ、賢いラース君はルクスだと思ったかな? ……残念だけど、私も探しているのよ」
「いったい何があったんだ? どうしてこんな隠れるような真似をしないといけない? それになぜ俺達だとわかったんだ?」
聞きたいことが山ほどあると俺が問うと、ナージャは困った顔で俯きがちに顔を伏せる。そこへオーフが駆け寄って肩を支える。
「あ、ごめんねオーフ。大丈夫だから」
「う、うん……じゃあ僕からひとつだけ……。僕はナージャとルクスと昔馴染みでね、小さいころ、それこそルクスがオブリヴィオン学院に行く前は話をしていたりしたもんさ。ここへ連れてきたのは、あの応接室でラース様が名乗ってくれたからなんだ」
どうやら最初は国から派遣されてきたバスレー先生に助けを求めるため、無理やり御者を務めたらしい。 しれっと応接室にまで入り込んだのは帰りにバスレー先生に敵か味方かそれとなく話をしてみようと思ったのだとか。
しかし俺がラース=アーヴィングと名乗ったことで、ルクスの友達だった人物だと気づき、直接ここまで運んだそうだ。
「無茶をするなあ。俺が敵の可能性だってあるんだぞ?」
「いや、ルクスから話を聞く限り、あの領主様や奥様、バーニッシュ様のように権力をかさにするとは思えなかったですから……」
「それでね――」
「ちょっと待ってくれ、外に人を待たせている。暗いけど、人目につかない方がいいだろう? 呼んでくるよ」
「……ありがとう」
俺はささっと階段を登り、待機していたマキナ達に事情を話して再び地下室へと降りていく。気配はないとファスさんが言うので追ってやオーフに監視がついているわけではないらしい。
それでもルクスとナージャのふたりと仲が良かったというのであれば油断はできないけど。
「事情はわかりました。では隠れなければいけない理由を教えてください。それとルクス君が行きそうなところに心当たりは?」
珍しくバスレー先生が真面目な顔で俺の聞きたかったことを再度尋ねてくれた。ナージャは頷くと、ポツリと説明をする。
「……ルクスが帰ってきて一年ほどは特に何も無かったわ。ただ、後を継ぐのは自分だ、だから俺に従えってバーニッシュが事あるごとに言うから私とルクスは屋敷を出て、町中で一緒に暮らしていたの」
「あのおデブ、あまり賢くなさそうじゃったからのう。自分が正義だと信じて疑わぬ、愚かなことじゃ」
「私もそう思います……だからそっちは勝手にやってほしいと思っていたんですけどね。遺産もいらない。その代わりこっちに関わらないでほしいと。義母は喜んでいたので、この選択は間違っていないと思ったんです。しかし――」
ナージャは渋い顔をして一旦口を噤み、少ししてから口を開いた。
「――半年ほど前、まだ屋敷の部屋に荷物があるとルクスが取りに戻った後、オーガのような形相で自宅に帰ってきて『姉さん、この町から逃げろ。必ず! あとは僕がやる……!』そう言って行方をくらましたんです。大金を私に持たせて」
「ちょうど僕も居合わせていたんですけど、ただ事じゃない様子だったんで、着の身着のまま必要なものだけ持って家を出ました。一旦、僕の家に匿った後、僕だけ家に行ってみると家の中が酷く荒らされていて、これはまずいと思い、ナージャを隠すためあちこちの空き家にこういう地下室を作りました」
「それは……逃げた方がいいんじゃないかしら……? 万が一見つかったらどうなるかわからないですよ?」
マキナが心配そうに言う。俺も同意見で、味方がいない中でこの生活はかなりまずい。オーフに監視がついていたり、たまたま誰かに見られて通報されればそれまでだからだ。できれば領外の町に行くのが望ましいし、ルクスもそれを願っているはず。だが、ナージャは首を振って力なく笑う。
「いいの。ルクスが何をしようとしているのかを知りたいから私はここで待つつもり。それで私に何かあっても自業自得だと納得しているから」
「そんな……」
「あ、それとルクスの居場所の心当たりだけど、ごめんなさい。私にもわからないわ。父さんの命令で自警団とギルドのメンバー総出で町中を探したけどいなかったみたい。もしかしたら外にいるのかもしれないわ。ラース君に対抗して相当鍛えていたみたいだから無事だと思うけど」
予期せぬ事態で俺への対抗心が役に立ったか。とりあえずこの二人がルクスの居場所についてこれ以上知ることは無さそうだ。ならもうひとつのことについて心当たりがないか聞いてみるか。
「ありがとう。とりあえずナージャさんが無事で何よりだ。それじゃついでにもうひとつ聞きたいんだけど、俺達はルクスが義母を殺害しようとして極刑になるかもという話を聞いてここまで来たんだ。そのことについて何か知っていることは無いか?」
するとナージャとオーフは困った顔で腕組みをする。
「うーん……正直、あり得そうだよね……」
「そうね……でも、そんな話は聞いたことがないわ。町にも触れ回ってないのにどうしてそんな話が……?」
「町にも……?」
どういうことだ……?
でも考えてみれば妻も殺されそうになったということは口にしていない……謎が増え、俺達は顔を見合わせて立ち尽くすのだった。
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