第二百五十三話 テイマーのこと


 「いってきますねー! 夜! はんばあぐ!」

 「朝から元気だなあ……」

 「いってらっしゃい、バスレー先生」


 朝食を平らげたバスレー先生が席を立って玄関へ向かう。俺はコーヒーを飲みながら呆れ、マキナは食器を片付けながら笑顔で見送る。

 するとまだ食パンを食べているファスさんもバスレー先生の背に声をかける。


 「達者でな」

 「わたし帰ってきますからね!?」

 「ほっほ、冗談じゃ」

 

 バスレー先生が出ていってからすぐに俺達も食事を終え、片づけをしてから庭へ出る。気に入ったのか、マキナはミニトレントを抱きかかえている。


 「では修行の続きと行こうかのう。ラースはどうするんじゃ?」

 「こいつを家に住まわせるためにテイマーの資格が必要らしくて、今から資格取得のために資格取得できるところへ行く予定なんだ」

 「なるほど。確かにトレントをただ庭に置いておくと、バスレーも体裁が悪いか」


 まあ、大臣だからそういうものなのかもしれないとファスさんは頷く。そこでマキナがミニトレントを俺に渡しながら口を開く。


 「そういえば依頼しなくてお金は大丈夫かしら? 家も買ったし、師匠の小屋も庭の改造費もあったから減ったんじゃない?」

 「ちょっと想定外だったけど、ファスさんもお金を出してくれたからまだ大丈夫だよ。むしろファスさんは大丈夫なのか?」

 「無論じゃ。これでも武闘大会に出るなどして賞金を稼いでおった。もちろんギルドでの依頼も受けてしな。老後の蓄えを旅に出て台無しにしたのは爺さんくらいなもんじゃ」

 「蓄えは大事だよな。俺も子供のころからずっと貯金しているよ。でも一気に使う時は使わないと」

 「うむ。というわけで今日中に庭を改造するからよろしく頼むぞ」

 「……動き早いなあ。オッケー、マキナ、留守番よろしく頼むよ。お昼は適当に食べて帰ると思う」

 「うん、行ってらっしゃい! ……何か新婚みたい……えへ」

 「ほっほ、若いのう。ええことじゃでは午前中――」


 顔を赤くしてくねくねするマキナのお尻を叩いてファスさんが修行に入ったので、俺はジョニーとモーラの馬を引いて畜産区域へと移動する。


 「カバンの中は帰ってからでもいいか?」

 「!」


 手ごろなかごの中に入れられたミニトレントは右の枝を高く抱えて頭の花をパッと咲かせた。どうやらそれでいいらしい。


 「なまじ話したせいか、これはこれでもどかしいな。ま、いいか」

 「♪」


 何が楽しいのかミニトレントはかごの中で体を左右に振っていた。やがて畜産区域に到着し、ファスさんが昨日仕事を依頼していたおじさんに馬を貸し出す。


 「ひひん♪」

 「ぶるるー」

 「おうおう、今日も頼むぜ。じゃあ昼過ぎまで借りるからよろしく頼むぜ」

 「ああ。俺はこの奥にあるらしいテイマーの資格を取れるところに行ってくるから、帰りに寄らせ貰う」

 「え、あそこに行くのか?」

 「? 何か問題でも?」

 「ああ、いや……行けば分かる。誰も悪くはないと思うが、時代ってやつかなあ」

 「?」


 おじさんは困った顔で笑い農作業へと戻っていく。俺はミニトレントと顔を見合わせて首を傾げていた。よく分からないけど、どうせ行くわけだし気にしても仕方がないかと思い、俺はこの場を後にし奥へと向かう。

 チェルとミニトレントが脱出した木の枝は撤去され、登れなくなっているのを確認し、さらに先へ。


 「空から見た時、この辺は開けているのを見たけど……」

 「!」


 ミニトレントがバサバサと右の枝を振る先を見ると、木の柵が見え、近づくと牧場のような場所が目に入る。


 「広かったのはここか? 入口は……あそこか。何か動物園みたいなんだけど大丈夫かな」


 入口は二重になっており、鉄柵を二枚抜けるとすぐ右手に小屋があった。俺は扉をノックして声をかけた。


 「すみませーん! テイマーの資格を取れる場所って聞いて来たんですけど、ここで合ってますか!」


 ……少し待ってみたが返事がない。


 「開けてみるか」

 「!」


 どうしたものかと思ったけど、俺は中へ入ることに。扉を開けてそっと中を覗くと、八畳くらいの部屋にカウンターが見え、右にはソファとテーブルがあった。あれウチのリビングにも欲しいな……あ、いや今はその話じゃないか。


 「すみませーん」

 「!」


 俺は扉を開け切ってもう一度声をかけ、ミニトレントもバサバサと枝を振ってアピールをする。


 すると―― 


 「んあ……なんだ……借金取りか? 金なら無いぞ、見ての通り訓練生は居ねぇ、国から支給されている金は魔物の餌代で精一杯だからな! がっはっは!」


 受付の後ろにある扉から無精ひげを生やした三十代後半とみられる男性が出てきてそんなことを言う。確かにこの中はガラガラで外も賑わっている様子はない。

 それでもバスレー先生がここで資格を取れと言ったからにはここでしか取れないのだろう。


 「いや、俺は借金取りじゃない。こいつを家で飼うためにはここで資格が必要だって聞いたんだけど」

 「なんだって! テイマー希望者か!!」

 「一応そうなるのかな?」


 よく考えたら冒険者ではあるけど、俺は別に剣士とか魔法使いみたいな職業は特にない。テイマーと名乗るのも面白いかも? それに今気づいたけど、超器用貧乏で他の職業もマスターしておくのも悪くないのではと思う。

 それはともかく、受付の男性は俺の言葉に色めき立ち話を続ける。


 「そうか! 見ての通り人は全然居ないが施設は綺麗にしてあるから安心してくれ! 練習用の魔物も各種揃えているぞ。訓練費用は小型で月五万ベリルで、中型が六万だな。大型なら七万必要だ。どうだ、訓練をするか?」

 「三段階もあるんだな……。そのつもりだよ。だいたいどれくらいで資格が取れるものか聞いてもいいか? それと大型とかって?」


 聞きなれない言葉に俺は手を上げて質問をすると、男性はそうこなくっちゃとばかりに腕まくりをして紙の資料を俺に見せながら言う。


 「おう! 小型魔物の資格なら一番早い奴で一年ってとこだ。暴れイノシシみたいな中型、デッドリーベアみたいな大型の魔物になるとそれなりに修練は必要になる。だが、動物関連のスキルが無い奴でも二、三年もあればいっぱしのテイマーだ。大型の資格を持っていれば小型と中型の資格は取る必要がない。テイマーとしてやっていくなら大型だな」


 車の免許みたいな制度だなと思いながら資料に目を向けながら話を聞く。

 お金に余裕がないけど資格は欲しいというような人でない限り、大型魔物の資格を取る方が圧倒的にお得だ。


 「よし、なら大型の訓練を受ける。七万ベリルちょうどあるか確認してくれ」

 「お、おお……即決だな……流石の俺もちょっと驚いたぜ。――ああ、間違いなくある。ありがとよ、これで今日は美味しいものが食える……借金も返そう……」

 「そんなに困窮してるんだ?」

 

 俺が問うと、男性はギクッとした感じで体をこわばらせ、バツが悪そうな顔で俺を見る。


 「……まあな。昔はテイマーと言ったら人気職業だったんだが、今はそうでもないんだ。理由は色々あるが、魔物って言っても生きている以上飯を食わせないといけないから金もかかるのがひとつ。だが、一番まずかったのは、一時期魔物を虐待目的で連れ歩くような輩が居てな。だから資格制度にしたんだ。で、訓練に金がかかるようにした。そしたらおいそれと連れ歩くのは難しいだろ? それと数年に一度、テイマー施設で適性を見てもらうことも義務付けた。それが煩わしくなったせいか、訓練する人間はおらず閑古鳥ってわけだ」


 流石に魔物でも虐待は見過ごせないよなあ……こいつやサージュが虐げられていたら俺は怒り心頭になると思う。逆に言えば今残っている、例えば対抗戦に来ていた人などはまともな人ってことになるか。


 「ははは、難しい顔をしてるな。それじゃ、この書類にサインをしてくれたら施設へ案内するぞ」


 さて、テイマーの訓練ってどんな感じなんだろうか。面白そうな感じではあるけど、とりあえずミニトレントのため頑張るとしようか。

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