第二百五十話 まるで夢のよう


 「変じゃないかな?」

 「全然変じゃないわ。むしろカッコいいわよ? あ、もうすぐ十八時になるからそろそろ出ないと」

 

 黒いズボンに、白い長そでのシャツの上からスーツのようなジャケットを羽織った俺。マキナは膝くらいまでのフレアスカートに上は薄い黄色のブラウスに菫色のカーディガンで、髪はポニーテールという服装だ。いつもは動きやすい服ばかりだけど、たまにはこういうのも新鮮だなと思う。


 「明日からまた修行じゃ、楽しんでくるとええ」

 「ヘレナちゃんがどんな感じだったか教えてくださいねー」

 「!」


 ファスさんの言葉を皮切りに、バスレー先生やミニトレントたちに見送られながら自宅を出ると真っすぐ劇場へと向かう。だんだん暗くなっていく空を仰ぎながら俺はマキナと話す。


 「一日なのに数日動いた気がするよ。誰も不幸にならなくて済んだけどさ」

 「朝に劇場、昼にチェルちゃん……で、また劇場だしね。でも、ヘレナの舞台を見られるからまだまだ疲れていられないわね」

 「確かに。さ、それじゃゆっくりさせてもらおうかな」


 劇場に到着すると、すでに人でごった返して……ということはなかったけど、ホールには結構人が集まっていた。写真は無いので、ヘレナやアンシアを描いたであろうイラスト付きポスターが張られている。


 「こっちが演劇で、こっちがアイドルの劇場みたいだ。あ、これよろしく」

 「はいはい、カップルでアイドルの劇場とは珍し……げ、これVIPチケット!? 偽物じゃ……ないな……」

 「私達ヘレ……むぐ!?」

 「ちょっと都合がついて貰ったものなんだ。通っていいかい?」

 「そういや旦那は身なりがいいねえ。楽しんでいってくれよ!」

 「ありがとう」


 チケットの半券を受け取り、マキナを引いて劇場の奥へと移動する。そろそろいいかとマキナを解放すると、口をとがらせて俺に言う。


 「どうしたのよラース。急に口をふさぐからびっくりしたじゃない」


 まあそのことだろうなと思い、マキナに顔を近づけ、声を潜めて話す。

 

 「ごめんごめん。マキナがヘレナと友達だって言おうとしていたから止めたんだよ」

 「なんで?」

 「もしそれが知られたら変な奴が寄ってくる可能性があるだろ? ヘレナに近づきたいやつが足がかりとして俺達に接触してくるかもしれない。もしかしたら家を突き止められて大変な目に合う可能性もあるし、マキナはなし崩しにアイドルにさせられることも考えられる」

 「アイドル……」


 そこで危機感を覚えたのか、マキナはごくりと唾を飲み冷や汗を流す。


 「な、なるほど……」

 「ああ、だから俺達は一般のお客さん。いいね?」

 

 マキナがコクコクと頷き、俺も神妙な顔で軽く頷いてヘレナが居るであろう会場へ移動。重い扉の前にスタッフが立っており俺達が近づくとにっこりと微笑み、向こう側へと案内してくれた。


 そこには――


 「わあ……」

 「これは……」


 ――俺が少しレオールさんに知恵を貸したいわゆる『ステージ』が再現されていた。席も野球のスタンドのように二階席と一階席があり、かなりの客数を導入できるようできており、かなりの数が埋まっていたのだ。だから外はそれほど多くなかったのか。


 ”それではただいまより、アイドルの歌劇を行います。速やかに着席していただきますようお願い申し上げます”


 「この声、ミルフィちゃんかな?」

 「だな。雑用からってこういうことか」


 <メガホン>から聞こえてきた声は朝出会ったミルフィのものであった。アイドルを目指すだけあって、声の通りはかなりいい。この分だとステージに立つのはそう遠くないのかもしれない。

 そしてすぐに明かりがいくつか消え薄暗くなると、ステージに光魔法と思われるスポットライトが当たった。


 「出てきたわ! 最初はアンシア達みたい」

 「久しぶりに見たなあ」


 最後に見たのはそれこそ対抗戦だったなと周りと一緒に拍手をしながらそんなことを思う。


 「「「き・み・のハートを視線で打ち抜く♪」」」

 「「きっとあなたはわたしのト・リ・コなの♪」」


 五人組のユニットでセンターがアンシアで、先輩の貫録を見せてつけてくれた。振付師と楽曲、歌詞の人も頑張っている……が、なんかちょっと違うなと感じるのはきっと俺だけだ。


 「ふう……凄かったわ。もう私じゃ追いつけないわよあんなの」

 「ははは、マキナはやればできると思うけどね」

 「こりごりよ……あ、でも衣装は着てみたいのよね、可愛いし」


 そこはやはり女の子かと苦笑していると、アンシア達が下がり次のアイドルが出てくる。ペア、カルテットなどいろいろ手を変え登場する。しかし衣装があまりないのか、数種類を使いまわしている感じだった。


 「うーん、勿体ない」

 「あはは、だからクライノートさんは必死だったのかも?」


 ”最後はこの方、生ける伝説アイドルのヘレナさんです!”


 「来た来た!」

 「最前列だから助かる」


 今朝言っていた通り、ヘレナはソロでステージに立ち、円形のステージを笑顔でお客さんに手を振りながら一周する。近くに座っている俺達に気づいたヘレナがウインクを投げかけてきた。


 (い、今、俺にウインクを!)

 (馬鹿野郎! 俺に決まってんだろ!)

 (ま、まさか意中の人が居るとか……)


 その瞬間、俺達の近くにいる男性たちが色めき立ち口々に声を上げるが、気の毒だけどそれはいずれも合っていない。そうこうしているうちにヘレナが歌い始める。


 「諦めちゃいけないの~わたしを信じてくれる人のために~♪」


 「うん!」

 「へえ!」


 歌声を聞いた瞬間、俺とマキナは思わず感嘆の声を上げ笑みがこぼれる。昔聞いたものとは断然違う歌声で、透き通っているという表現が一番あっているだろう。ダンスも見事で、滑るような足取りはステップとの緩急がしっかりついており、向こうの世界を知っている俺でもこれは凄いと言わざるを得ない。

 ヘレナも他のアイドルと同じく、二曲を歌うとぺこりとおじぎをして下がり、終了する。


 「……凄かったわね」

 「でも簡単にできることじゃない。この六年間そうとう努力をしてあれだけの力を手に入れたんだと思う。頭が下がるよ」

 「そうね! 私も修行頑張らなくちゃ!」


 帰り道、マキナが夜空に拳を突き上げ宣言をし、俺も胸中で負けられないなと久しぶりに熱い気持ちになった。


 「ただいまー」

 「♪」


 家へ帰ると庭からミニトレントがぱたぱたと走ってきて出迎えてくれ、頭の花をパッと咲かせた後にぺこりと頭を下げる。


 「律儀だなお前。小屋に明かりがついているからファスさんはあっちか」

 「帰りましたよー」

 

 マキナが家の中へ入り、俺もミニトレントを抱えたまま後を追う。バスレー先生は部屋だろうか? リビングには誰もおらず、明かりだけがついていた。


 「お風呂かもしれないわね。見てくるわ」

 「そのまま入っちゃってもいいよ。俺はリビングで待つよ」

 「分かったわ。バスレー先生いますかー?」


 マキナの背を見ながら俺はミニトレントをテーブルに置くと椅子に腰かける。すると今日の疲れからか急に眠気が襲ってくる。


 「今日は大技も使ったし、疲れてるのかな? ああ、リビングにソファがあったらごろ寝ができるな……検討……しよう……」


 俺はテーブルに突っ伏しそんなことを考えながら瞼を閉じると、意識が遠くなっていくのを感じた。


 そして――


 「――ん」

 「んん……」

 「――いちゃん」

 「なんだ……?」


 眠っていたのか……? どこかで聞きなれない声が聞こえてきて、俺はだんだん意識を取り戻していく。


 「あ、やっと起きた! おはようラースにいちゃん!」

 「……誰だ? それにここは?」


 目の前に居た緑の髪をし、茶色い服と半ズボンを来た男の子が元気よく声をかけてきたが、まったく知らない子だ。それになんだか足もとがおぼつかず、ふわふわしているような感じがする。


 「ええー!? 今日何回も助けてくれたのに忘れちゃったの? 僕だよ!」

 「いや全然分からないよ? 名前は」

 「あ、そっか! 人間は名前がいるんだったっけ。でも僕は名前が無いや……うーん……」


 男の子はチェルより年下でアイナより少し上、六歳か七歳くらいの容姿だ。結構しっかり話しているので見かけより賢そうな感じだな。目の前の子がしばらく唸っていたが、何かを思いついたのかポンと手を打って俺に笑いかけて、信じがたいことを言い放った。


 「今日は助けてくれてありがとうラースにいちゃん! 僕はチェルちゃんと一緒に居たミニトレントだよ!」

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