第二百四十七話 チェルと小さな木


 悲鳴が聞こえてきた場所へはそれほど遠くなかった。小さい女の子の声が聞こえてくる距離と考えれば当然だろう。

 

 「見えた……! ラース、あれって!」

 「あれは!?」


 到着した光景を見てマキナが焦りの声を上げ、俺も一瞬呻く。何故ならそこに居たのは暴れイノシシやジジャイアントビーといった魔物ではなく――


 「ゴブリンってやつか……」

 「は、初めて見たわね」


 ガスト領には居なかった人型の魔物であるゴブリンが五体、洞穴を取り囲んでいたのだ。身長は低く、俺の胸くらいだ。

 ちなみに何故ガスト領で見なかったのか? それはひとえにハウゼンさんや学院の先生達の尽力のおかげで、ガストの町周辺にはゴブリンやオークといった『知恵が回る』魔物は駆除していたり追い払っており、ガストの町のギルドにあまり人が居なかったのはこれをするために出張ることが多かったためなのだ


 「あっちいけ! あっちいってよう……」 

 

 それはさておき洞穴から弱々しい声が聞こえてくるのでまだ無事なのようでホッとする。それと同時に何故かゴブリンたちは洞穴の前で立ち往生していることに気づく、


 「何だ?」

 「見て、洞穴の前!」


 マキナの指さした先にはなんと、ゴブリンの腰くらいしかない木が両手と思われる木をぶんぶん振りながらゴブリンたちを威嚇していた。動きは激しく、その気迫にゴブリンは近寄れないらしい。


 「まさかとは思ったけど、あれって多分トレントだ」

 「え、あんなに小さいのに?」

 「理由は分からないけど、養分が少ないからかも。と、こうしちゃいられない、行くぞマキナ!」

 「ええ!」


 ガサっと、わざと足音を立ててゴブリンたちの注意を引く。

 その思惑に引っかかった五体の内三体が俺達の方へ振り向き、新しい獲物が来たと、主にマキナへいやらしい笑いを浮かべて剣や棍棒を握り直しこちらへ向かってきた。

 

 「ガギガギガー!」

 「ゲチャチャ!」

 「<ファイアアロー>!」


 先行してきた二体に、俺はファイアアローを放つ。ファイアーボールだと森に余計な被害を出しそうなので、集中的に狙える魔法で狙う。五本生成された炎の矢がゴブリンの腕や足に直撃すると、動きが鈍る。

 だが、そこは人型の魔物の特徴というべきか、戦意を喪失させるどころか怒りを露わにして向かってきていた。


 「ゴブリンとは初戦闘だけど、さすがにオーガより威圧感は無いな。数は多いけど、こっちを侮る傾向があるのはティグレ先生の教え通りか」

 

 俺は魔法を使うのは止め、サージュブレイドでゴブリンを迎撃することに決める。


 「はっ!」

 「ゲチャ!?」


 棍棒を持ったゴブリンがさらに前に出てきたため、まずはそいつへと斬りかかる。ゴブリンの左肩から袈裟懸けに剣を滑らせると、何の抵抗もなく切り裂き、ずるりと上半身が落ちる。


 「次!」

 「!? ガギガー!!」


 仲間がやられたのを見て攻撃するか逡巡する様子を見せるも、すぐに思い直したのか剣を頭上に高く掲げて振り下ろそうと腕を動かす。ここが人間との差だな、そんな大ぶりの上段が当たるわけがない!


 「ドラゴンファング!」

 「ガ……」


 俺は即座にゴブリンの懐に飛び込むと、すれ違いざまに得意技で切り裂きその横を抜ける。その瞬間ちらりとマキナの方を見ると――


 「<ライトニング>」

 「グガ!?」

 「【カイザーナックル】で終わり!」


 危なげなく、覚えたてのライトニングでゴブリンの動きを封じてカイザーナックルで吹き飛ばしていた。俺の視線に気づくと微笑み、残りのゴブリンが居る洞穴へと向かう。そこではまだ小さいトレントがゴブリン相手に奮闘している姿が目に入る。あいつ、やっぱりチェルを守ってるのか?


 「グゲゲー!」

 「!」


 しかし、流石に体格差があるのでゴブリンは無理やり斧を振るい、ミニトレントが横殴りに吹っ飛ばされた。


 「ああ!? トレちゃん!」

 「!」

 

 チェルが叫ぶと、その声に呼応するように枝を伸ばして踏ん張った。


 「耐えた! あの子凄い根性だわ!」

 

 マキナが叫ぶと同時に、俺はミニトレントに気を取られているゴブリンへと仕掛ける。もう一体も棍棒を手にこちらを向くが、一歩遅い!


 「<ウォータージェイル>! ……それ、マキナ!」

 「オッケー! はあああああ!」

 

 俺がウォータージェイルで空中に放り投げ、その落下地点でマキナが待ち構えて拳を突き上げると、ゴキンと骨が砕ける音がし地面に落ちた。すると、


 「グゴ!? グゴー!!」

 「いやあ!?」

 「させるか!」


 残った一体が、俺達にはかなわないと悟り、洞穴へ引き返してチェルを人質にしようと洞穴に手を伸ばす。俺はウォータージェイルをもう一度放とうとするが、


 「!!」

 「グゴゴ!?」


 なんとミニトレントが自身の枝をばねのように叩きつけてゴブリンへ体当たりしたのだ! バランスを崩したゴブリンに近づき、俺は横なぎにサージュブレイドを振りぬいた。


 「おっと、女の子のに見せる光景じゃないな……<ファイア>!」

 

 遠距離ならまだしも、ほとんど目の前なので俺はゴブリンを全力で蹴り飛ばし、視界から外した後にファイアで燃やし尽くした。


 「うわ……なに気に凄いことをするわねラース……」

 「人型だけど、放っておくとどんどん増えるらしいし、村を襲ったりするから見つけたら倒すのは鉄則だってティグレ先生も言っていただろ? それよりも、マキナ頼むよ」

 

 剣の血を払いながら俺はチェルに視線を向けながらマキナにお願いをする。意図を察したマキナは、すぐに俺の前を通り過ぎて頷いた。


 「うん、任せて。えっと、チェルちゃんよね? あなたを探していたの。こっちのお兄ちゃん、覚えてるかしら?」

 「あ! この前公園で会ったおにいちゃんだ!」

 

 俺は手をちょっとだけ上げてから微笑むと、チェルも安心したように息を吐く。

 最初に声をかけるなら女の子同士の方がいいだろうと思い、マキナに託したのだが、どうやら俺を覚えていたようなので少し話が早くなった。


 「覚えてくれてたか。みんな相当心配していたんだぞ? どうして町の外に出たりしたんだ?」

 「えっと……」

 「!」


 俺が片膝をついてチェルに目線を合わせて尋ねると、先ほどのミニトレントが立ちはだかるように俺とチェルの前に立つ。


 「あ、ダメだよトレちゃん。この人たちはわたしを助けに来てくれたんだって」

 「!」


 チェルがそう言うとトレちゃんと言われたミニトレントがぐっと体を曲げた。どうもおじぎをしているらしい。よくしなる幹だなと思っていると、頭のてっぺんにある花がパッと咲いて、小躍りを始める。


 「トレちゃんもどうもありがとうって!」

 「チェルちゃん、この子と話せるの?」

 「うん! わたしのスキルって【植物の囁き】っていうんだけど、木やお花とお話しすることができるの! えっとね、トレちゃんを公園で拾ったんだけどお母さんが動く木なんて気持ち悪いから元居たところに捨ててきなさいって言うの。だけど公園だと気持ち悪いって言われて燃やされたりするかもって思って、森に来たの」


 なるほど、森なら捕まらないだろうという発想か。


 「だけどこいつ勝手に動けるし、町から出るように言ってあげればよかったんじゃないか?」

 「あ、それもそうかも……」

 「!」


 俯くチェル。次いで、『確かに!』といった感じでミニトレントが枝を頭だと思われる付近に持っていくと、頭の花がはらはらと枯れる。悲しんでいる、ということだろうか……? ずいぶん感情豊かなトレントだ。


 「とりあえずみんなが心配しているからお家へ帰ろう?」

 「う、うん……トレちゃん、元気でね……」

 「!」


 ミニトレントは寂し気に体を曲げると、枝をバサバサとチェルへと振った。


 「ふふ、バイバイって言ってるのかしら? 可愛いわねこの子」

 「うん、トレちゃんわたしを守ってくれたんだよ」

 「でも一応魔物だし、ここでさよならかな……それじゃ行きましょうか」


 マキナがそういった瞬間、俺達の背後で草を踏む音が聞こえ振り返ると――


 「グルルルル……」

 「ゲギャゲギャ!」


 「ゴ、ゴブリン!?」

 「さっきの奴らの仲間か……凄い数だな」


 ――洞穴を中心とし、十メートルほど離れた場所に……二十体以上のゴブリンの群れが俺達を囲んで見ていたのだった。チェルたちが後ろにいるなら、魔法で一網打尽できるか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る