第二百三十六話 修行はどこで
――速い!
マキナと交戦が始まってから俺が抱いた感想だ。正直、ティグレ先生よりも数段は上で、さらに言うとまだ実力を隠していると思う。
先制はマキナだったが、ファスさんに紙一重で避けられており、まるで霞のように手ごたえが無い。
「くっ……当たらない!?」
「ほっほ、力が入り過ぎているかのう? ではそろそろ反撃させてもらうぞ」
「!」
マキナはその言葉に反応して離れようとするが、ファスさんはギリギリの間合いで回避しているため思ったほど距離が取れず、
「ほっ!」
「ぐぅ!? この……!」
「力んでおるのう、当たらんぞ。はあぁ!」
「うあ!? ま、まだまだ……!」
「む、いい気迫じゃ!」
と、ファスさんは言うもののマキナの攻撃は空を切るばかりで、逆にファスさんの攻撃はマキナに確実に刺さっていく。
「は! それ!」
「ほっ! ほっ!」
「うぐ……! たああ!」
「なんの!」
マキナの攻撃も決して遅くはない。右、左、時には蹴りと、至近距離で何度も攻撃が交錯する。徐々にガードが下がってくるが、マキナはまだ諦めておらず、致命傷を避けながら反撃の機会を狙っていた。
「そこだ! たあ!」
「ほう、この隙に割り込むとはやりおる! ほい!」
ファスさんの鋭い攻撃をきっちりガードし、マキナが得意にしている左の裏拳からのコンビネーションが炸裂する。放たれた攻撃の中の一発がファスさんの左腕を掠める。
「当てた! さすがマキナ」
「かすっただけよ、もう一撃……!」
当たった一撃に満足せず、マキナはさらに追撃をかける。しかし、ファスさんは口の端を釣り上げて笑う。
「うむ、間違いなく逸材じゃ。明後日から楽しみじゃわい! これがワシの基本技、”雷牙”じゃ!」
「望むところです! はああああああ!」
ファスさんの拳がバチっと青白く光り、マキナに向かって踏み込む。対するマキナは避けるのかと思いきや突っ込んでいく。俺は慌てて口を開いた。
「マキナ、避けろ!」
「ううん、ここはカウンターで……!」
「つぁ!」
「消え……!?」
ファスさんが気合の入った声を上げた瞬間、ファスさんの姿が揺れ、視界から消えたと思った瞬間、バヂィ! という電気が弾ける鈍い音がした。
「がは……!?」
そしてマキナから焦げる臭いがし、前のめりに倒れた。
「マキナ! <ヒーリング>」
「う……」
「ほっほ、意識があるとはタフじゃわい。相当鍛えておるのう。さ、回復魔法を使ったとはいえ、すぐに体は動かせまい。家のベッドで寝かせて――」
「ふう、やっぱり強かったわ! ファスさん、まいりました!」
「な、なんじゃと……!? むう、回復魔法の性能が高すぎるのか? ラース、お主もかなり規格外じゃのう……”雷牙”を受けてこんなに早く立ち直ることなどあり得んのじゃが」
ファスさんはそう言って口をへの字に曲げて、マキナを抱きかかえる俺の頭をぐりぐりする。
気絶させるくらいは考えていたようで、プライドを傷つけられたとぶつぶつと呟いていた
「まあええ。というわけで、マキナの実力を見せてもらった」
「どうでしたか?」
「うむ。戦いの基礎は問題ないが、こと格闘ということにおいてはまだまだ甘い」
「あう……」
マキナがうなだれるが、ファスさんは微笑みながら話を続ける。
「ほっほ、戦いの基礎は問題ないと言ったろう? ティグレという男は武器があってこそ、その強さを発揮できるゆえ、立ち回りは武器の間合いがあればこそ。あえて拳を使うことも無いだろうからそれは仕方あるまい」
「ティグレ先生のスキルを知っているんだ?」
「もちろんじゃ。戦いの前に相手を知ることは当然じゃろう?」
……しれっといつか戦うことを示唆する発言をする。ティグレ先生が冒険者だったら戦っていたのかもしれないな。ちょっと見てみたかったかも。
◆ ◇ ◆
「はっくしょーい!」
「ティグレ先生、風邪ー?」
「いや、多分ティリアが俺のことを話しているに違いねぇ! はっはっは、そら授業を続けるぞ!」
◆ ◇ ◆
「それじゃ明日から修行ですね!」
「うむ。ここに来てもらうのが一番いいのじゃが、みっちり修行したいのう。ここに寝泊まりしてもらいたいが、若いお主がラースと離れるとモチベーションが下がるじゃろう」
「あ、あはは……か、かもしれません……」
「素直で良い。よく何かを我慢して修行するという者がおるが、ワシはそれだとやる気と実力の伸びが低下すると思っておる。寝食もそうじゃが、色恋沙汰もな。実際ワシはハインドと恋愛をしながらこの強さを手に入れた。我慢する必要など無いとワシ自身が知っておる」
「修行って苦労するから強くなると思っていたけど違うのか……」
「自分の体に鞭打つのと精神に鞭打つのは違うということじゃな」
意外だと思うと同時に、なるほどとも思う。例えば恋人と修行だからと引き離す理由は確かになく、恋愛をして弱くなるなら、そもそもファスさんのお声はかからないだろう。
そういえばティグレ先生も我慢しろみたいなことは言わなかったなあ。
「それじゃどうするんです?」
「俺は通ってもいいけど」
「ここまで来る時間も勿体ない。じゃからワシが町に住もうではないか」
「いいんですか? あ、でも部屋がもう無いわ……」
「バスレー先生を追い出すしかないか……?」
「それは可哀想よ……私と同じ部屋でいいですか?」
マキナが尋ねると、ファスさんは俺に返してくる。
「お主の家に庭はあるのか? もしあるなら庭にテントを張らせてもらえればそれで良い」
「いや、でもそれじゃ俺の気が済まない。馬もいるしな。俺とマキナを同室にしてもいいし」
「ふむ、馬が居るというのであれば庭は広そうじゃな? ならワシに考えがある、家まで案内せい」
「「?」」
不敵に笑うファスさんに、俺とマキナは顔を見合わせて首をかしげるのだった。
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