第百九十二話 オリオラ領主の下へ


 「授業料はきちんとパパが払うし、教えてもらうのは学院が終わった後、私の家で! ご飯も出すわ、どう!?」


 アンリエッタはテーブルをどんと揺らしながら鼻息を荒くして俺達にそんなことを言う。俺の答えは決まっているので早々に伝えることにしよう。


 「悪いけど、それはお断りさせてもらうよ」

 「えー!? なんでよ、冒険者ならお金が欲しいでしょ!? 私に教えてくれるだけでがっぽり大儲けできるのよ? 悪い話じゃないでしょ」

 「確かに俺達は冒険者だけど、本当は王都に行く予定なんだ。ここには寄り道で、長いこと滞在するつもりがない。それに俺はお金に困っていないというのもある」

 「ならどうして冒険者なんか……!」

 

 アンリエッタが驚いた様子でストンと椅子に腰を下ろすと、苦笑しながらマキナが口を開く。


 「ラースはお金もあるし力もあるけど、やりたいことがあって、成人してすぐにずっと住んでいた町を出たの。だからお金とかそういうところじゃないのよ」

 「そういうこと。それに、中途半端に戦い方を教えるのも嫌なんだ」

 「……どうして?」

 「強くなったら、自信がつくと同時に慢心も生まれる。君が何をしたいのか分からないけど、短期間で強くなれることなんてたかが知れているんだ。それでなにかあったら俺は後悔してもしきれないよ。相談できるならお父さんとお母さんに言った方がいいと思う」

 「……」


 俺がそう言うと、アンリエッタは俯いて黙り込んでしまう。これは俺の経験則から言えることだけど、領主奪還の際、ベルナ先生に色々教わった俺はひとり突っ走ってまずいことになった。

 各方面から怒られたし、国王様や王子、リューゼといった人達を危険な目に合わせたりと散々だったしな……。結果としては良かったけど、やはりあれは俺の暴走によるところが大きい。

 なので、学院で地道に鍛える中で俺が教えるならともかく、恐らく一か月も滞在しない中で彼女を望む形に鍛えるのは無理なのだ。


 「な、なら、依頼……依頼なら、どう? あ、でもお金はあるんだっけ……」

 

 アンリエッタは顔を上げると泣きそうな顔で呟く。さっきまでの元気はどこへやらといった感じだ。マキナが俺を肘で突き、眉を潜めて微笑む。話くらいは聞いてやれ、ということだろう。

 まあ、両親のことを想っての行動のようだし、戦い方を教える以外で俺達にできることがあればとは思うので咳ばらいをひとつしてアンリエッタへ言う。


 「こほん。何か困っているようだから戦い方を教える以外のことなら何かできるかもしれない。話を聞いてもいいかな?」

 「……! ほ、本当に! あ、あのね……あ、ヤバッ!? 門限が!? ど、どうしよう!」

 「ふふ、時間がないなら今日は帰ってまたお話を聞かせてくれる? 私達はさっきの宿に泊っているから。明日は闇の日だから休みでしょう?」

 

 マキナが語り掛けると、アンリエッタはパァっと顔を輝かせて大きく頷いた。


 「うん! ありがとう、マキナお姉さま!」

 「あ、多分明日は朝から出かけているから昼過ぎくらいに尋ねて来てもらえるかい?」

 「分かったわ! そ、それじゃもう帰らないといけないからまた明日ね、あ、ジュース代……」

 「いいよ、俺が出しておくから」

 「ごめんなさい!」

 

 慌ただしくカバンを持って喫茶店を出ていくアンリエッタを見送り苦笑する。


 「いい子そうね」

 「ああ、強くなって両親を助けるって言ってたしね。にしても強くならないといけないような問題ってのは気になるな」

 「でもラースなら頼りになるし、きっと問題ないって!」

 「マキナにも手伝ってもらうけどね」

 「もちろん! ……ふう、そ、そういえばやっとふたりきりになったわね。お、お散歩行く?」

 「そうだなあ、そうしたいのはやまやまだけど、バスレー先生もそろそろ帰って来るんじゃないかな、また今度にしようよ」

 「うーん、残念だけど、そうしよっか。じゃあこれを飲んだら宿へ戻りましょ。えへへ、折角隣に座ってるしちょっとずつ飲もうかな……? なんてね!」

 「ま、ちょっとくらいなら遅くなっても――」


 「……チッ」

 

 「うわあ!? バ、バスレー先生!?」

 「え? きゃあ!?」


 俺の叫びにマキナがそちらを向き、俺に抱き着いてくる。驚くのも無理はない。そもそもいつからそこに立っていたのか? 幽鬼のような顔をし、髪の毛を数本咥えて俺達を見降ろしていたのは流石に怖い。


 「い、いつの間に来たんですか……ここ、窓からも死角だから外から見えないはずだし……」

 「ふっふっふ、先生を甘く見てもらっては困りますよ。恋愛の匂いがしましたからもしやと思いましてね」

 「自分でデートだって騒いでいたくせに……。色々おかしいけど、バスレー先生だしそこはいいや。で、ここに居るということはもう情報収集は? それにコンラッド達は?」

 

 俺が尋ねると、バスレー先生がにやりと笑って頷く。


 「ええ。それなりに、ですがね。コンラッドさん達は借りている家があるみたいで皆さんとはギルドの外で別れました。明日は宿に迎えに来てくれるそうですよ」

 「そっか、なら今日のところは宿に戻って休もうか。野営続きだったし、ベッドは嬉しいかな」

 「とりあえずバスレー先生は私と同じ部屋だからよろしくね!」

 「全員一緒でも良かったですけどね?」

 「俺が嫌だよ……」

 「なんでですかー!? こうなったらやけ酒です、いきますよマキナちゃん!」

 「今日は酒厳禁だからな? 明日謁見できなくなったら困るし」

 「うぐぐ……世はなぜこのわたしに試練を与えるのか……!」

 「血の涙を流すことでもないですけどね……」


 俺達はバスレー先生をなだめつつ喫茶店を後にし宿へと戻った。夕食は宿の食堂で、豪華とはいかないけど、薄切り肉に果汁とソースをかけた料理や野菜たっぷりの鶏がらを使ったスープは家庭的な味で美味しかった。

 その後はお風呂に入り、眠くなるまで適当に部屋で話をして就寝。疲れていたせいかすぐに眠気が訪れ、気づいた時には朝だった。


 「おはよう、ラース君」

 「嬢ちゃん達もな!」

 

 コンラッドとボルゾフが笑いながら挨拶をくれ、俺とマキナが返す。


 「おはよう」

 「おはようございます!」


 そこへ後から出て来たバスレー先生が口を開く。


 「揃ってますね? それでは領主邸へ案内をお願いします」

 「ああ、こっちだ。馬車を使うまでも無いし、歩いていこう」

 

 カバーニャが先頭を歩きながらそう言ったので俺達は頷き後に続いて歩き出す。朝からがしゃがしゃと装備の音を立てて領主邸へ向かい、しばらくして大きな屋敷に到着。


 「む、あなた方は……?」

 「おっと、怪しいもんじゃありませんや――」


 そこでふたりいる門番さんの内ひとりが俺達を見て一歩前へ出て声をかけてきたが、ボロゾフ達は前にも来たことがあるためすぐに笑顔になり門番さんが通してくれた。

 

 「すみません、お客様をお連れしました」

 

 玄関の前で門番さんが大きな声で人を呼ぶと、バタバタと足音がだんだん近づいてきて玄関がそっと開く。


 「どちらさまですか? 今日は来客予定が――って、ああ!? ラースさんにマキナお姉さま!?」

 「あ!? アンリエッタ! ど、どうしてここに!?」

 「え、私のお家だからだけど……」

 「ええ!?」

 「なに、知り合い? ラース君、マキナちゃんが居るのにナンパでもしたの?」

 「しないよ!?」


 ――朝から目の覚める出来事だ……まさかアンリエッタが領主の娘だったとは……俺とマキナ、アンリエッタは驚きの表情で固まっていた――

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