第百九十話 女の子と共に


 「あ、あの、話したいことがあるんだけどいいかな?」


 坂の上から突撃してきた女の子を助けた俺は、挨拶をしてその場から離れようとしたところその子に話しかけられた。


 「話したいこと?」

 「うん、ちょっとここじゃ話しにくいんだけど……」

 「うーん、どうしようかな? まだ馬車も置いてないし……」

 「はっきりしなさいよ! 可愛い女の子とお茶できるのよ? 男なら二つ返事で来なさいよ」


 俺が困惑しながら答えると、女の子が急に腰に手を当てて激昂しながらそんなことを言う。それに対し返事をする。


 「いや、俺には彼女がいるしほいほい付いて行くわけにはいかないんだ」

 「彼女? ふふん、わたしより可愛いくはないでしょどうせ。それとも見栄を張ったかしら?」

 「む」


 自分から頼んでいたくせにこの態度は良くない。関わらないのが一番か。俺がそう思っていると、マキナが心配して声をかけてきた。


 「どうしたのラース?」


 ふむ、俺の自慢の彼女を見ても居ないのに可愛くないと言われたのは腹立たしい。なので、俺は女の子にマキナを見せることにする。


 「あ、マキナ。ちょうどいいところに。君、これが俺の彼女だ」

 「いきなりどうしたの!?」

 「へえ、嘘じゃなかったの、ね……」


 俺がマキナを前に出し紹介すると、女の子はマキナを見て目を大きく見開いた。そして――


 「ええええ!? か、可愛い……! てか、美人さん……!? ……くっ……負けた……」

  

 女の子はがくりと地面に手をついてあっさりと敗北を認める。諦めるの早いなあ……まあバスレー先生みたいにしつこくなくていいけど。


 「まあ、そういうわけだから俺達は先を行くよ」

 「え? え?」


 まったく事情が呑み込めていないマキナを連れて再び馬車を引き始めると、女の子は俺達の前に回り込んで手を合わせて頭を下げる。


 「ごめん! ごめんなさい! 謝ります! 少しでいいから話を聞いて欲しいの! お願いっ!」

 「ラース、一体何がどうなってるの?」

 「うーん、何か俺達に話したいことがあるんだってさ。だけど、マキナを馬鹿にされたから断ろうと思ってたんだ」

 「あはは、それは嬉しいけど何か困っているみたいだし、聞くくらいはいいんじゃない? ねえ、あなたお名前は? 私はマキナよ」


 マキナの言葉に女の子は顔を上げると、パァっと顔を輝かせて口を開く。


 「私はアンリエッタ! それじゃあ善は急げよ、宿はこっち! えっとあなたはラース、でいいのね?」


 マキナが俺の名を呼んだ時に覚えたのだろう。恐る恐る聞いて来たので、俺は頷いて言う。


 「ああ、俺はラースだ。早いところ宿まで行こうか」


 先頭にアンリエッタが軽い足取りで歩き、俺達は苦笑しながら後を追う。学生服というのもあるけど見た感じ三年生……十二歳くらいじゃないかなと思う。


 「話ってなんだろうね?」

 「うーん、あまりいい予感はしないけど、とりあえず聞いてみよう」

 「早く早くー!」


 アンリエッタの案内で宿まで到着し、チェックインを済ませた後に馬車を厩舎へ向かうと、おじさんがにこやかに出迎えてくれた。


 「おや、お客さんかな? いらっしゃい、チェックインは済ませたかい?」

 「ええ、これを」


 俺は宿で発行してもらった、厩舎に止めるのに必要な許可証をおじさんに見せると満足気に頷いて道を開けてくれる。奥ヘ進んでいると、後ろで待っていたアンリエッタが声をかけてきた。


 「ねー、早く行こうよー」

 「あれ? お嬢さん、どうしたんだこんなところで? お友達……ってわけじゃないよな……?」

 「さっきそこで会ったんですけど知ってるんですか?」


 アンリエッタを見た後、おじさんは俺達に目を向けて顎に手を当てる。マキナがアンリエッタのことを尋ねると、


 「まあ、お嬢さんはこの辺じゃ有名だしな。おっとここに止めてくれるかい。馬は隣の柵に入れておくから、お嬢さんのところへ行ってやってくれ。待たせるとうるさいからな」

 「ありがとうございます、マキナ行こう」

 「うん!」


 おじさんが微笑みながら見送ってくれ、俺達は早々にアンリエッタのところへ戻ると口を尖らせたアンリエッタが俺とマキナの手を引いて歩き出す。


 「私、門限があるのよ。遅くなっちゃうから急ぎましょ」

 「うわっとと……あまり引っ張らないでくれ」

 「ふふ、小さい頃のクーを思い出すわね」


 マキナが呑気なことを言いながらアンリエッタについて行く。しばらく引っ張られていると、さっきアンリエッタが突撃してきた付近にあった喫茶店へ到着した。


 「三人ね、奥の席を使わせて!」

 「ええ、空いているからどうぞ」


 中へ入るとアンリエッタが勝手知ったると言った感じでウェイトレスさんに手をあげて挨拶をし、窓が無い角の席へとついた。俺とマキナが隣り合い、アンリエッタがテーブルをはさんで正面という形だ。


 「ふう、疲っかれたあー。私、オレンジジュース」

 「俺はコーヒーで」

 「私はリンゴジュースをお願いします」


 注文を済ませて一息つくと、早速笑みを浮かべたアンリエッタがずいっと身を乗り出して口を開いた。


 「ふたりとも冒険者なんでしょ? 歳はいくつ? 何が得意!? さっきなんで空を飛んでたの? 魔法? 私でも強くなれるかなあ!」

 「ちょっとちょっと落ち着いてくれ!? あ、時間がないんだっけ?」

 

 俺が顔を押し返すと、椅子に背を預けてうんうんと頷く。


 「まあ、ちょっと前に旅に出たばかりだけど、今のところは冒険者だな。歳はふたりとも十六歳で成人したばかりさ。俺は剣と魔法で――」

 「私は格闘が得意よ! 後、足には自信があるわね。……魔法は、ちょっとだけしか……」

 「マキナお姉さまは格闘! 意外……」


 お姉さま……? 何か不穏な言葉が聞こえてきたなと思ったけどアンリエッタはなおも続ける。


 「ねえねえ、空を飛ぶ魔法は? 私あんな魔法見たことないんだけど」

 「あれは古代魔法だからな。授業で教えてもらわなかった?」

 「え!? 古代魔法……!? おっさんになるまでなかなか習得できない魔法を十六歳で……?」

 「ま、色々あるんだよ。で、話したいことってそれだけ?」


 俺が尋ねると、驚いた顔をしていたアンリエッタがにやりと笑い、告げる。


 「……ちょっと家が困ったことになっててね。私、強くなってパパとママを守りたいの! だからお願い、戦い方を教えて、ください!」

 「ええ!?」

 「戦い方を……?」


 まさかのお願いに俺とマキナは声を揃えて驚いた。うーん、これは妙なのに摑まっちゃったかな……?

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