第百八十八話 オリオラ領の事情
――コンラッドが【気配察知】で何者かがこちらを見ていると感じ取っていた。どこにいるか分からないが集中してみると確かに気配がある……気がする……
ティグレ先生曰く魔物の気配、人間の気配、それと殺気は別物らしくスキルが無くともそれなりに気づけるのだそうだ。コンラッドは授かったスキルだけあってもっと具体的に分かるみたいだけど、距離によって判断できるみたいだった。
「――というわけで強襲される可能性があるから注意するように。特にバスレー先生」
「わたしだけどうして!?」
鳥のもも肉を齧りながら驚愕の表情で俺に詰め寄ってきたので説明しようとしたが、マキナが引っぺがしながら代わりに言う。
「それはそうですよ。バスレー先生は遠距離だと強いですけど、接近されたら戦う手段が少ないんですから」
「むう、なら今のうちに退治しておきますか?」
「いや、俺に考えがある。とりあえず夕食を取ろう」
「あいつらだったら問い詰めてみるか……」
コンラッドが背伸びをするフリをしながら方角を教えてくれ、少し小声で俺に尋ねてきた。
「暗くなってからレビテーションで奇襲か?」
「ああ、ラースはもっと効率的な方法で行くと思いますよ。ね?」
マキナが微笑みながらコンラッドに返し、俺も笑顔で頷く。分からないといった感じのコンラッドだけど、見てのお楽しみってことで。……さて、もう少し暗くなったら行動しようか。
――そして夜
「……静かになったな? ガキ二人に、女一人、それとコンラッドだけみたいだな。他に仲間は居ない」
「どうする? 先回りしたのはいいが、コンラッドはオリオラ領に戻るみたいだぞ?」
「だが領主様に会うわけではないだろう? 頭を下げるかどっちか女を連れて従わせるか、だな」
「ふーん、そんなことを考えているんだ?」
「まあ、俺達も手段は……って、今の声誰だ!?」
岩陰でこそこそと俺達が野営している場所を見ながら話していた三人の男達。どうやら待ち伏せをしていたらしい。
もうちょっと聞いていても良かったけど、マキナとバスレー先生を誘拐しようというなら話は別だ。
「ど、どこにいやが――ぐあ!?」
「ここだよ! 何でコンラッドが必要なのか分からないけど、そのためにふたりに危害を加えるなら容赦はしない」
「急に現れただと!? こいつ……!」
インビジブルで消えた上で足音をさせないようレビテーションで近づいた俺がひとりを殴って地面に転がすと、すぐに別のふたりが剣を抜こうとする。意識の切り替えはさすが冒険者か。
だけど、すでに俺はふたりに手をかざしており、すぐさま魔法を放つ。
「<ウォータージェイル>」
「うお……!?」
「くそ、絡みついてくる!」
剣を振って逃れようとするが両手から放たれたウォータージェイルはそれを縫ってあっさりとふたりを拘束した。
「さてと、ゆっくり話を聞かせてもらおうか?」
「くっ……」
地面に倒した男の後ろ手を縛りながら俺は言い放つ。合図であるファイヤーボールを空に上げると、すぐにマキナ達もこちらへやってきた。
「やっぱりお前達か……」
「……」
コンラッドが呟くと、男たちは目を逸らして黙り込む。バツが悪いといった感じだけどどうしてこうまでしてコンラッドを連れて行こうとするのか? そこへマキナがしゃがみ込んで彼らに尋ねる。
「ねえ、あなた達はコンラッドさんを領主様に会わせたいのよね? 向こうに着いたら私達その予定なんだけど、それでも無理やり連れて行くのかしら?」
「何!? ほ、本当か!?」
「ああ、こちらの女性が領主様に用があるらしくてな。俺もトレントを放置するのは黙っていられないし、ついでにな」
コンラッドがため息を吐いて答えると、俺に殴られた男がもぞもぞしながら口を開く。
「な、なら、俺達が無理やりお前を連れて行く必要はねぇ! 一緒に領主様に会ってくれ!」
「それじゃあ、何故コンラッドさんが必要だったのか、それを教えてもらえませんかねえ……?」
「そ、それは……」
「言えませんか? わたしはこのふたりほど甘くはありません……喋りたくなるようにしてあげましょう……」
「う、うう……!?」
バスレー先生は怪しげな笑みを浮かべて男達ににじりよる。そして――
「ぎゃーっはっは!? や、やめろ、くすぐるな!?」
「ほれほれ、ここが弱いみたいですねえぇぇぇぇ! このまま過呼吸で気絶するまで追い込みますか!」
「バスレー先生、それくらいにした方がいいんじゃないか? そいつが最後だし」
「ふむ、ラース君の言うのももっともですか。で、話す気になりましたか? あのふたりみたいになりたくはないでしょう?」
すでにふたりはバスレー先生のくすぐり攻撃に敗北し、白目を剥いて泡を吹いていた。正直、言葉にするのもためらうほどバスレー先生は容赦がなかった。ふたりは口を割らなかったのではなく割れなかったというべきか。やりすぎは良くない……
最後に残った男はコクコクと頷き、荒い息を整えながら口を開く。
「コ、コンラッドを呼ぶと言いだしたのは……はあ、領主様だ。それは間違いねぇ」
「理由は……?」
「と、トレントの討伐……それを俺達、冒険者にやって欲しいと言われたんだ……」
「『達』ということはギルドを含めてか? 何故今になって……。他に何か理由があるのか、ボルゾフ?」
ようやく落ち着いてきたボルゾフと呼ばれた男は何とか起き上がり胡坐をかいてからコンラッドに目を向けて言う。
「……お前を呼ぶ理由はな、トレントの討伐じゃないんだ。話は少し変わるがお前の知らない話をしてやろう。数か月前……それこそトレントの被害が明らかになったころだ。お前の言葉も含め、領主様にもその話が伝わり村や町から進言があり、さすがに重い腰の領主様も対応を決めようとした矢先、脅迫状が届いたそうだ」
「なんだって……!?」
「だから俺達が進言したときには動けなかったらしいぜ」
ボルゾフが首を振ってため息を吐く。事情があるなら確かに聞けない話だろう。さらにボルゾフは話を続ける。『トレントの討伐』ではない理由を。
「で、だ。流石に被害も大きくなってきた。トレントは森を枯らす勢いだし、農作物も収穫が減っている。収穫祭どころか、食卓に並ぶのも難しくなるほどにな。そこで領主様は討伐隊を結成することを決めた」
「ん? そしたら脅迫状の相手は捕まったのか?」
俺が尋ねると、ボルゾフは俺を見ながら困った顔で告げる。
「……それはまだ、らしい。だから家に何かないようにとコンラッドを屋敷に呼び、【気配察知】を使って警戒をして欲しい。そういうことだ」
「なら酒場でそう言ってくれれば……」
「ううん、ボルゾフさん達は一応警戒したんじゃないかしら。どこで誰が聞いているか分からないからとりあえず連れ戻しに来たって。だから焦っていたし、口ごもっていた、違う?」
マキナがそう言うと、ボルゾフが項垂れて頷き、続ける。
「あの時はカッとなっちまった、すまねえ。ここなら聞いている奴もいねえだろうから経緯はこんなところだ。俺達と領主様に会ってもらえねぇか」
「俺は構わないけど、コンラッドは?」
「ふう……事情が事情だし、どうせバスレーさんの件で会うことになっている。話を聞こう」
「た、助かる……」
「とりあえず、こっちのふたりに手を出したら俺が許さないからな?」
「大丈夫よラース【カイザーナックル】!」
「お、おう、分かってるよ……」
俺がでかいファイアを出してボルゾフへ釘を刺して俺は三人の拘束を解いていく。
「ハッキリ言えばこんなことにならないのに」
「そういってくれるな嬢ちゃん、俺達も大変だったんだ……」
「しかし、脅迫状とは……トレントを駆逐させないためのも理由が分からないし、不気味だな」
「私達も昔クラスメイトがとんでもない目にあったことがあるし、気になるわね」
マキナが腰に手を当て、口を尖らせながらボルゾフと話していると、ずっと黙っていたバスレー先生に気づく。
「どうしたの、バスレー先生? 事情が分かったから俺達が向かう必要もなくなった気がするけど」
「……うーん、ちょっとわたしが城に呼ばれた理由と関わっているような気がするんですよねえ。だからこのまま一緒に行きましょう。で、とりあえず脅迫状の件も尋ねてみましょうか。わたしにはこれがありますし、ね?」
バスレー先生は俺に王都から届いた封書を俺に見せながらにやりと笑っていた。
討伐隊を組まなかった事情が判明した代わりに、厄介ごとが起きそうな予感だけは確実にしていた。
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