第百五十七話 違う人


 「汚いところで申し訳ねえが、適当に座ってくれ」


 中へ入ると、かまどや金づち、水場といったドキュメント番組などで見たような如何にもな設備が目に入る。高さ三メートルほどの天井に、広さは六畳間八つ分と言ったところだろうか。設備を含め、弟子や他の職人がいるなら数人は手伝えそうな感じがする。


 「随分静かですね。それに道具も綺麗で最近は使って無さそうな感じがします」

 「……よく見てんな。まあ、それはお前さんがたにゃ関係ねえ、まずは用件を聞かせてくれ。ドラゴンの素材を持っているとはよほどだぞ」

 

 アルジャンさんが椅子に腰かけ、片足を太ももに乗せて腕を組む。俺は頷き、自分の素材をカバンから出しながら説明をする。

 ノーラもルシエラも出してきて、目を白黒させながらもしっかり話を聞いてくれるアルジャンさんはいい人なんだろうと思う。すべてを話終えた後、アルジャンさんは口を開く。


 「なるほど、武具が欲しいのか。そりゃ確かに腕のいい職人じゃなきゃ加工ができねえな。だが安心しろ、俺はそれができる男だ。親父ほどじゃないかもしれねえが、任せてくれ。……あいつらも見返してやるチャンスだしな」

 「お父さんは居ないんですか?」

 

 俺が尋ねると、アルジャンさんはがっくりと項垂れて頷く。


 「ああ、俺は少し前まで修行の旅に出ていたんだが、それが終わって帰ってきた。そしたら親父は病気だったらしくもう限界でな……俺の修行の成果を見せたらそのまま満足そうな顔をして逝っちまったよ。クライブって名前知らねぇか? それこそドラゴン素材を加工できる一人者だったんだぜ?」


 ん? クライブ……クライブって……どっかで聞いたような……と、目を瞑って頭を回転させると、


 「あー!? そうだ! レオールさんが言っていた職人さんってクライブさんだよ! 何か違和感があるなと思っていたけど、そういうことか!?」

 「ど、どうしたのよラース!?」

 「い、いや、レオールさんに職人さんの名前を聞いていたんだけど、それがクライブって人だったんだ。宿で聞いた時からもやっとしてたんだけど、謎が解けたよ」


 この話は俺と父さん、母さんしか聞いていないので他のみんなは知りようがない。休みまで間があってすっかり忘れていた。それにしても亡くなっていたとは残念だ。


 「おう、なんだ。親父を尋ねて来たのか。そいつはすまねえ、ぬか喜びさせちまったか……?」

 「あ、いえ、そう言うわけではないですよ。でも、そんな腕があるのに、こんなに寂れているのはどうしてかなって」


 兄さんが不思議だと言って尋ねると、一瞬考えてからアルジャンさんが俺達へ言う。

 

 「話を少し戻すが、道具を使ってねえ理由を聞いてくれ。……親父が亡くなってから仕事の依頼が激減したのが原因でな、腕は負けちゃいねえと思っているがやっぱり親父の作ったモノってのが欲しいって尋ねてくるやつばかりで、亡くなったと知るとそのまま帰っちまう。一度、腕を見せてくれと言われて剣を作ったんだが、鼻で笑われたよ」


 はっはっは、と豪快に笑うが寂しそうな笑顔だ。きっと悔しいんだろうなと思う。するとティグレ先生がスッと立ち上がりアルジャンさんに手を差し出す。


 「……親父さんの剣、残っているか? あんたの剣と比較してみたい」

 「あん? 別に構わねえが……先生だろ? 剣の良し悪しが分かるかい?」

 「聞いたことがあるか分からねぇが俺は【戦鬼】と呼ばれていたことがある。それとスキルは【武器種別無視】ってやつだ。試し斬りすればだいたいわかるぞ」

 

 【戦鬼】と聞いて、アルジャンさんがごくりと息を飲み、無言で立ちあがると自宅から二振りの剣を持ってきた。


 「こいつだ。あんたがあの【戦鬼】だとはな。ベリアースの噂はこの国にも伝わっているぜ」

 「ロクでもねぇ噂だろ、どうせ。……ハッ!」

 「まあな。こっちとは国のある位置が逆だから何かあってもルツィアールが壁になる」

 「違いねぇ。今の戦力がどうなっているかわからねぇが……な!」

 

 ティグレ先生は話をしながら一振りずつ大根を放り投げて試し斬りをする。


 そして、大根の切り口同士ををくっつけてから言う。


 「こっちがあんたのか?」

 「……さすがだな。その通りだ。それで?」


 アルジャンさんは目を細めてティグレ先生に尋ねる。答えはすぐに返ってきた。


 「親父さんの剣より僅かだが斬れ味が鈍い。断面が少し潰れてたな。だが」

 「だが……?」

 「誤差程度だ、俺は申し分ないと思うぜ」


 ティグレ先生がそう言うと、アルジャンさんは額を叩きながら大笑いをして誰にともなく口を開いた。


 「くっそー! やっぱ分かる奴にはわかるか! 親父にゃまだまだってことか! かああ、ちくしょうめ!」

 「悪態をついている割には嬉しそうじゃない」


 ルシエラが肩を竦めて呟くと、アルジャンさんは笑顔で言う。


 「嬢ちゃんの言いたいことも分かるがよ、やっぱり親父は凄かったっていう尊敬と、まだ越えられていなかったっていう悔しさは同居するもんなんだよ」

 「私はルシエラよ。でも、立派な親を持つと苦労しない? それで仕事をなくしたんじゃないの?」

 「ははは、手厳しいな。だけど、親父はみんながその腕を買っていたんだ、子の頃はかっこいいって思ったもんよ。そんな親父を追い越したいってずっと思ってたから苦労とか考えたことは無かったなあ」

 「ふーん……」


 ルシエラは興味なさそうに生返事をするが、その表情は何かを考えているようだった。


 「よし、お墨付きも出たし作業について交渉といこうか! その上で一つ頼みがあるんだが……」

 「頼み、ですか?」


 俺が聞き返すと、神妙な顔でアルジャンさんが頷く。ドラゴン素材を譲ってくれ、とかかな……?

 

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