第百四十六話 いつかの自分へ向けて


 [お集まりくださったご家族、また、子供達を応援してくれた観客の皆様、ありがとうございました。これにてオブリヴィオン学院のクラス対抗戦を終了いたします。ゴミは持ち帰りいただきますようお願いいたします。もし放置しようとした場合、当院の元マスターシーフの教員が止めますのであらかじめご了承ください]


 ロザリア先生が淡々と喋りながら帰っていく人々に“メガホン”による放送で注意を促す。

 元マスターシーフの先生は上級生の担任で、気配を隠すのがとてもうまいらしい。なので、本当に危ない妨害などを企てていてもその先生に阻まれるのだとか。

ベルナ先生やティグレ先生も撤収の為かみえず、俺達はグラウンドを歩きながら家族の元へと向かっていた。


 「今日はこのまま帰れるからラッキーだよな!」

 「一位取ったし、晩御飯好きなものにしてくれねぇかなあ」

 「僕もたまにはいつもと違うのが食べたいかも」


 ジャックとリューゼ、それとウルカがお腹を押さえてそんなことを言う。体力も魔力も使ったからみんなへとへとになっている。


 「オラもお腹空いたー……」

 <今日は屋敷に行くのだろう? 一緒にご飯が食べられるな>

 「そうだねー! サージュも応援ありがとー」

 <我が居れば百竜力だからな>

 「うんー」


 いつも元気なノーラもサージュを抱っこしている腕が大変そうなので俺が預かることにする。


 「ほら、サージュ俺の頭に乗ってくれ」

 <む? ……了解だ>

 「ふふ、ありがとうね


 すぐに意図を察してくれたサージュが俺の頭に乗り、ヘレナやクーデリカが笑う。みんなへとへとなんだけど――

 

 「このジャケット凄くいいわね! 私、宝物にするかも! しかもAクラスのでお揃いなんて!」

 

 マキナはいまだ元気だった。リースの飲み物のせいだろうけど、鼻血でもでそうなくらい元気だったりする。ヘレナが呆れてマキナの肩に手を乗せて言う。

 

 「あんた元気ねえ……アタシと違って戦闘競技とかにも出ていたのに。でも、ジャケットは嬉しいわねえ汚れないから寒くなってきた時に着ようかしらあ?」

 「何か凄く体が軽いのよ。まだ戦えるって感じね!」

 「あはは……今日は休もうよ、マキナちゃん。あ、お姉ちゃんとデダイト君だ」


 腕をぶんぶん回すマキナを落ち着かせていたルシエールが、生徒たちがごった返す中こっちに向かってくる兄さんとルシエラに気づき手を振る。


 「やあ、みんなお疲れ様。やっぱり一位だったね」

 「兄さんもお疲れ様。そっちも余裕だったんじゃないの?」

 「デダイト君、強かったのー!」


 俺が兄さんとタッチし、ノーラも手を伸ばしてくる。それを遮るようにルシエラが立ち、口を開く。


 「もちろんよ! なんせ私とデダイト君がいるんだからね。」

 「むー、ルシエラちゃん邪魔なのー! お姫様抱っこされなかったのにー」

 「うぐ……!? なによ!」

 「むー!」

 

 じゃれ合いを始めた二人を連れながら俺達は父さん達が待つ場所へ行く。そこからバラバラに帰ろうと思ったんだけど――


 「ええ、ええ、明日はお休みでしょう? 今日はウチでパーティをしましょう。大丈夫、お代はいただきませんから!」

 「いいのかしら? でも、折角だしご一緒したいですね」

 「ウチは参加させていただきますわ」


 ――なんとAクラスの家族全員が集まって母さんと何やら話していた。近づいていくと、父さんと、お父さん連中が笑いながら話しているのが聞こえてくる。


 「記念ですから、どうですかね?」

 「ウチは行くよローエン……ああ、飲み物を持っていかないとね……レオールさんもどうですか?」

 「いいんですか?」

 「もちろんですよ。取引相手ですしね。お父さん方も是非」


 すると、お酒を目にしたウルカのお父さんがごくりを喉を鳴らし声を上げる。


 「いい酒じゃねぇか……俺ぁ行くぜ母ちゃん! ……おう、ウルカか! 今日は領主様の家で晩御飯だ!」

 「え!?」


 ウルカが驚き、俺はなるほどと納得する。母さんの性格からクラス全員の一位を祝いたいってところだろう。

 

 「わーい! 今日はみんなでごはんだー!」

 「本当にお父さん? わー!」

 

 そんな中で後から遅れてやってくる人がいた。その姿を見てリューゼが声を上げる。


 「母ちゃん!」

 「ふう、間に合ったね。マリアンヌ様、リューゼとあたしもご一緒させてもらっていいでしょうか?」

 「あ、ネリネ! もちろんよ! ……話したいこと、いっぱいあるしね」

 「はい、ニーナも久しぶりね。ブラオが迷惑をかけたわね、助けてあげられなくてごめんなさい」

 

 リューゼのお母さん、ネリネさんは首を傾けて微笑む。リューゼは怖いと言っていたけど、優しそうな人だ。ブラオが使用人だったのだ、ネリネさんも母さんの友達だったのかもしれない。


 「ネリネさん……! お久しぶりです……いえ、ネリネさんが気にすることではないです」

 「ふふ、ごめんなさいね本当に……。いい人、できたのね?」

 「はい!」


 ニーナとも顔見知りみたいなので、メイドだったのかもしれない。あの事件の後はウチに顔を出すこともなかったので、もしかしたら母さんもニーナも声をかけそこなっていたのかもしれない。


 「よし、それじゃ屋敷に戻ろうか! 一度帰って着替えますか?」

 

 午後からお酒は飲ませてもらえなかったようで、父さんとソリオさんも幾分マシになり、背伸びをしながらそんなことを言う。だけど、子供達がこのまま行くと声を揃えたのでこのまま行くことにした。

 

 「ごちそうだぜー!」

 「へへ、ラースんちのコックは俺がいたころからいるおっちゃんだから美味いんだよな。ビーフシチュー食いたい!」

 「こら、ねだるんじゃないの!」

 「いてっ!?」

 「ははは、まあまあ、今日くらいはいいじゃないですか」


 早速ネリネさんに小突かれているのを父さんが宥め、俺達子供達が苦笑しながら歩いていく。すると、門の前まで着いたところでルクスの姿が見えた。


 「あれ、ルクス君じゃない?」

 「みたいだね、領主の次男って言ってたけど、女の人ひとりだけ……?」


 あの黒縁眼鏡は間違いなくルクスだ。だけど、メイドさんみたいな女性が落ち込むルクスの頭をくしゃりと撫でて笑っていた。その光景を見て、父さんが呟く。


 「……グラスコ領の子だね。次男とは言っているけど、彼は妾の子なんだ。だから家、特に義母との折り合いも悪いみたいだ。兄もあの子を弟だとは思っていない、なんて話を聞いたことがある」

 「ベルナ先生みたいな感じなのね……」


 マキナが寂し気な顔でそう言うと、母さんが答えてくれる。


 「そうね。でもお姉さんが理解ある人だったからベルナは良かったけど。本当のお母さんは居ないの?」

 「そこまでは俺も知らないんだ。あまり踏み入って聞くのもな」


 父さんは頭を掻きながら母さんの言葉に肩を竦めて返していた。


 「だから、どんな手を使っても勝ちたかったのかな……? 認められるために」

 「ラース?」


 兄さんが不思議そうな顔で俺を呼ぶが、自然と俺の足はルクスの方へ向けられていた。近づいていくと、ルクスは目に涙を浮かべているのがわかり、隣に居た女性……ミズキさんと同じくらいかな? 彼女が話しかけているのが聞こえてくる。


 「ほら、泣くな! あんたは頑張ったよ。あたしがちゃんと伝えておいてやるから。学院長も賢いって言ってくれたじゃない」

 「で、でも、一番じゃないとあの人は納得しないじゃないか……」

 「まあねえ……ん? 君は?」

 「初めまして、お姉さん。俺はラースって言います」


 俺の気配に気づいたお姉さんが中腰を止めて立ち、俺を見る。挨拶をするとお姉さんはニカっと歯を見せて笑う。


 「ああ、Aクラスの強い子ね! あたしはナージャ。この子の姉だよ」

 

 どうやらルクスの姉らしい。俺と握手をしていると、ルクスが涙をぬぐって俺に寄ってきた。憮然とした、対抗戦の時のような表情に戻っていた。


 「……何しに来たんだい? 敗者を笑いにでも来たのかな」

 「そういうのは良くないわよルクス」

 「姉さんは黙っていてよ。ふん、君はいいよねえ、両親は優しいし、兄貴もおっとりしている。それに女の子にちやほやされてさ。僕みたいなのに構ってないで、さっさとどっかに行けよ。いや、僕が行こう。姉さん、行こう」


 しっしと手を払う仕草をしたあと、どこかへ歩き始める。俺は強がるルクスの背中に声をかける。


 「妾の子だって聞いた。だけどそれがなんだって言うんだ?」

 「急になにを言い出すんだ? ……まあ、知っているなら話は早いけど、姉さんも別の母親の子でね、僕達はあの屋敷にはいるけど、別居みたいなもんさ。だから見返してやるために一番を取る必要があった。わかったらさっさと消えてくれ」

 「そうだったんですね」


 俺がナージャさんに目を向けると、困った顔で笑い肩を竦める。この場はとりあえず何も言うつもりはないらしい。


 「行こう姉さん。こいつの顔をみるのは不愉快だ」

 「そんなことでいいのか? 次は勝つくらい言ってみなよ」


 俺が言い放つと、ルクスはゆっくり振り向き俺を見る。何が言いたいのかと目が訴えているので、続ける。


 「お前の事情は分かった。認めて欲しいんだろ、親父さんに。なら、こんなところで腐っている場合じゃないだろ? その程度で見返せるとでも思ってるのかい」

「……! この――」


 ルクスが顔を真っ赤にして顔を殴りつけてきた。俺はそれを避けずあえて受け止める。ぎょっとしたルクスの目を見て話を続ける。


 「……どんなに頑張っても、褒めてもらえないかもしれない。認めてもらえないかもしれない。俺もそうだったさ」

 「……え?」

 「だけど、諦めるな。生きてさえいれば必ずいいことがある、それに努力は自分を裏切らない」

 「な、何を言って、いるんだ君は……?」

 「……そうだよ、そんな親はこっちから願い下げだって言ってやってもいいんだ。そのための力をつけようルクス」

 「……」


 ルクスは冷や汗をかきながら俺の言葉を黙って聞く。かつての俺に言い聞かせるようなその言葉を告げ、最後に言う。


 「俺はいつでも相手になるし、強くなりたいなら協力もする。いつでも言ってくれ」

 「……なんでそんなことを言うんだい?」

 「さあ、ね。お前が努力をしていないってんなら言わなかったかもしれない。だけど、努力の方向は間違えちゃだめだからな」

 「僕にお説教とは……いや、そうだね……同じ境遇だから分かる、のか……?」


 まあ、今世の現在は幸せだから困惑するのも無理はないか。幸せそうに見える俺からの言葉を素直に受け取るとは思えないと苦々しく思っていると――


 「あはははは! ルクスにこんなことを言う子は初めて見たね。いい友達じゃないかルクス。この子の言う通りだよ。どうやっても認めてもらえないなら、いつかあの家を出てもいいじゃないか、今はそのために勉強をさ?」

 「姉さん……うん。それもいいのかもしれないね。……だけど、ラース君、次は負けないからな? 良く考えたら僕が負けっぱなしなんて許されるもんじゃない!」

 「ああ、楽しみにしているよ」

 「くっ……勝者の余裕か……!?」


 いつもの調子に戻ったルクスを見て頬が緩む俺。そういえばと提案してみることにした。


 「今からクラスみんなでご飯なんだけど来るかい?」

 「行くわけないだろ! 君のモテっぷりを見たくなどない! 姉さん行こう、こいつを倒すために今日はいっぱいご飯を食べる!」


 憤慨しながら門の外へ歩いていくルクス。ナージャさんは苦笑しながらその後ろ姿に声をかけた。


 「お金は貰ってるからたんと食べるといいよ! ……じゃあねラース君、落ち込んでいたけどおかげで復帰したみたい。……ルクスをよろしく頼むね」

 「クラスメイトに言って欲しいですけど、あいつが頼ってきたら助けますよ」

 「ふふ、それでいいよ。ありがとう」


 ナージャは笑ってルクスの後を追いかけていった。恐らく外で何か食べるのだろう。学食は開いていないしね。


 「……そんな親は願い下げだ、か。俺は……俺も間違っていたんだろうな……親父、母さん、アキラ。あんたたちはどうして実の息子である俺をそこまで追い落としたかったんだ……? いや、今更だな」


 ルクスに言葉を投げかけつつ、俺は境遇が重なっていたかつての自分にもさよならを告げるのだった。

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