第百三十九話 マキナ、怒りの鉄拳


 「絶対泣かしてやる……!」

 「君にできるかな? くっくっく!」


 一触即発。

 マキナが珍しくギスギスした表情でリースを睨みつけて指を鳴らす。武器は持たず、グローブのみ。聖騎士部なのに……

 それにしても、俺を取られたくないという想いからくるこの気合い。嬉しい反面、申し訳ない気持ちが沸き上がる。


 「マキナちゃん、ギタギタにしちゃえー!」


 それは隣にいるクーデリカや、テントにいるルシエールにも言えることだ。好意は分かる。だけど、異性を好きになる感覚はまだ、分からない。父さんや兄さん……後はハウゼンさんでも今度聞いてみようかと思う。


 「このままにしておくのはちょっとなあ……」

 「どうしたのラース君?」

 「え? あ、ああ、何でもないよウルカ。マキナを応援しよう」

 「そうだね! あ、ほら始まるよ!」


 ウルカがフィールドに顔を向けると、ティグレ先生がものすごい笑顔で手を振り下ろす。


 「いい気迫だな二人とも。始めぇ!」


 直後、マキナが地面をぎゅっと踏み込み前傾姿勢でリースへ踏み込んでいく。びっくりするくらいスムーズに、練習の時以上の鋭さで一歩を踏み出す。


 「はああああああ!」

 「ハッ! これは速いね……!」


 一撃で決まると恐らく誰もが思っていたであろう。だが、リースは小柄な体を活かし、避ける、下がるのではなく『前へ』出た。

 そうなると本来考えていたポイントがずれてしまうため、マキナはブレーキをかけながら無理やりポイントを合わせて拳を振りぬく。リースは笑いながら拳に突っ込み、ヘッドスリッピングしながら、手に持っていた試験管のようなものをマキナへ投げつける。


 「くっ……!」


 パリンと砕け散る音とともにマキナの体操服に緑色の液体が付着する。まさかまたダークカメムシの体液か!? 女の子にあれはキツイと思った瞬間、リースが宙を舞っていた。


 「うおお……!? かすっただけでこの威力……!? おぶふ!?」

 「なんだか分からないけどとどめを刺す!」


 マキナはもう一撃繰り出そうと拳を突き出す。リースは背中から落ち、変なうめき声をあげる。そのまま攻撃を繰り出そうとするマキナに、にやりと笑い懐からまた試験管を取り出し中身をかけようとする。


 [さあ、マキナちゃんの怒りの鉄拳がリースちゃんへ炸裂! 回避したはずなのに宙を舞うのはちびっ子だからかぁ!]

 [軽いのもあると思いますけど、マキナちゃんのカイザーナックルはかなり鍛えられていますからねぇ。まともに当たったらクーちゃんの【金剛力】で吹き飛んだベルクライス君よりも酷いことになると思いますよぅ]

 [それは恐ろしい! お腹に当たれば食べたランチがフィールドにぶちまけられるということですね! 頑張れちびっ子、女の子の尊厳を守るためにぃ!]


 「ちびっ子ちびっ子うるさいなあの先生!? だが、これで完成だ……!」


 中身をかけようとしたリースだったが、マキナは冷静に拳を手刀に変えて振り下ろした。


 「くると思ったわ! 見切った……!」

 「なに!?」


 罠にかけたつもりだったのだろうリースは驚きの表情を浮かべて叫んだ。試験管はマキナに叩き落され、リース自身にかかってしまう。


 「くそ……!」


 リースは慌てて後転し別の試験管を取り出す。焦りようから結構やばい薬のようだが、マキナがそれを許すはずはない。

 

 「今度こそ! 一撃で場外へ送ってあげるわ! 【カイザーナックル】!」

 「なんと……!」

 

 取り出した試験管は蓋を開けることすらかなわず、反復横跳びのようなステップで拳を回避する。


 「あの子避けるね!」

 「ああ、頭を使うタイプだと思うけど、身体能力は高いぞ」

 「でもマキナちゃんも最短距離で追い詰めてるよ!」


 クーデリカの言う通り、聖騎士部とギルド部で鍛えた足さばきで逃げるリースを徐々に端へと追い込んでいく。上手く逃げる方向を調整しているのだ。


 [上手いですねぇマキナちゃん。ティグレ先生の動きに追いつくため頑張っていた成果でしょう]

 [えっと……他の子も言ってましたけど、あの人相手にマジで戦闘の練習してるんですかね……?]

 [はい! ラース君は左腕に大怪我をしていましたねぇ]

 [なんと恐ろしいクラス……! Eクラス! 来年のため、わたしが猛特訓してやんよ! と、ここで両者の動きが止まる! リースちゃん、追い詰められたかぁ!]


 「はあ……はあ……」

 「体力はないみたいね。自分から場外へ行くか、私にお腹を殴られてぶちまけるか……選んでいいわよ」

 「くっく、やるね……しかしボクもラース君を諦める訳にはいかないんでね、最後まで抵抗させてもらうよ」

 「あんた、ラース君と話したことないでしょう? なのにどうして?」

 「……話したことは無いね。だけど、知ることはできるんだよ? さて、勝負はまだついていない。君に簡単に勝てるとは思っていないが……さあ、悪あがきの時間だ!」

 「!? 特攻!?」

 

 だいたい二人分の距離に立っていたマキナへリースがダガーを突き刺しながら向かっていく。あまりにも無防備に突っ込んできたのでマキナは一瞬驚く。

 だが、すぐに冷静になりマキナは剣を左手で弾いて、リースのお腹に拳が突き刺さった。


 「おげ……!?」


 [決まった……! 舌を出しての苦悶の表情! あの液体の中身が何だったのか気になりますが、これは決まったぁぁ!」

 [容赦ありませんねぇ]


 「まだ、だよ……! ボクについた液体をくっつければ……!」

 「え!?」


 なんと、リースは殴られた瞬間、マキナの腕を掴み吹き飛ぶのを止めた。マキナが力任せに腕を抜くと、その瞬間マキナに抱き着いた。


 「なによ!」

 「くっくっく……最初にかけた緑の液体と、ボクにかかった紫の液体……これを合わせると……!」


 ボウン!


 「なんだ!?」

 

 爆発音と共にピンク色の煙が上がった。そして、煙が晴れると、二人は地面に倒れていた。


 「くっ……体が痺れ……!?」

 「く、くっくっく……煙をボクより吸い込んだね? ヘブンリースパイダーから抽出した体液に、ヨモギ草の汁を混ぜるとこういう麻痺させる煙を出すんだ……! さ、さあ、ボクが勝たせてもらうよ」

 「くっ……動かせないの!?」

 

 リースは中腰で立ち上がり、マキナの足を掴んで引きずり出す。場外まで引っ張るつもりだろう。なすがままのマキナ……あ、あ、それは不味いって!?


 [これはいけません! マキナちゃんのズボンが引きずられて下がりそうになっています!]

 [動けないのでこれはまずいですねぇ]

 

 「マキナ、ギブアップか?」

 「い、やです……!」


 ティグレ先生が気を使って言ってくれたが、マキナは歯を食いしばってノーと答える。リースも完全ではないので歩みは遅い。


 「くっく……ラース君に恥ずかしいところを見せるといい! そして彼はボクが……!」

 「動け……動けぇぇぇ!」

 「う、動けるのかい……!? ま、まさか……!」


 あわや下着が見えるというところで、マキナが足をばたつかせてリースが倒れこむ。ぐぐぐ……と、マキナが全力で腕を上げて立ち上がる。


 「よくもやってくれたわね……! 【実験】だか何だか知らないけど、人の好きな人を取ろうだなんて趣味が悪いのよ……!」

 「うわああああ!?」


 リースはダガーを咄嗟に構えてガードするがマキナは構わずに拳を突き出した。そして再び腹部に【カイザーナックル】を受け、リースは場外へごろごろと転がり動かなくなった。


 「そこまでだ! 勝者、Aクラスのマキナ!」

 「ふう……あああ……し、痺れる……」

 

 [決まったぁぁぁ! 真っすぐな戦いで危うい場面もありましたが、Dクラスを下しましたぁぁぁ!]

 [根性勝ちでしたねぇ。恋する女の子は強いというところでしょうかぁ?]

 [それはわたしに対する当てつけですかね、新カップル! ともあれ、両者頑張りましたぁぁ!]


 盛り上がる実況の中、俺達はマキナの下へ向かう。リースもDクラスの子達に助け出されているようだった。


 「大丈夫かい、マキナ?」

 「あ、ラ、ラース君! か、勝ったよ!」

 「もちろん勝つことは信じていたさ、ほら戻ろう?」

 「あ、あうう……」


 俺はクーデリカと同じように、お姫様抱っこで場外へ連れて帰る。観客席が沸いているけど、無視だ無視……こんなに頑張ったんだから、これくらいはしてあげるさ。

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