第百三十五話 リューゼとルクス


 [さあ、対抗戦、最後の競技”無差別戦闘競技”となってしまいました。まずは順当に一年生からスタートです]


 ワァァァァ……


 俺達がフィールドへ立つと一際高い歓声があがる。なんだかんだと戦闘競技は人気が高い。

 子供同士の戦いを喜ぶ親は居ないけど、ウルカのお父さんみたいに『強くあれ』あって人は、成長を見る機会みたいな感じで観戦するようだ。近接と魔法も含めて戦闘競技自体、現代日本ならクレームものの競技だ。全員がティグレ先生を中心にして集まると、咳ばらいを一つし口を開く。


 「さて、前にやった二つと違い全クラス総当たり戦。対戦方式は一対一で、勝ち抜きは無し。目の前の対戦相手と戦い、先に三人が勝った方が勝ち、いいな?」

 

 全員が頷き、対抗戦が始まる。五クラス全員と戦うので消耗をしすぎないよう温存したり、前三人を変えるなど工夫が必要だろう。クイズ番組でよくある特別ルールみたいな話にならなかったのは良かったと思う。


 [さて、最後の競技ですねぇ]

 [はい。一年生はBクラス以外、一位を取るのが不可能であるポイントなので躍起になって戦う必要はありませんがどうするのか気になりますね]

 [こういう場合、例年だとどうしているんでしょうかぁ? ポイントの加算があるとかは無いのでしょうか?]

 [ありませんね。基本的に戦うか、諦めるかの二択です。昔、総当たりで勝ち抜きで一人倒すと一ポイント、または五人全員と戦って倒すごとに一ポイント入るというような試みもやっていたのですが、シンプルにここまでのポイントを争う方が緊張感もあるということで採用されなくなったんですね]

 [なるほどぉ、逆転が出来るとやる気も違うと思うんですけどねぇ]


 「逆転は無しか……」

 

 Cクラスの誰かがぽつりと呟き、リューゼが小声で俺に言う。


 「これで俺達の勝ちだな。これでポイントが増えるとかだったら面倒だったもんな」

 「そうだね、ここまでの結果だし」

 「でも戦う必要あるのかなー?」


 ノーラが唇に指を当てて首を傾げて俺に聞いて来た。色々考える要素はあるのでこれという解答はない。なので適当に濁しておく。


 「全力で戦うことに意味がある、ってところかな? ほら、最下位はやっぱり嫌だろうし」

 「あ、そうだねー」


 ……とはいえ、ここまできて逆転の芽が何も無いのは正直相当厳しいと思う。

 冒険者を目指す子にとっては『一度の失敗が許されない』という教訓になるかもしれないけど、それ以外、例えばジャックみたいに魚屋を継ぐ子にはいい思い出にはならないような……

 向こうの世界の運動会も『とりあえず最後までやる』って感じだったからどこも似たようなものなんだろうか?


 「それじゃ総当たりのオーダーはこの中にある玉にクラス名が書かれている。これを俺が取り出して試合を行う。ふたつのフィールドを使うから二試合ずつやれるってこった」

 

 総当たりなら全部で十戦。二試合ずつならかなり進行も早いね。休憩できるクラスも出てくるから、運が良ければ連戦にならない可能性もある。


 「早速始めるぞ! ……最初は……AクラスとCクラスだな」

 「お、いきなりCクラスか」

 「どう出る? やっぱ最初はラースか?」

 「聞こえるよ、それは後からにしよ?」


 クーデリカがそう言い、一旦全員フィールドから出た後オーダーを決める。ああいったものの俺が出ようかなと思っていたんだけど、リューゼが手を上げて言う。その目はすでにフィールドに立つルクス……だっけか? あいつを見ていた。


 「最初は俺でいいか? どうもあいつは気になる」

 「私はいいけど、ラース君は?」

 「俺も大丈夫だよ、ウルカとクーデリカは?」

 

 俺が聞くとふたりは頷き、リューゼがニカっと笑い、フィールドに向かう。


 「っしゃ、俺から行くぜ!」

 「……なんだ、ラース君じゃないのか。ちやほやされてトップに出てくると思ったんだけどアテが外れたよ」


 ルクスが俺のついむっとする評価を不満げに漏らすと、リューゼが眉を潜めて木剣を握りながら口を開く。


 「ラースと戦いたかったのか? 別に誰だっていいだろうが」

 「ふふん、ま、君には分からないよ。領主の座から降りたリューゼ君にはね?」

 「それが戦いに関係があるとは思えねぇけどな」

 「ふうん、子供のころに会った時とは全然違うね?」

 「ん? お前――」


 ルクスはリューゼを知っているような口ぶりで、挑発とも取れる言い方をする。リューゼが訝しんで何かを聞きかけたがが、ちょうどティグレ先生の合図で戦いが始まった。

 ルクスの武器はオーソドックスな剣と盾。リューゼは戦闘競技と違い、木大剣に持ち替えて両手で構えた。


 「<アクアバレット>!」

 「いきなり魔法かよ! でも基本魔法なら避けられるぜ!」

 

 リューゼは素早く右に移動し、先ほどまで立っていた場所にアクアバレットが炸裂する。その間、砂埃を上げながらルクスへと大剣を振る。


 「食らえ!」

 「そう簡単にはいかな――ぐへ!?」

 

 ルクスは左手の盾を構え、受けようとしたが派手に吹き飛ばされた。右手の剣を振ろうとしたところを見ると受けてから反撃をするつもりだったらしい。だが、リューゼの一撃はその目論見を簡単に吹き飛ばした。ティグレ先生と打ち合う俺達だからその辺の生徒と同じ感覚でガードしたらああなるのは仕方がない。


 「いてて……」

 「おう、威勢が良かった割には一撃で終わりか?」

 「馬鹿力め……! はあ!」

 「お、まだ来るか? それ!」


 起き上がって剣をリューゼに振るい、リューゼはそれを大剣で受けた。もちろん両手と片手じゃ力の入り方が違うのですぐに押し負けるルクス。しかし、その直後に左手をリューゼの顔に向けて魔法を放つ。


 「!?」

 「<ファイア>!」

 「ラースみたいなことをしてくるじゃねぇか!」

 「うぐあ……!?」


 頭を動かしファイアを回避したリューゼはそのまま体を捻り、大剣を無理に横薙ぎに振るとルクスは木の葉のように舞い、地面に背中かから落ちる。


 「流石に何でもありなら俺も負けねぇ。そのために一か月ずっと、多分他のクラスよりも戦闘競技の練習をしてきたんだからな。他のじゃ役に立てねぇかもしれなかったしな」

 「ぐぐ……生意気なやつ……」

 「そりゃお前だろ? ……というか思い出したけど、コーリア領のやつだな? 確かお前の兄貴の誕生日だとかで、小さいころに行ったことがあったなあ」

 

 リューゼが領主の息子だったころに会ったことがあるらしい。ルクスは無言でリューゼを睨んでいると、リューゼは話を続ける


 「……」

 「そういや、ラースと同じ次男で領主の息子か。あいつはずいぶん違うな」

 「……何が違うって言うんだい? 父親を牢獄送りにしたあいつと仲良しこよしやってる方が僕には驚きだけどね」

 「お前、なんでそれを!? ぶっ……!」

 

 あの話は一般的には伝わっていないはずなのに、と俺も驚きを隠せない。油断したところに剣を打ち付けられよろけるリューゼに追撃をかける。


 「眠りなよ……! <ウインド>」

 「そんなもの!」


 ルクスはリューゼに向かってウインドを放つ。リューゼは気にせず、突っ込んでいくが、ウインドの中に白い粒子が混じっているのが気になる。


 「リューゼ、息を止めろ!」

 「ラース……! んっ!」

 「くそっ……! ラース=アーヴィングゥ!」


 俺の叫びにリューゼは咄嗟に息を止め、そのまま大剣を振り下ろす。


 「うらぁ!」

 「ぐあ……!?」

 

 肩に直撃し、膝から崩れ落ちるルクス。同時にリューゼも少しぐらつく。


 「急に眠気が……」

 「グリーンマッシュルームの粉末さ、いわゆる眠り薬さ」


 あいつそんな粉末を……!? 大丈夫かと思ったが、


 「ちっ、ならさっさとカタをつける……!」


 と、リューゼは頭を振り下から大剣を打ち上げた。顎に直撃し、ルクスの頭が浮く。だが、たたらを踏みながら、剣を捨ててリューゼに両手をかざす。


 「まだ、だ! <フレイム>!」

 「……!? てめぇいい魔法持ってんじゃねぇか! なら魔法剣<ウインド>!」

 「フレイムをかき消せるとでも……!」

 「思ってねぇ!」


 リューゼの魔法剣ウインドは風を起こすだけ……ではなく、一種のかまいたちのように斬撃のようになる。ルクスを吹き飛ばしながら切り裂いていく。当のリューゼはすんでのところで回避し、肩を少しフレイムで焼かれたくらいですんだ。


 「う、ぐうう……」

 「色々と画策していたのはてめぇだな? なんでラースを狙っていたのかわからねぇが、同じ次男で領主の息子。で、あの強さだ、おおかた嫉妬でもしてたんだろうな?」

 「違う……! 僕は!」


 ふらつくリューゼは大剣を肩に担ぎそんなことを言う。ルクスは忌々しいとばかりにしたからリューゼを睨みつける。そこにリューゼが目を見開きながら言った。


 「父上がどうだとか、ラースがどうだとかは関係ねぇんだよ。俺は俺だ。領主の次男だろうが、ラースにゃなれねぇ。お前はお前にできることをすりゃいいんだよ」

 「……おめでたいね、そうできればどんなにいいか! <フレ――>」

 「馬鹿野郎が……!」


 リューゼが大剣でルクスの体を叩きつけ、ごろごろと転がる。俺達の近くに転がってくると、俺と目を合わせ口を開く。

 

 「僕はただじゃ負けない……よ……!」

 「こいつ……! みんな息を止めて後ろに下がれ、<ウインド>」」

 

 ルクスは懐から取り出した袋を俺達に投げつけてきた後、気絶した。そしてティグレ先生の合図でリューゼの勝ちが確定した。


 「リューゼの勝利……ふあ、くそ、ちょっと吸っちまった、くぁ……」

 「っへ、先生にも利くのか、こりゃ面白れぇ粉、だな……」

 「リューゼ!」


 俺は倒れそうになるリューゼを抱きかかえるためフィールドに入る。


 「おう、勝ったぜぇ……」

 「ああ、よくやってくれたよ。まずは一勝だ」

 「こいつも何か抱えてる……のかもしれねぇな……今度、話してみようぜ……悪ぃちょっと寝るわ」

 「次の試合にはたたき起こすからな」

 「おう……」


 そう言ってリューゼは寝入った。

 結構強力な粉のようで、少しだけ吸ったらしいマキナとウルカが険しい顔をしていた。というかティグレ先生がああなるのも珍しいしね。


 まずは一勝。

 なにがルクスをここまでさせるのかは分からないけど、今は戦いに集中しよう。次は俺の番だと、出てくる相手を見ながら俺はリューゼをその場に寝かせた。

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