第百二十話 ランチタイム②


 お昼はルシエールとマキナとクーデリカというクラスの女の子達とわいわいしながら食べた。兄さんとノーラにちょっかいをかけていたルシエラが時折こっちを見て冷やかしてくるという場面もあったけど、和やかに食事ができたと思う。だけど、調子に乗って交換した食べ物を全部平らげてしまったため、俺達はシートの上で倒れていた。


 「食べた……」

 「食べ過ぎたかも……」

 「ねー……」

 「あんたたちそれで午後の競技大丈夫なの?」


 ルシエラの言うことももっともで、特に俺とノーラはすぐに魔法戦闘の競技があるのだ。


 「あとは休んで回復するよ。ふあ……でも、眠くなってくるなあ……」

 「添い寝してあげようか♪ ほらほら、デダイト君どう?」

 「よせよ!?」


 寝転がっている俺の横に寝そべって腕を組んでくるルシエラ。俺が引き剥がそうとすると、兄さんが頭を掻きながらぽつりと言う。


 「うん、僕は別に気にしないし、ラースが好きならそれでもいいと思うんだ。だけど、今は止めといた方がいいと思うよ?」

 「がーん、効果なし!? って、今は……?」

 「「「……」」」


 さっきまで俺の周りに集まっていた状況を知ってか知らずか、ルシエラの肩に手が置かれる。三人分。

 

 「え? あれ? あ、ちょ引きずらないでよ!? あ、ああああ――」

 「今のはルシエラちゃんが悪いわね♪」

 「あいつ一年の時からかわらねぇな……自分のことばっかりだ」

 「甘やかしたつもりはないんですけどねえ……」


 ティグレ先生の言葉にルシエールのお母さんが頬に手を当てて呟くと、ティグレ先生は話を続ける。


 「今はデダイトのおかげで何とかなっていますけど、あいつが産まれてしばらくは忙しかったんじゃないですか? あまり構ってやれなかったとか?」

 「そ、そうですね……ちょうどブラオさんが領主になった時期は、その、商会が特に繁盛していたので……」

 「ふふ、いいですよもう終わったことですから」


 恐らく何かしらの取引もあったのだろう。脅迫だけでなく、卸の口利きとかね。だから口にするのは憚られるのだと思う。けど、母さんは笑って肩を叩く。


 「多分、あいつは寂しかったのかもしれませんな。承認欲求が強く、最初にでかい態度を取ってハブられたのも『大きい商家の娘』と言えばちやほやしてくれると思ってた節はあります」

 「……そう、かもしれませんね」

 「痛い……!? どうして僕が叩かれたんだい!?」


 ルシエールのお母さん……ティアナさんは目を伏せて旦那のソリオさんの頭を引っぱたく。すると――


 「承認欲求……商人ゆえに商人欲求……」

 「あら、バスレー先生じゃありませんかぁ」


 急に現れたバスレー先生が顎に手を当ててそんなことを呟く。何しに来たのだろうと思っていると、Eクラスの金髪お嬢様とガース、それとまだ名前を知らない子が怒り顔できょろきょろしているのが見えた。


 「やば……!?」


 ティグレ先生の背中に隠れ、やり過ごそうとするが、迷惑顔のティグレ先生が口を開いて尋ねる。ベルナ先生はにこにこしながらぺしぺしとバスレー先生の肩を叩いている。


 「てめぇ今度は何をしたんだ?」

 「別に何もしやしていませんよ! ちょっとお嬢様のお昼を頂戴しにいっただけです!」

 「お前なあ……」

 「いたぞオネットあそこだ!」

 「逃がしませんわよ……!」

 「ひぃ!?」


 大声を出して即座に見つかったバスレー先生がティグレ先生の背後から即座に離脱しようとするが、ベルナ先生の<ウォータージェイル>であっさり捕縛された。


 「ノウ!?」

 「ダメですよぉ、生徒のご飯を取っちゃ?」

 「し、仕方なかったんです! オマールエビの姿蒸しが美味しそうなのがいけないんです!」

 「言い訳は向こうで聞きましょう。連れて行きなさい」

 「おう!」

 「ああああああああ!?」


 じたばたしながらガースと男子生徒に運ばれていった。騒がしいことこの上ない……


 「なんで先生できているんだろう……」

 「先輩はあれでも十八歳の時、王都で農林関連の大臣をやっていたらしいのよ? 【クリティカル】は戦闘系スキルだけど、ここぞというときの答えを出したりもできるからねぇ」


 兄さんの素朴な疑問にベルナ先生が笑いながら言う。あれで大臣だったのか……辞めさせられた理由が気になるけど多分想像通りだと思うので聞かないでおこう。そもそも大臣だったことが嘘かもしれないし。


 さておき、ルシエラにそんなことがあったとは驚きだ。構って欲しいような感じの動きをするのはそのせいかと妙に納得する。兄さんに助けられて惚れ、狙ってくるのは分かるけど、このままだとヤンデレだっけ? そういうのになりそうだ。

 そういえば四人はどこまで行ったんだろうと思っているとサージュが俺の頭の上に乗って声をかけてきた。

 

 <ラース、ラース>

 「ん? なんだいサージュ?」

 <うむ、マキナ達を迎えに行かないか? 少し遅い気もする>

 「あ、そうだね。……って、ノーラが寝たから遊び相手が欲しいだけじゃないのか?」

 <断じて違う。心配なだけだ>


 そっぽを向いて言うんじゃないと思ったけど、確かに戻ってこないので、俺は腰を上げて探しに行くことにした。


 「ごめんなさいねラース様」

 「クーデリカのお母さん、様はいりませんよ? ちょっと探してきます」

 「お願いねー」


 母さんに見送らながら、サージュを抱えて四人が行った方へと向かう。学院内に変な人は入ってこないと思うから心配になることもないんだけどね。


 観客席から建物の方へ足を運ぶと、サージュが指を出して一本の木を指す。そこにはルシエール達が座っていた……けど、四人の前に長身の男性が立っており、にこやかに話しかけている。


 「さてはナンパ……!」

 <むう、どう考えても違うと思うが、とりあえず行ってみようではないか>


 男性は二十代前半くらいで見たことがない顔だ。ナンパは冗談だとしても、見慣れない顔の人間が声をかけているのは気になってしまう。

 俺が近づくと、マキナが気づき手を振って呼んでくれた。


 「ラース君! どうしたの?」

 「いや、遅いから迎えに来たんだよ。こちらの方は?」

 

 俺が会釈をしながら男性を見ると、先頭に立って話していたルシエラが俺に返す。


 「この人はお父さんの取引先の相手よ。お店に行ったらここだって言われて来たみたい」

 

 ルシエラが横に一歩移動すると、白いスーツ姿の男性が俺に握手を求めてきた。


 「こんにちは。私はレオールと言います。今、そっちの子が君のことをラース君と言いましたね? もしや領主様の?」

 「え? あ、はい。ローエンは父ですよ」


 握手に応じながら質問されたので答えると、柔和な笑みを浮かべて手を離す。


 「やっぱりそうか。ソリオさんと一緒に取引を進めている時にお話を聞いていてね、凄い魔法使いなんだって?」

 「いえ、それほどでもないですけど……」

 <ラースは我も認める魔法使いだぞ、自信をもつのだ>

 「余計なことは言わなくていいって」


 得意げに言うサージュだが、悪い気はしないので頭を撫でておく。するとルシエールがレオールさんに声をかける。


 「お父さん達はこっちです。案内しますね。……ちょっとお話ができるか分かりませんけど……」

 「?」


 分からないと言った顔をしているレオールさんをよそに、俺達は元来た道を戻り始める。


 <散歩は終わりか……>

 「がっかりしないの。対抗戦、面白いでしょ?」

 「テントに連れていけたらいいのにね」


 なんだかんだとギルド部がある日は山や町の外を飛び回って体を動かしているから見ているだけは退屈なのかもしれない。

 

 <そういえばラースがその男に話しかけられているお前達を心配していたぞ>

 「あ、お前!」

 「え? 心配してくれたの!」

 「わーい!」

 「それはちょっと嬉しい、かも……?」

 「わ、私も?」

 

 何故嬉しそうにするんだルシエラ……まあ、お姉さんとして前に出てレオールさんと話していたのは偉いと思ったけどね。

 結局、父さん達はお酒を飲んでいたため話にならず、レオールさんも酌をされて観戦モードに入るようだった。

 わざわざ出向いてくるってことはレオールさんが売り込みに来ているのかな? 死ぬ直前は貿易の商社で働いていただけに少々興味はある。どんな取引をしているのだろうか。

 

 [お、お昼の時間は残り五分……で、す……生徒は速やかに自分のテントへ……戻り……ましょう……]


 ルシエールやサージュと遊んでいるとバスレー先生の実況が“メガホン”から聞こえてきてお昼が終了する。元大臣ねえ……


 「ノーラ起きて」

 「う、ううーん……デダイト君おはようございます……」

 「ほら、しゃっきとしなさいノーラ」

 「はぁい」


 兄さんがノーラを起こし、母さんがしゃきっとさせて戦闘へ行く準備が整った。お腹いっぱい食べたし、午後も快進撃と行こうか!

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