第百一話 忘れ物を届けに


 ――兄さんとの喧嘩からしばらく経った。


 元々仲が悪かったわけじゃないから、劇的になにかが変わったってわけではない。だけどノーラのスキンシップが減り、兄さんがギルド部で魔法や戦闘の特訓をするようになった。

 推測だけど、ノーラについての心配が無くなったから他のことに目が行くようになったってことだと思う。

 実際、他の男の子がノーラに近づいてもそれほど気にしてなかったようだけど、俺に対しては『自分より優れている』ということが頭から抜けないため、取られまいと、いいところを見せようと、サージュの前に出たりアンデッドと戦ったりと焦っていたようだ。まあノーラを守るためだけどね。

 それについてはノーラも分かっていて、先日のギルド部でスライム討伐では、いつも守ってくれてありがとうと笑っていた。


 


 「あー、今日も疲れたなあ……」

 「はは、ルシエールちゃんは戦闘スキルじゃないから後衛も大変だよね。けど、マキナちゃんやクーデリカちゃんはどんどん強くなっているし、リューゼ君も魔法剣を使いこなせるようになってきたと思う。今度の学年別対抗戦はAクラス有利なんじゃないか?」


 今日はギルド部でジャイアントキラービーという蜂の魔物を倒してきた。ベルナ先生は用事があるからとクラスメイトと兄さんで行ったんだけど、兄さんとマキナ、クーデリカとルシエールにリューゼに俺という構成だ。

 何気に全員揃うことの方が珍しいので、いつもはだいたいこんなものである……まあ、数には含めなかったけどルシエラも居たりする。

 役に立つのか、と言われそうだけど驚くなかれ、ルシエラのスキル【増幅ブースト】はジャックに近い性質を持っていて、自分”か”他の人の能力を一時的に底上げしてくれるという面白いスキルだったりする。なので、ルシエールに【増幅】を使い、魔法でジャイアントビーを燃やしていくという戦法が使えた。

 俺が殲滅するのは訓練にならないからね。

 

 で、本題の兄さんが言っていた『学年別対抗戦』は読んで字のごとく、学年別のクラス戦が行われる。と言っても戦うばかりでなく、どちらかと言えば運動会のノリに近い。

 去年は兄さんの応援に来ていて内容は知っている。学院の購買で売られている、マキナご用達のパンを使った食い競争は熱かった。

 戦いばかりじゃないのは、戦いが得意でない生徒もいるからで、それを話し合って決めるというのも仲間意識を高めるためみたいだ。


 「何気にウチって俺とリューゼ、マキナとクーデリカだけなんだよ。確かクラスの半分……五人は出ないとダメじゃなかったっけ?」

 「そうだね。勝ち抜き戦だからラースが最初に出て終わらせる手もあるよ?」

 「……【器用貧乏】を知らしめるチャンスではあるのか……」

 

 クラスから……特にリューゼとマキナから顰蹙を買いそうなのでやらないけど。


 「あとはノーラも俺達と訓練していたから――」

 「ノーラはダメ」

 「えー」


 笑顔で即答する兄さんに苦笑しながら、俺はふとポケットに手を入れる。すると――


 チャリ……


 「ん? なんだこれ?」

 「どうしたの?」


 ポケットに手を入れた瞬間、金属質なものが手に当たりそっと取り出す。それは片方だけのイヤリングだった。金色のイヤリングは……


 「あ、これってティグレ先生が落としたイヤリングだ!」

 

 ベルナ先生が誘拐されたときにティグレ先生のポケットから落ちたやつを俺が拾ったやつだ。ティグレ先生に返そうと思っていたんだけど、ノーラ達がこっそりついてきていたり、サージュや皇帝の騒ぎですっかり忘れていた。


 「兄さん、ちょっとこれ返してくるよ。多分この時間なら山の方の家にベルナ先生と一緒にいるはずだし」

 「僕も行こうか?」

 「ううん。先に帰って父さんと母さんに言っておいてよ。ランニングがてらちょっと山まで行ってくる」

 「わかったよ。あまり遅くならないようね?」


 兄さんがそう言って沈みゆく夕日を見ながら言う。

 俺は手を振りながら兄さんと別れ、山の方へと走り出す。丘を登り、昔住んでいた屋敷が見えてくる。今はベルナ先生が管理をしてくれているが、基本は無人。畑は苗ごと今の家に持って行ったからもう何もない。


 「……つい最近のことだったけど、ずっと昔のことみたいだなあ」

 

 さらに山へ入り、父さんの作った山道を走る。学院に部屋はあるんだけど、ベルナ先生はよくこっちに戻っている。薬草畑が完全に学院に移動できていないから世話をしているんだそうだ。


 「さて、明かりがついているからやっぱりここに居たね。こんばんはー」


 俺が玄関で声をかけると、パタパタとベルナ先生が出迎えてくれる。


 「あれぇ、ラース君。こんな時間にどうしたの?」

 「ちょっと落とし物を届けに……ティグレ先生は居ますか?」

 「え、う、うん、居るけど……よく分かったわねぇ?」

 「いつもギルド部が終わった後、一緒に帰っているのを見ているしね」

 「ふふ、とりあえず上がって?」

 

 ベルナ先生に言われて中へ入ると、ラフな格好のティグレ先生が『あれ?』という顔で俺を見て、手を上げた。


 「よう、ラースじゃねぇか。どうしたんだ? 飯食っていくか? 今日は俺が作ったんだぜ」

 「あはは、家にあるから大丈夫だよ。ポケットに手を突っ込んだらこれが出てきてさ、返そうと思って」


 俺はポケットから金色のイヤリングを取り出してティグレ先生に見せると、目を大きく広げて口を開く。


 「こ、これ、俺がベルナにプレゼントするつもりだったイヤリングじゃねぇか……落としたもんだと諦めていたんだが、お前が拾っていたのか」

 「うん。ベルナ先生が誘拐されたその日にね。遅くなったけど返すね」


 手を突き出すと、ティグレ先生は一瞬目を伏せる。少ししてから目を開き、俺の頭に手を乗せてから笑いかけてきた。


 「……それ、お前にやるよ。実はもうベルナには他にプレゼントをあげたんだよ」

 「えへへ……♪」


 ティグレ先生の言葉に、ベルナ先生が指を見せてくれる。そこにはエメラルドの宝石がついた指輪がはめられていた。石言葉は家族愛とかだった気がする。先生二人に合っているかもと考えながら先生に問う。


 「高いやつだよね……それ」

 「まあな。でもお姫様を嫁にするんだ、これくらいは出さないと格好がつかねえよ。気を引くためのイヤリングだったが、こうなっちまった以上それは必要ない。……お前にやるから、好きな相手にでもプレゼントしたらどうだ?」

 「ええ!?」


 はははと笑うティグレ先生にベルナ先生が口を尖らせる。


 「まだラース君は十歳だから早いんじゃない? ……領主事件で大人びているとは思ったけどぉ、恋愛はまだ、ね?」

 「そうかぁ? こいつモテるから意識してそうだけどなあ」

 

 本人を前にして色々言ってくれるなあ。でも、兄さんがちょっと背伸びしているだけで、可愛いという感情はリューゼやジャックにもあるけど、恋愛となると話は別というのは分かる気がする。


 「確かに俺には恋愛って分からないかなあ。昔、ドキドキしたのはルシエールだけど……」

 「ふふ、焦らなくていいからね? 一緒にいて安心や信頼ができたり、もしかしたら運命の人みたいな子に会うかもしれないし」

 「そうだな。ま、そんなわけでそれはやるよ。晩飯、家で食うんだろ? 遅くならない内に帰った方がいいんじゃねぇか?」

 「あ、そうだね! それじゃまた明日学院で! おやすみなさい!」


 俺はもう一度ポケットにイヤリングを入れてベルナ先生の家から立ち去っていく。……これを使うときが来るのだろうか? 卒業したらこの町に居ない可能性が高いし、どうなることやらと思いつつ、俺はレビテーションで暗くなった空を飛んで家へと戻った。

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