第九十一話 霊術と悪霊払い


 「ラースとウルカか!」


 ティグレ先生の声が背後から聞こえ、チラリと後ろを振り返ると兄さんやノーラ達を庇おうとした状態のままだった。そこへ襲い掛かるアンデッドは、


 「<ウインドストリーム>」

 「な!? 学院長!?」


 学院長先生が風の魔法であっさりと吹き飛ばしていた。ティグレ先生が驚いていると、母さんがベルナ先生へ、マキナがみんなのところへ向かっていた。国王様達もヴェイグさんやホークさん達が奮闘しているので事故が無い限りなんとかなりそうだ。


 「……くっく、今のは油断したが、小僧ふたりでどうするつもりだ? 私を攻撃すれば王妃は死ぬぞ?そして私は体から抜け出るだけだ」

 「わかっているさ。だからウルカを呼んだんだ! ジャックもこっちへ!」

 「え!? ……あ、そうか! お、おう!」


 こっちにジャックが走ってくるのを確認し、俺は皇帝と対峙。ウルカは俺の後ろで集中し、【霊術】を使う準備を始めた。

 基本的にオンオフができるスキルらしく、スキルが向上すれば話すだけではなく、虚ろな意識の幽霊をはっきり覚醒させることも可能だそうだ。最近はそれで町に居る幽霊と話をしたりしていたのだとか。

 

 「ガキが調子に乗るなよ! <ファイアボルト>!」

 「その程度なら<ファイア>で!」

 「なんだと……魔法を固定できるのか貴様……!」


 俺は以前、リューゼに見せたような<ファイア>の塊をサッカーボールくらいの大きさで作り、皇帝のファイアボルトを吸収する。同じ火の魔法なら大きい方が有利だ。そして素早くファイアを消して俺は体術で皇帝に迫る。


 「魔法を使う隙を与えなければ!」

 「小賢しい、私が体術を出来ぬと思っているのか!」

 「そのドレスで戦えるのかな? ……はあ!」

 「ぐっ!?」


 裾は破いているがドレス自体はやはり動きにくい。皇帝の腕を捌き、鳩尾に一撃を入れる。しかし、のけぞりながら回し蹴りを仕掛けてきた。

 

 「ぐあ!?」

 「ガキの手足じゃ逃げられまい……! ん!?」

 「【霊術・解法】!」


 吹き飛ぶ俺と入れ替わりにウルカが皇帝の腕を掴み、スキルを発動させる。憑かれている場合、離れているより直接触った方が体から霊を追い出しやすいのだとか。

 

 「お、おおおお!? な、なんだ……!? か、体が引き剥がされ――」

 

 直後、ズッ……と、王妃様の頭から少し年老いた男の顔が出てくる。これがグリエール皇帝か……! このまま行けるかと見守るが、やはり強力なようでウルカの額から脂汗が流れ始める。


 「う、ううううう……! すごい恨みだ……空っぽ? 真っ黒……? こ、この人には自分の欲望を満たすことしか頭にない……! ぼ、僕の力だけじゃ……」

 「ジャック……!」

 「ま、任せろ! いけ、ラース!」

 「ああ!」


 今度はジャックの【コラボレーション】で【霊術】を俺に通してもらう。ウルカは右手を掴んでいるんだけど、ケガをしているのか振り払えないようで、苦しみながら左手で魔法を撃とうとする。

 

 「させないよ!」

 「おう!? うが!?」


  ……!?


 右手を掴んだ瞬間、グリエール皇帝の思考だろうか? 頭にぐるぐると黒い何かが渦巻く。これが恨みだと言うならこいつの心は憎しみで塗りつぶされている。頭に浮かぶ風景は……何もない、空っぽな荒野?

 

 いや、荒野にたたずむ女性がいる。あれは――


 「ベルナ先生? ……違う、レイナさんか……?」

 「小僧、見たな……! 殺してやる」

 「う!?」


 俺が掴んでいた左腕を伸ばし、首を掴んで締め上げてくる。く、苦しいけど、手を離すわけにはいかない……!


 「ま、まさかこんなガキどもに苦しめられるとは……!? うお……まだ抵抗を!」

 「で、て、いけぇ……!」

 「ぼ、僕たちは諦めないからな……!」

 「お前等鼻血でてんぞ!? くそ、誰か! 誰か手伝ってくれぇ!」

 

 何か鉄臭いなと思ったけど鼻血だったのか。逆サイドを見ると、確かにウルカが鼻血を出していた。目の前がちかちかするし、精神的な負担が凄いのかもしれない。ジャックが助けを呼んでくれるけど、マキナやノーラが鼻血を出すのはちょっとな、と考えていると、サッと何者かが現れ、皇帝の頭を掴んだ。


 「君たち、よくやってくれた! ここまでくればわたくしめが……!」

 「ビショップか……!? まだだ! この体は――」

 

 ずるずると引き剥がされていくグリエール皇帝。それでもしぶとくしがみつくのは敵ながら恐ろしい。するともう一人、ジャックの後ろに人影が現れる。


 「少年に触れれば、やつを追い出せるのか?」

 「こ、国王様……!? そ、そうです! 頼みます!」

 「……こうか? ルチェラ、しっかりしてくれ! お前を蔑ろにしたのは謝る……妻はお前だけなのだ、帰ってきてくれ……。 む!? うううう!? ……ル、ルチェラ、お前意識が!?」


 ジャックの手を掴んでいる俺の手を国王様が触れると、王妃様の名前を呼んで驚愕する。すると、今度は王妃様の声が響いた。


 「……で、出ていきなさい……! わたくしはルツィアール国の王妃であるぞ!」

 「ば、か、な……抑え込んでいたはず、なのにぃぃぃぃ!?」

 「かぁぁぁぁ!」

 

 ローブを着たおじさんが割れんばかりの怒声を上げ、王妃様の背中をドンと手のひらで押す。その瞬間、王妃様の体が前へ倒れ、皇帝の幽体はその場に残った。


 「はあ……はあ……や、やりましたぞ国王様! その子供のおかげです。さ、今のうちに皇帝から離れて!」

 「助かる!」

 「逃がすか……!」


 追いすがろうとする皇帝に、おじさんは十字架のついた杖をかざし文言を口にする。


 「『死してなお彷徨う哀れな魂よ、ジンガの名においてあの世へと帰せ』」

 「く、くそ、このままでは消えてしまう……! 他の体を!」


 頭を抱えて手を伸ばすグリエール皇帝。ジャックは転がり、国王様と王妃様は部屋の反対側まで避難した。近くにいるのは俺とジンガという人、それとウルカだけだ。


 「ウルカ、気を付け……どうしたんだ?」

 「あの幽霊の……? うん、大丈夫だと思うけど……え? それは先生が許可しないとダメだよ……」


 ウルカに声をかけようと思ったら、なにやらぶつぶつと呟いている。視線の先は……アンデッドを倒すティグレ先生とベルナ先生だ。するとウルカが立ち上がり、ティグレ先生達の下へ走って行く。


 「あ! おい、ウルカ!」


 止める間もなくティグレ先生とベルナ先生に手を添え、ぼそぼそと何かを言い、ふたりは一瞬驚くが同時にうなずいた。

 

 すると――

 

 

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