第八十九話 ウルカの下へ


 上空へ浮かび上がった俺達の真下では騎士とアンデッドが交戦しているのが見える。ゾンビは焼かれ、スケルトンは粉々になるも、次から次へと追加で現れるのだからたまったものではない。


 「……早く戻らないといけないね」 


 そう呟く俺に、サージュが首を曲げ、少し困ったような声色で俺に言う。


 <確かに先ほどは五分もかからぬとは言ったが、あくまで我だけで飛んだ場合ぞ? ラース達を乗せて飛ぶなら一時間は見てもらわねばならぬ>

 「だろうね。それは俺もわかっていたことだから時間は仕方ないだろうね。だけど、なるべく速く飛んで欲しいんだ」

 <しかし……>

 

 難色を示すサージュ。振り落としたりしてしまうのを恐れているのかもしれないが、俺にはひとつ思い当たることがあったのでそれを試す意味も込めてサージュへ言う。


 「サージュが張っていた魔法障壁、あれってなにか名前がついているの?」

 <急になんだ? うむ”オートプロテクション”という古代魔法だ>

 「ありがとう『視て』『聞いた』から覚えたよ」


 俺が笑うとサージュが間の抜けた声を出す。


 <……は? いやいや、あれはそう簡単に使えるものじゃないぞ。古代魔法を人間が習得するのは相当年月がかかるのだ。いや、そう言えばお前――>

 「そうそう、ドラゴニックブレイズを使えるだろう、俺。だから……マキナ、軽く俺を小突いてみてよ」

 「え? あ、うん。え、えい!」


 ブゥン……マキナの拳が俺の肩に当たる直前、小さな魔法陣が現れて拳を弾いた。驚くマキナと母さんそしてサージュだ。

 【簡易鑑定】の時もそうだったけど、俺の超器用貧乏。『魔力を使って何かをする』というスキルや魔法は俺の『理解』が及べば会得することができるみたいなのだ。簡易鑑定の時以来意識して覚えることは無かったけど、サージュのオートプロテクションは非常に強力なのでふと思い出し覚えさせてもらった。

 だけど、意識して展開してもさきほどマキナが攻撃した時にでた小さい魔法陣しか出ない。まあ、ここからが俺の超器用貧乏の真骨頂なわけだけどね。


 <むう……ラース、お前はいったい……? まあいい、それは後でゆっくり聞かせてもらうとして、今は飛ぶぞ!>

 「よろしく! 母さんとマキナは俺の腰辺りに掴まってて」

 「わかったわ」

 「うん!」


 マキナの声を合図に、サージュがガストの町へと移動を始める。今度はバサバサと飛ぶのではなく、イメージ通りのジェット機のような飛行だ。


 「す、凄いわね、サージュ!?」

 「これなら酔わないわ!」


 おっかなびっくりの母さんに、スピードに恐怖を感じていないマキナ。風がそれほど強くないことから、オートプロテクションを発動しているけど、これでもスピードを抑えているのだろう。

 

 「サージュ、俺も鍛えたいから少しスピードを上げてもらっていいかい?」

 <……大丈夫か? まあまずければすぐやめればいいか。それ……!>

 「うわ……!?」


 ギュン! と速度が上がり、サージュのオートプロテクションがたまに割れて風が流れ込んでくる。俺はそれを自分のオートプロテクションで防御する。


 パリィン! 少し経ったところで俺のが割れる。直後、まともに風がぶち当たり俺は呻く。すぐに展開するように思考を置いておけばいいのかな? サージュは無意識でやってそうだからいつかできるようになるだろうか? それにしても――


 「……いてて……」

 「だ、大丈夫ラース君!?」

 「だ、大丈夫だよ。これも役に立つと思うしね」


 鼻血を舐めながらマキナに笑いかけ、風圧で飛ばされないよう注意しながら障壁を張り続ける。そんなことを続けているとようやく二枚のオートプロテクションが発動できるようになった。

 そして三十分ほど経過したところで、ガストの町が見えてきた。


 <あれか?>

 「ああ! サージュは……どうしようか」

 「ちょっと狭いけどウチの庭でいいんじゃない? サージュ、あの少し高台にある大きな屋敷に向かって」

 <承知した>


 母さんの案内でウチの庭に到着し、着陸しようとすると、ニーナ達メイドさんや、父さんが慌てて飛び出してくるのが見えた。


 「父さん! ニーナ!」

 「あなたー!」

 「ええ!? マリアンヌにラースかい!? それにマキナちゃん!?」

 「ちょっとだけ戻ってきたけど、すぐに行かないといけないんだ。マキナ、母さん行こう! あ、そのドラゴンはサージュって言うんだ!」

 「あ、ラース!?」

 <……ラースの父親か? よろしく頼む>

 「あ、こちらこそ……いったいなにが……?」

 「おっきいですねー」


 父さんとサージュが会話を始め、俺達は住宅街へと走る。ウルカの家はこっちにあるからだ。前にリューゼの引っ越しを手伝った時に教えてもらったし、もちろん覚えている。


 「あの緑の屋根の家だ……! ウルカ、いるかい!」

 「こんばんは! ウルカ君! お願い、助けて!」 


 俺とマキナが玄関を叩くと、ウルカがひょっこり顔を出して目をぱちくりさせて俺達を見ていた。


 「あれ? こんな時間にどうしたの? 夜にデートかい?」

 「ちちちち、違うわよ!? あ、でもそれもいいかも……」

 

 マキナが頬を赤らめていると、母さんがスッと前に出てウルカへ言う。


 「夜分遅くにごめんなさいね。お父さんとお母さんはいらっしゃるかしら?」

 「え? あ、はい。とうさーん!」


 ウルカが呼びに行き、程なくして両親を連れて戻ってくる。事情を説明すると、ウルカのお父さんが腕を組をして難しい顔をする。そりゃ当然だろう、息子を危険な場所へ連れて行きますと言っているようなものなのだ。しばらく黙っていたけど、ウルカに目を向けて口を開く。


 「……ウルカよ、お前はどうしたい?」

 「え? う、うん、僕は……行きたい。僕のスキルが役に立つなら、危ない目にあっても。それに冒険者はこういうことばっかりなんでしょ?」

 「くく……まあ、そうだな! なんでぇ、びびっているかと思ったけど、ウルカ、肝が据わってきたじゃないか!」

 「ま、まあ、ラースとかマキナ、リューゼみたいに危なっかしいのがいるから僕がしっかりしないとね」

 「言ってくれるなあ」


 俺が苦い顔をすると、マキナが肩を竦め、ウルカや両親、母さんが笑う。そしてウルカのお母さんが口を開いた。


 「マリアンヌ様、ウチの子をお預けします。手伝わせてあげてください」

 「ありがとうございます。なにがあっても無事に送り返します」

 「なあに、こいつも学院でラース君達と友達になってから明るくなったし、言いたいことも言うようになった。そんなウルカがやりたいって言ってるんで、気にせんでください。だけどウルカ、危ないと思ったら逃げるんだぞ? 死んだら何にもならんからな」

  「うん、わかったよお父さん」


 ウルカ頷き、母さんを見ると、母さんも首を縦に振る。

 ウルカが準備のためいったん部屋へ戻る。五分ほどして、見慣れない格好のウルカが得意気な顔で俺達の横につく。


 「探検隊っぽい格好だね、いいなあ」


 ウルカがベージュ色のポケットがたくさんついた上下を着て、それに合わせた帽子をかぶっていた。手には樫の杖が握られている。


 「へへ、休みが終わったらギルド部で着ようと思ってたんだ! それじゃ急ごうよ、時間が無いんでしょ?」

 「そうね。ラース君、お母さん行きましょう」

 「ええ」


 俺達は再び領主邸へ戻るため走る。馬車は向こうに置いてきているのが正直痛い。だけど、無いものは仕方ないので全力で走る。


 「ふう……ふう……山道は歩いていたけど、こ、子供体力には勝てないわね……」

 「ああ、ごめんよ母さん! もう少しだから」


 肩を貸して走る速度を緩める。もう少しで到着だというところで、家の周りに人だかりができていることに気づいた。


 「なんか人が多いね?」

 「というかみんなサージュを見ているわね……そりゃあれだけ大きかったら目立つか……」

 「ドラゴンだ! 凄い凄い!」

 

 あとで町の人に何と言われるのかと思うと、少しだけ疲れながら俺達は屋敷へと入って行った。

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