第八十八話 荒れるルツィアール
「きゃああああ!」
「うわああああ!?」
「ん? 悲鳴? なんだろう」
食事を待っている俺達の耳に悲鳴があちこちから聞こえてくる。主に城の方からだと気づいた途端、地面が盛り上がってくるのが見えた。
ボゴ……ボゴ……
「土が……? どわああああ!?」
「どうしたのジャック? ……わあああ!?」
盛り上がった土から、腐った人間の体がもぞもぞと出て来ていた! 驚いた俺達は尻もちをつくと腐った人間……いわゆるゾンビが俺達に襲い掛かってくる。
「オオオオオオ……」
「危ない! <ファイアボルト>!」
ゴウ! という音を立てて、ゾンビが燃え上がり地面へと倒れこむ。俺とジャックはすかさず立ち上がり周囲を確認すると、母さんが焦ったように口を開く。
「これ……まずいんじゃない? 骨が動いているわ、ゾンビもたくさん……!」
「動く骨だー! あれって、あんでっどってやつかなー?」
ノーラが呑気にそんなことを言い、兄さんがそうだよとやんわり答える。そういえばマキナはと思っていると、地面にへたり込んでいた。
「大丈夫か!?」
「う、うん……こ、腰が抜けちゃった、だけ……へ、えへへ……。……私、怖いの苦手なの!」
いつもの勇ましい姿からは想像できないけどそうらしい。ノーラは興味津々なのは俺達と育ったからであろうか? ともかく俺はマキナに手を差し伸べながらサージュに声をかける。
「サージュ! 上から見た状況はどうだい!」
<……芳しくない。油断していたところにアンデッド共だ、騎士達も立て直しつつあるが、ゾンビはともかくスケルトンは厄介だな。完全に頭を粉々にしないと何度でも起き上がってきている>
「いやあ……」
「ごめん、マキナ」
「ふえ……?」
俺は頭を押さえて涙目のマキナを抱っこすると、レビテーションでサージュの背中にマキナを乗せる。
「ここなら安全だと思うよ。戦わなくていいからさ」
「う、うん……ありがと……」
マキナにお礼を言われると、サージュが口を開く。
<……この魔力を操っているのは城の中にいるようだ。あの辺りだな>
サージュが俺達を手のひらに乗せてだいたいの位置を教えてくれる。二階かと思いながら俺は言う。
「母さんもサージュの背中に乗っていてよ。で、このままサージュは元凶の場所へ一緒に行こう。ティグレ先生とベルナ先生もそこいるんじゃないかな? フリューゲルさんたちも城に居るはずだし」
「そりゃいいな。俺もゾンビくらいならやれる……と思う……。リューゼがいりゃあ【魔法剣】で火を付与するんだけどなあ」
ジャックが肩を竦めるのがおかしくて俺は苦笑する。そこへ兄さんがみんなへ言う。
「僕とノーラは火の魔法が得意だからゾンビの牽制は任せて。怯んだところをジャック君が倒す。スケルトンは悪いけど、ラースの方がいいね」
「オッケー! それじゃ頼むよ!」
<承知した!>
嬉しそうに叫ぶと、サージュはゆっくりと浮かび、先ほどとは違って繊細な飛び方で前に進む。なので、俺達が揺れることはなかった。
サージュって確か『賢い』って意味があったはずだけど、ドラゴンに合っているよね。レイナさんはそこまで考えていたのかな? ふとそんなことを考えていると、ノーラがある場所へ指を向けながら声をあげた。
「あ! ティグレ先生達だよー!」
「あの女の人って……王妃様かな……? って、ベルナ先生、血を流しているよ!?」
「サージュ、近づいて近づいてー!」
<応!>
兄さんが状況を把握し、ノーラがぺしぺしとサージュの手を叩くと、窓の近くに手を差し出してくれる。中を覗くと、ティグレ先生やホークさん、イーグルさんが国王様やフリューゲルさんを庇いつつゾンビやスケルトンを撃退しているのが見えた。そこで、ベルナ先生を担いでいた女性が俺達に気づき、目を見開く。
「ドラゴンだと……!? そうか、レイナのやつが育てたとかいうやつか! うお!?」
サージュに気を取られている隙に、俺はレビテーションで突撃して肩に蹴りを入れてやる。バランスを崩したところでベルナ先生を取り落とし、すかさずティグレ先生が滑り込みながらキャッチして距離を取った。
「流石!」
「くそ、子供たちに助けられてちゃ世話ねぇ教師だぜ!」
「助け合いでしょ先生!」
「生意気言うな! 助かったけどよ! ラース、回復魔法を頼む」
俺は頷き、すぐに治療を始める。
「ガキが邪魔をするか……!」
「ラース、ここは僕たちが食い止めるよ!」
「ベルナ先生をいじめたらダメなの!」
「アンデッドも二階まではすぐにこれねぇみたいだな……ていうか、王妃様はなんで敵対してるんだよ!?」
ジャックが剣を抜いて悲鳴に近い声を上げる。そういえば、と俺達が思っているとティグレ先生が俺にベルナ先生を預けて立ち上がりながら言う。
「……王妃の中に大昔の馬鹿が憑りついているんだってよ。俺とベルナのそっくりさんと、国を亡ぼして自分がまた皇帝になりたいらしいぞ。みんな、笑ってやれ」
「私を馬鹿呼ばわりするか……! 本来ならそこのドラゴンを【魔眼】で操り、全世界を手中に収めるはずだった私を馬鹿だと!」
<貴様、我を知っているのか?>
サージュが聞き捨てならぬと聞き返すと、皇帝とやらは得意げに話し出す。
「そうだ。【魔眼】は自分の身内には効かないんでな。レイナにお前のところまで案内させ、操るつもりだったのだ。しかしレイナはそれより前にクーデターを起こしたのだ」
<ぬう……それで我の下に来れなかったのか……>
皇帝が場所を知らなかったところを見ると、どこかで聞きつけただけだったのだろう。レイナさんは察してサージュのところへいくのを止めたということか。
「まあ、いい。このままアンデッドどもを使役して少しずつでも国を亡ぼしてやる。どうせこの体に傷つけることはできまい? 私を攻撃しても傷つくのは王妃の体。もし死ねばこの体から抜け出るだけだ」
そう言われては俺達が手を出すことは難しい。かといって無限に沸いてくるアンデッドを駆逐するのは絶対に無理。
しかしその時――
「……その役は私が請け負おう」
「貴様……!?」
王妃様の背後で、剣を振りかぶる国王様の姿が目に入り俺達は驚愕する。皇帝は気配に気づき、ナイフでそれを受け止めた。
「今、聖職者が向かっているはずだ……! 先ほどイツアートに頼んでここから離脱してもらったのだ。消滅させる準備が整うまで私と戦ってもらうぞ? 最悪手足の一本は……」
「正気か? ……ならば本気を出してお前たちを殲滅すれば良いことよ!」
皇帝のナイフと魔法、国王様の剣が火花を散らす。兄さんやノーラは緊張した面持ちでその戦いを見ていた。俺はベルナ先生の治療を終え、皇帝について考える。
「憑いているって言ったっけ……? てことは幽霊か。……ん!?」
そこで俺はとあることに思い当たる。もしかしたらと、俺は踵を返してサージュの下へ向かう。
「サージュ、ここから俺達の町……馬車で二日の距離だけどどれくらいでいける?」
<ふむ、それなら全力で行ければ五分もかかるまい>
しめた!
「なら、俺を乗せて町へ頼む!」
「ど、どうするのラース君?」
「霊ならあいつの出番だろ、ウルカだよ! ティグレ先生、兄さん、ノーラ、ジャック、少し待ってて!」
「マジか……!? おっしゃ! き、気張ってやるから早く帰って来いよ」
「うんー! お手伝いしてるよー」
「そういうことならティグレ先生もいるし、大丈夫だよ!」
俺はみんなにうなずき、サージュに乗る。
「マキナと母さんはどうする?」
「私は親御さんに説明しないといけないから行くわよ」
「わ、私もウルカ君の説得をするわ!」
「よし、酔うかもしれないけど……サージュ、急いでくれ!」
<あい分かった! しっかり掴まっていろ……!>
月明りを背に、俺達はガストの町へ戻るのだった。
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