第六十六話 その名のごとく


 「思いっきりいけよラース」

 「もちろんそのつもりだよ、ティグレ先生」

 「ティグレ、大丈夫なのか? ラース君のことは聞いているけど……」

 「大丈夫だって! ヘタすりゃお前も勝てないからな?」


 ティグレ先生に装備をつけるのを手伝ってもらいながら俺は頷き答える。マキナは気を失ったままで、ベルナ先生の膝を枕にしてぐったりしている。外野、というかAクラスのみんなも近くにきて話していた。

 

 「が、頑張ってね、ラース君!」

 「ラース君なら余裕だよー。ね、デダイト君」

 「ああ。正直……兄馬鹿だと言われても言うけど、負ける要素がないね」

 「とりあえずどういうぶっ飛ばし方をしてくれるかが楽しみなだけだよな」

 「そうね」

 「うんうん」


 俺の戦いを目の当たりにしたことがあるルシエールやリューゼ達はこんな感じで、なんとなく話を聞いて知っているクラスメイトは、


 「僕達は初めて見るな。できれば一撃で終わらせずじわじわやってほしい」

 「あは♪ ……潰しちゃってよラース君」

 「うひ!? ヘレナ、顔!?」

 

 とまあ、こんな感じだ。ヨグスとヘレナが怖いことを言うけど、俺が負けることは考えていないのは嬉しいね。そんなこんなで鎧を装備し、刃を潰した剣、それと盾をもって相手の前に立つ。


 「待たせたね。それじゃやろうか」

 「お前、何歳だ?」


 俺が構えると、相手がいきなり俺の年齢を聞いてきた。


 「十歳だよ。さっきお前がやってくれたマキナはクラスメイトでね、女の子にあれはないんじゃないのかい?」

 「一年坊主か、どおりで生意気なはずだ。ハッ! 騎士を目指している奴が男だ女だ気にしてどうする?」

 「その意見には賛同するよ? ……やりすぎたんじゃないかって言ってるんだよ俺は」


 冷静に、冷淡にそう言って目を細める俺。そういえばと思いひとつ尋ねてみる。


 「そういや君、名前は?」

 「口の減らない下級生だな、俺はゴングってんだ。まあ、覚えなくていいけどな」

 

 一応、騎士だからか、剣を前にして名乗るゴング。そろそろいいかと判断した先生が俺達の間に入り口を開く。


 「……では始めるぞ? ルールは大丈夫だな? 始め!」


 バッと手を交差させ試合開始の火ぶたが切って落とされた! 先制は譲ってやる……なんてことするわけがない!


 「生意気な一年が! ……おぶろわ!?」

 「たあ!」


 ガツン! という鈍い音がグラウンドに響く。剣を兜に叩きつけたら少しひしゃげた。たたらを踏むゴングに追撃をかける。


 「はあ! これで!」

 「あが!? うがああ!?」

 「まだまだぁ! マキナの痛みはこれくらいじゃ終われない……!」

 「お、おお……ラースが……」

 「怒ってる……」


 リューゼとルシエールがごくりと唾をのむ様子が見えた。あの時と同じくらいの怒りが俺を突き動かす。


 「そらそらそら!」

 「げほぁ!? うご! く、くそ、当たらねぇだと!?」

 「何をやっているのですかゴング! 下級生など早々に片付けなさい!」


 俺は兜を何度も何度も叩きつけ、ゴングの兜の形がどんどん変わっていく。たんこぶくらいはできているであろうところでゴングが激昂し、闇雲に剣を振る。


 「頭がいてぇだろうが!」

 「当たるものか!」

 「がはあ!? ば、馬鹿な!? 五年の俺が一年坊主に……! うおおおお!」

 「おっと! そこだね」

 「ぷあ!?」


 鎧のおかげでタフさはあるね。脇腹を剣で力いっぱい叩きつけるとうめき声をあげるが、手を休めてやる必要はない。俺はさらに速度を上げて剣を叩きつけた。


 「お前のやったことだ、よおく味わえ!!」

 「あが!? うがあああああ!?」

 

 剣と盾を取り落とさせないように腕、足、胴を休みなく剣で叩きつけていく。


 「ば、馬鹿な……ウチでも五本の指に入るゴングが……!?」

 「へえ、やっぱりそういうことか」

 「ハッ!? ち、違う、今のは――」

 「生徒に自信をつけさせたかったのでしょうか? ……まあ、彼は報いを受けたみたいですけどね」


 先生たちがそんな話をしているのが耳に入り、俺は最後の仕上げに入った。


 「弱い者いじめなんてくだらないことするんじゃない! <ハイドロストリーム>!」

 「げ、げほ……ま、魔法!? それもこんな強力――」


 ザバシャァァァン!


 ゴングは全部を言い終わらないうちに水流に飲み込まれて地面を転がった。剣も盾も手から離れ、目を回していた。ま、全力を出したら全身の骨がバラバラになりそうだから手加減はしたけど、インパクトはあったかな?


 「お、おお……」

 「そこまで! 勝者、ラース君!」

 「ふう……」


 俺は兜を脱いで一息つくと、みんなが集まってきた。


 「凄い凄い!」

 「ふう、スッとしたよ、ありがとうラース」

 「ヨグスって意外と……いや、なんでもない……」

 「やっぱり強いねーラース君はー!」

 「あの時に使ってた魔法だね、やっぱりすごいなあ」

 「あ、ルシエールは見てたもんね」

 

 俺達がわいわいやっている横で、先生たちの話に耳を立ててみる。


 「ぐぬぬ……お、おい、しっかりしないかゴング……!」

 「ケガは大したことねぇだろ? かなり手加減していたからなあいつ」

 「あれで……!?」

 「さて、残り三人ですがここから先はどうされますかな?」

 「ぐぬ……」


 厳しい顔をしたサムウェル先生がグルドーへ向けて問う。グルドーは一瞬口ごもるが、すぐに気を取り直す。


 「……メンバーに変更はない! 続行だ!」

 「結構。ではこちらはそちらに合わせて、上級生に代えさせていただきますね? ラース君を認めたんだから交代はアリでしょう?」

 「……勝手にするがいい! ゴングは連戦で疲れていたのだ、そうに違いない!」


 おっと、意外にもサムウェル先生が揚げ足を取り、相手がそれに応じた。まあ、元から無茶なオーダーだったんだ、それくらいはね。とりあえずマキナの仇は取れたし、良かったかな?

 そのまま試合は続行され、三人目はマキナが先輩と言った女生徒に、最後は主将というオーダーに。 


 「やああ!」

 「くっ……まいった……!」

 「いよっしゃ! こっちの勝ちだ!!」


 ティグレ先生が拳をあげて喜ぶ中、試合は終了。三敗からの二連勝。マキナの戦いをノーカンにすれば引き分けで、俺の戦いを混ぜれば一応勝ち越したことにはなるけど、問題はそこではないよね。


 「ぐうう……」

 「くそ……騎士の国の俺達が……」


 相手が恨み言を呟いていると、オブリヴィオン学院の主将が口を開いた。

 

 「姑息な手段で戦おうという意識があるからそうなるんだ! 君たちは技量はあるけど、志が良くないと思う。次に戦うときは真っ向勝負を楽しみにしているよ」

 「チッ……覚えてろよ」


 そう言いつつもにやりと笑う相手の大将だった生徒も根は悪い奴ではなさそうだ。となるとやはり原因は先生にありそうだね。


 「くそ、帰ったら笑いものだぞ……どけ!」

 「きゃ……!?」

 「あ! ベルナ先生!? 気を付けてください!」

 「うるさい、私の前をうろうろ……ん? お前の顔、どこかで見た覚えが……?」

 「きゃあ!」

 

 グルドーがベルナ先生の顔を見て訝しむと、ベルナ先生はティグレ先生の背中に逃げた。


 「おい、顔を良く見せろ! ……う!?」

 「ナンパならよそでやってくれねぇか? ウチの副担任は入ったばかりで緊張してんだよ」

 「チッ……どいつもこいつも……行くぞ! 帰ったら鍛え直してやる!」

 「「「うーす……」」」


 今日は学院の宿舎に泊まり、明日帰る予定とのこと。費用はわざわざ出向いてもらったからこちらもちだとのこと。


 「……」


 去り際、ゴングが俺を恨めしそうな目で歯を剥いていたので、


 「わ!」

 「!?」

 

 驚かしたら慌てて宿舎へと行った。上には上がいることを知って強くなるといいけど、あの先生の下じゃ無理かなあ? 俺はそんなことを思いながらみんなの下へと戻るのだった。

 

 そして目を覚ましたマキナに、俺が仇をとったとクーデリカやノーラ、ジャックが興奮気味に話すと、マキナは俺の手を握り、

 

 「ありがとう!」


 と、真っすぐにお礼を言われた。俺のできることをやっただけだと、くすぐったい気持ちになるが、次に発した言葉で一同が唖然となる。


 「騎士になるには経験も大事ね! 決めた、私作るわ!」

 「作るって……何を?」

 「部活よ! その名も『ギルド部』を!」

 

 「「「「はあ!?」」」」


 マキナが変な頭のぶつけ方をしたのではないかと心配になる発言だった。なんだいギルド部って……?

 

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