第六十話 ひとつの終わり


 俺はクラスに戻り授業へ戻る。二時間目からこなしていくが、休憩時間の合間を縫って話をするのは難しいので、みんなが聞きたそうな話は何もしていない。


 そんな午前中の授業が終わり、昼休みになると――


 「くっ……急がないと……!」

 「お、俺も! リューゼは……弁当だと……!?」


 今日も慌ただしくクラスを出ていくのはマキナとジャック。リューゼはというと――


 「よし! 飯食おうぜラース! 俺も今日から母ちゃんの弁当だ!」

 「あ、そうなんだ。引っ越しは終わったの?」

 「そうだなー。もうちょっとしたら領主邸は明け渡すぜ? 食堂はめちゃくちゃだけどな! 一応、もう今は母ちゃんと住んでいる居住区域の家から通ってるんだ」

 

 そう言って笑うリューゼ。ブラオがあんなことになったというのに明るいなと思う。そこへ兄さんがやってきた。

 

 「やあラース、話は終わったんだね?」

 「うん。こっち座っていいよ、ルシエールこっちにずれてもらっていい? ノーラの隣に座ってもらうから」

 「うん、どうぞお兄さん」


 ルシエールが俺にぴったりくっつくと、どこからか視線を感じる。まあ、いいかと弁当を広げていると、兄さんが椅子に座りながら俺に聞いてくる。


 「ありがとう。それで、どんな話だったの?」

 「んー、なんかベルナ先生がここの先生になるって話。それと、王都に来ないかって言われたよ」

 「え……」


 ガタガタ……


 直後、何気ないクラスに緊張感が走り、椅子と食べ物を持ってみんなが俺の周りに集まってくる。聞きたいのか……というかそんなに聞き耳を立てなくていいのにと思っていると、ノーラとルシエールが泣き出した。


 「ラース君、いっちゃうのー……?」

 「ま、まだ助けてもらったお礼もしていないのに……」

 「ちょ、ちょっと待って!? 大丈夫、俺は王都に行かないって!」

 「そうなの?」

 「マジか……お前なら王都でも十分やれると思うんだけどなあ」


 魔法の力を目の当たりにしているリューゼが卵焼きを口に含みながら首を傾げる。俺はふたりをなだめつつ、経緯を説明した。


 「――というわけで、学院を卒業するまではみんなと一緒だ。まあ、リューゼの親父さんを陥れるようなヤツだけど、これからも頼むよ」

 「良かったぁー! みんな、そういうことがあったら絶対行くよねって話してたからオラどっきりしてたんだ」

 「そうなの?」


 俺が来る前にそんな話をしていたらしい。王都の騎士を目指すマキナと、王都で踊り子兼役者を目指すヘレナは興奮気味だったらしい。


 「もし行くって言ってたら……アタシついて行ってたかも? キャハ♪」

 「国王様に迷惑かけるわけにはいかないから多分連れて行かないけど……」

 「ひどくない!?」

 「でも、僕、そんな凄い魔法使いのラースと一緒に居れるのは嬉しいかな? 色々教えてよ」

 「ああ、もうバレちゃったしみんなには教えるよ? みんなでなりたい職につこうよ」

 「「「おー!」」」

 「ふふ、仲がいいクラスだよね、僕のところは勉強第一みたいなところあるからなあ」

 「うん! デダイト君もラース君が弟で鼻が高いよねー。オラも友達一号として嬉しいー!」

 「……うん、そうだね!」

 「……兄さん?」


 ノーラの言葉に笑う兄さん。なんとなく違和感を感じて声をかけようとすると、入り口がガターン! と、けたたましい音を立てて開き、息を切らせたマキナが入ってくる。後ろにはべしゃっと倒れたジャックも見えた。


 「はあ……はあ……は、話を聞きに来たわ!」

 「いや、今ちょうど終わったところだけど……」

 「ええええー!?」

 「も、もう一回話をして欲しいかも! わ、わたし、またラース君と依頼を受けたい……」


 がっくりと項垂れるマキナにみんなで笑い合い、クーデリカが謎の主張をしてルシエールやマキナがそれに牽制をしていた。

 マキナとジャックのためにまた同じ説明をしつつ、そういえばルシエラが来なかったと思いながら昼休みが終わった。

 ブラオを陥れた俺としてはもう少し敬遠されるかと思ったけど、リューゼとクラスメイト達がいつもと同じ接し方をしてくれたのは素直に嬉しかった。


 「そんじゃまたな!」

 「ああ、また明日!」

 「じゃーねー♪」

 「ギルド行くときは言ってね……!」


 というわけで放課後となるが、今日はギルドへ行かず兄さんと真っすぐ家に帰る。ノーラは孤児院のお手伝いがあると言って途中で別れたので珍しく二人だけの下校だ。そして――


 「ラースは凄いなぁ、王都に呼ばれるくらい強くなったなんて」

 「いやあ、でも今回は間違っていたって反省しているんだ。焦ってたっていうか……もっと大きくなってからでも良かったんじゃないかなあ」

 「ううん。僕はそうは思わない。大人に、それこそ卒業するまで待っていたら、リューゼ君と友達になることは無かったんじゃないかな? きっかけは先生だったみたいだけど、ラースが波風を立てないで過ごしていたら嫌な態度を取り続けていたかもしれないしね」

 「兄さん……」


 意外でもなんでもなく、兄さんは頭がいい。俺を気遣っての発言だとは思うけど、そう言う可能性も捨てきれないなと思った。


 「まあ、もう無茶はしないよ。兄さんや父さん達に相談する」

 「そうしてよ。僕でできることは少ないかもしれないけどさ」

 「そんなことないと思うよ? 首席の頭脳は凄いと思うし」

 

 俺達は笑いながら丘を登っていく。ベルナ先生の家には行くと思うけど、通学でこの道を往来しなくなるのは少し寂しい気がする。そして屋敷も。


 そんなことを考えながら家へ入ると、大きな荷物を持ったニーナが出ていこうとしているところに遭遇する。


 「デダイト、ラース! ニーナを掴まえて!!」

 「ええ!? 兄さんそっち!」

 「うん!」

 「あ、ちょっとお二人とも離してください!?」


 大荷物を持ってはすぐに逃げられないニーナ。俺達が抑えていると、母さんがバタバタと近づいてきてニーナの自分の方へ向かせて喋りだす。


 「なんで出ていくなんて言い出すのよ!」

 「さっきも申し上げた通り、わたしはブラオのスパイだったんです。ここを出て、実家に戻ったらわたしを訴えてください。ラース様も退院されたし、もうわたしは必要ないと思います」


 ニーナはそう言い、振りほどこうとする。


 「俺が頼んだんだ、ブラオの告発を手伝ってくれって」

 「当然だと思ったからですよ……そんなことで、この十年を無かったことにはできません……」

 「でも、脅されていたんだし仕方ないよ。五年前にブラオの言いつけを止めたんだし、俺はもういいと思うけど……」

 「そんなことはありませんよラース様……罪は罪。わたしは償わなければならないんです」


 ニーナが笑いながら泣きだし、それでもという。俺は他にかける言葉が無いか探していると――


 「ふん!」

 「え?」


 母さんがぎゅっとニーナの体を抱きしめ、その後、


 パァン!


 と、ニーナの頬を力いっぱい引っぱたいた! 見る見るうちに真っ赤に腫れ上がるニーナの頬を見ると、母さんが本気で叩いたのだと分かる。そしてもう一度そっとニーナを抱きしめて――


 「いいのよ……もういいの。全部終わったことなのだから、ね? あなたは私達に不利になりそうなことは売買の件だけだったし、デダイトの毒殺にも関与はしていないんでしょ?」


 すると今度は父さんがニーナの肩に手を置いて優しく微笑み、言う。

 

 「君はちょうどその現場を見てしまい、黙っていなければ親御さんを殺すと言われた。……ブラオは失脚した。君を縛るものはいなくなったんだ。終わったことはいいじゃないか。俺達が君に、ここにいて欲しいんだよ」

 

 父さんの言葉に、俺と兄さんは顔を見合わせて頷き、わざと大きな声で言う。


 「あーあ、ニーナが居なくなったら部屋の掃除は誰がやってくれるのかなぁ」

 「僕達の着替えも、母さんじゃどこにあるかきっとわからないだろうね」

 「あんたたち!」

 「わ、わたし……いいんですか……ここにいても……大好きな皆さんと一緒に……暮らし――」

 「……いいの。あなたがここに居たいと思ってくれるならね」

 「わ、わだじ……う、うわあああああああ」


 ニーナは母さんに抱き着いたまま大泣きし、母さんが背中をポンポンと子供にやるように優しく叩いていた。

 落ち着いたニーナは、領主邸に戻ったらまたよろしくお願いしますと俺達に頭を下げて出ていくのを止めてくれた。


 「あ、ラース様」

 「なんだいニーナ?」

 「お部屋は自分で掃除した方がいいですよー?」

 「うへ……やぶへびだ……」


 目を赤くしたニーナに苦言を呈されるというオチがつき、みなで大笑いしたのだった。




 ――こうして、俺が果たそうとした復讐を巡るすべての因果は幕を閉じた。

 

 俺の家族のように、良いことに繋がったこともあれば、リューゼを不幸に近い状態へもっていってしまったこともある。迷惑をかけた分、俺はみんなが困っていれば必ず協力すると心の中で誓う。それが今回の罪滅ぼしになればと。


 そして、父さんが領主に戻った今、俺はこれからどういう生活になっていくのだろう? 期待と不安が入り混じる中、俺はゆっくりと眠りについた――

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