第五十九話 ラースと器用貧乏


 ――王都に来ないか。


 国王様の言葉で場が静まり、俺に視線が集中する。先生たちは微笑みながら頷き、国王様はニコニコ顔を崩さない。


 父さんと母さんは――


 「……ラース、私はあなたの意志を尊重するわ。寂しくなるけど、これはとても名誉なことだし、ね」

 「俺は……お前が国王様に認められたことは誇らしい。【器用貧乏】というハズレスキルでありながら、王都で国王様のために働くのはとても凄いと思うよ。寂しくなるけど」


 父さんと母さんは肯定派みたいだ。でも寂しくなるってふたり揃っていうのは正直すぎて苦笑してしまう。でも、俺は国王様に言われた時、すでに決めていた。


 「――俺は……王都には行きません。申し訳ありません」

 「……むう、理由を聞かせてくれるか?」


 国王様の言葉に俺は頷き、喋り始める。


 「俺はまだまだ未熟です。良かれと思ってやった今回のことですが、両親や他の人を心配させる結果になってしまいました。力があることは凄いことです。ですが、使い方を間違ってしまうと恐ろしいことになると気づきました。一歩間違っていれば、リューゼやブラオ、王子や国王様が死んでいたかもしれない。そんな俺が王都に行くのはまだまだだと思います」

 

 俺は今回の件で【超器用貧乏】がものすごいスキルだということに溺れていたと思っている。

 結局のところ、計画外であるティグレ先生や学院長、ハウゼンさんが来てくれなければ国王様達がどうなっていたかわからない。それもリューゼがティグレ先生に言ってくれたおかげであり、俺がやったことは証拠を手に入れて引っ掻き回しただけのような気がする。

 できたことと言えばレッツェルを倒せたくらいだろう。アレのインパクトが凄かった故のスカウトだ。思い返せば、ひとりでは……ほとんどなにもできていない。


 なぜ力があるのにこうなってしまったのか? ……それはきっと前世の部分に起因していると思う。俺は友人もおらず、ひとりで背負い込み、黙々とこなしていく男だった。

 弟は人に頼らずできる。お前にはそれができないのか? そう親に言われて生きてきた俺が『人に頼る』というごく自然なコミュニケーションが出来なかったせいなのだろう。

 

 だから――


 「今回の件は功績じゃないんです。むしろ失敗というか……。だから今は、学院でみんなと一緒に勉強したり競い合ったり、時には悩んだりして過ごしたいんです」


 俺がハッキリとそう言うと、目を瞑って聞いていた国王様は再度唸り、目を開けてから俺をじっとみる。やがてため息を吐き、肩を竦めて言う。


 「ふう……お前、本当に十歳か? 子供なら王都に行くと誘致すれば二つ返事で来ると思っていたんだがなあ。しかしその心、しかと受け止めよう。……だが『今は』と言ったが?」

 「はい。俺が学院を卒業する十五歳になるその時、俺が国王様のお役に立てるのであればよろこんで向かいます!」

 「うむ。それが聞ければ十分だ。まあ、オルデンもいるし、遊びに来てくれて構わんからな」

 「そんなことを言って、そのまま囲わないでくださいよ国王様?」

 「リブル、お前本当に昔から一言多いのう……」

 「学友として釘をさしただけですよ」

 「!? 学院長って国王様のお友達なんですか!?」

 「ふっふっふ、国王様は悪ガ……」

 「や、やめんか馬鹿者!?」

 

 学院長と国王様がまさかの同世代友人だったとは……それに国王様、やんちゃっぽかったみたいだし。学院長がストッパーで苦労していたって感じかな?


 「では、立派に育ててくれることを願うぞアーヴィング夫妻」

 「は、必ずや」

 「お任せください! とは言っても、私達は見守って叱って褒めるだけですけどね」


 父さんと母さんの言葉に満足すると、国王様は顎髭を撫でながら緊張した空気を払しょくしながら話し出す。


 「それにしてもハズレだと言われている【器用貧乏】であそこまでの強さを発揮できるとはなあ。リブレよ、どうしてこれがハズレなのだ?」

 「【器用貧乏】というのは『なんでもできる代わりに他のスキルを劣化したような能力しか発揮できない』と記されていましたな。ラース君のが特別なのか、他に秘密があるのか。百年前はどこかの王族が授かったとありましたが」

 「そうだったな。その男は何者にもなれず、国を追放されたとあったか。文献に残っているのは意地が悪いが、それほど使えなかったと考えるべきか?」

 「当時は王族から落ちこぼれがいるのを嫌っていた時代ですしね。その男に関わらないようにさせるためあえて言いふらすというのは考えられるかと」


 王族……なるほど、百年に一回しか授からないようなレアスキルだとあの司祭さんが言っていたから、レアだからみんな伝わっているのかと思っていた。けど、王族が触れ回っていたなら『使えない』と信じる人の方がきっと多い。

 ならこの十年使ってきた俺の意見を国王に伝えてそれを払しょくすることはできないだろうか?


 「横から口を挟み申し話ありません。当事者のお……私としてはこのスキル、『扱いが難しい』と思います」

 「ふむ、続けてくれ」

 「ありがとうございます。実際にもっていて思うのは、なにかを習得するのにとても努力が必要なのです。魔法ひとつとっても、最初は兄さんやノーラとほぼ同じで、時には負けているときもありました。しかし、何度も同じことを繰り返すことでどんどん上達していったのです。私が思うに【器用貧乏】とはなんでもできる代わりに成長の遅いスキルではないかと思います。……貧乏暇なし、という言葉がありますけど、器用貧乏にも『貧乏』という名がついているのは、きっと暇が無くなるくらい努力をしろと言いたいのかもしれませんね」


 多分、本来の器用貧乏とはそういうものなのだと思っての発言だ。

 これはこの世界に来てから考えたことだけど、なんでもできるけど一番になれないのは『その中からやりたいことを見つけろ』と言ってくれているんじゃないかと思ったんだ。

 色々やってその中から見つけたやりたいことを突き詰められる……器用貧乏って本当はそういうつかいかたなんじゃないかな?


 「面白い考察だな。もしそうであれば追放した王族は見る目が無かった、というわけか」

 「いえ、そうとも言えません。本当に努力が必要なので、自分にできないと思って折れてしまえばそこまでなのですから。だから私は追放された彼のためにも……このスキルを磨いてハズレではないことを後世へ伝えられればと考えます」

 

 俺がそう言って笑うと、その場にいた全員が頷き拍手が起こる。そのまま会議は終わり、国王様は城へ、ベルナ先生はティグレ先生と学院長に連れられ職員室へ行き、父さんたちも家へと帰る。


 ……いつか【器用貧乏】を授かる人に不利が無いよう頑張ろうと誓い、クラスへと向かうのだった。

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