第三十五話 収穫


 「ラース君を連れてきました」

 「おお、そうか! 入ってくれ!」


 ギブソンさんに連れられてとあるドアの前で太い声が返ってきて俺は緊張する。ギルドマスターって偉い人だよね? それにここにいる冒険者たちは気のいい人が多いけど、荒くれ者を取り締まる屈強そうなイメージが強いんだよね。

 そんなわけで、どうして俺に会いたいのかというのを含めて興味があったりする。ドアが開かれると、そこに灰色の髪に細身マッチョと言って差し支えない長身の男性が立っていた。

 俺と目が合うとすたすたと歩いてきて俺を抱っこして高く掲げる。


 「ええ、急に!?」

 「ははは! 君がラース君か! なるほど、その髪、顔立ちは父親にそっくりだな。俺はハウゼン、この『ギルバーグ』の町でギルドマスターをしている」

 「あ、ラース=アーヴィングです……って知ってるんですか? あと、降ろしてください……」

 「おお、そうだな」


 ハウゼンさんは俺が困った顔でそう言いうと、微笑んだあとソファの上に降ろされた。ギブソンさんが俺の隣に座り、ハウゼンさんが正面に座ると、話を続ける。


 「君を呼んだのは他でもない。ローエンさんの息子がギルドで依頼を受けているということを一年ほど前に聞いてね。一度会ってみたいと思っていたんだ」

 「とうさ……父を知っているんですか?」


 そこでハウゼンさんは一瞬考えこみ、意を決して口を開いた。


 「……今はあの丘の上に住んでいる、そうだな?」

 「ええ」

 「ラース君に教えているかどうか分からないし、言っていいものか分からないけど、ローエンさんは十年以上前はこの地方の領主だったんだよ。彼が領主だったころ、世話になった人も大勢いる。俺もそのひとりで、別の町から流れてきた俺がこうしていられるのもローエンさんのおかげなんだ」


 おっと……まさか父さんの過去を語ってくれる人が出てくるとは思わなかった。それもギルドマスターとは驚くばかり。両親に過去のことを聞く免罪符が出来たと思い俺は情報を引き出せないか会話を続ける。


 「そうだったんですか……? でも今はブラオ……さんが領主ですよね? どうしてなんでしょうか」

 「君にはお兄さんがいるね? お兄さんが二歳の時、病を患って大金が必要になったんだ。領主たる貯蓄を全て使い果たしてしまいこんなことになってしまったんだよ」

 「……でもそのおかげで兄さんが助かりましたし、良かったです!」


 本当はその大金を積んでも助からなかったんだけどね。母さんのおかげであることは知らないだろうからそこは黙っておき、俺はひとつ気になっていたことを尋ねてみる。


 「大金を積んで領主を降ろされたのはわかったんですが。……なぜ、ブラオが次の領主になれたんでしょうか? あ、言い方が悪いですね。次の領主はどうやって選ばれるんですか?」


 ここの質問、俺にとってはかなり重要で、お金は必要であれば稼ぐことができるけど、どうやって領主になるのかが分からないのは致命的だ。

 ブラオより稼ぐだけで良いというのであれば、悪人でも領主になれてしまうことになる。すると、ハウゼンさんは渋い顔をして俺に告げる。


 「……一定以上の資金を持っていて、町民からの選挙で決まる……ってラース君いくつだっけ?」

 「十歳ですけどなにか問題が?」

 「ああ、いや、わかるかなと思ってさ。選挙っていうのは『領主になりたい』という人が町の人たちから受け入れられて、国から派遣される審査の人間が認めれば領主になれるんだ。だからブラオは選ばれたってことだね」

 「ふうん」


 なるほど、本当に選挙ってことか。わざと興味なさそうな返答でよくわからなかったというアピールをすると、ハウゼンさんが苦笑して言う。


 「やっぱり難しかったかな? まあ、そういうことで、ローエンさんは領主じゃない。でも、元々評判のいい領主だったからお父さんを誇ってもいいと思うけどな」

 「うん! 俺、父さん大好きだよ。あ、もし領主になりたいという人がいっぱいいたりしたらどうなるの? あと、領主に期限はあるのかなあ」


 しれっとつっこんで聞いてみると、隣のギブソンさんがにこりと笑って答えてくれた。


 「お、いい質問だね。いっぱいいた場合は町の人がなってほしい人に投票するんだ。多数決で決まるから、町の人と仲良くなっていたり、良いことをしていれば票は集まりやすいよ。任期は三年に一回更新が入る。貯蓄額チェックはもちろん、領主になろうとする人が手を上げたら選挙に。ブラオさんが領主になってから手を上げる人もいなかったし、貯蓄額も問題なかったから続投しているってわけさ」


 ふむふむ……なろうと思えば更新時期を狙うべきか。兄さんが死にかけたのが十年前で、そこから三年更新となると、次の更新は二年後。その時までに一千万を貯める必要があるのか。

 ……できれば、兄さんを殺そうとしたという証拠を持って失脚させたい俺としては、更新時期を狙うのは美味しくない。それに一千万なんていつ貯まるかもわからない。

 だけど、これで指針ができたし、父さんたちに問いただすこともできるわけだ。ようやく兄さんに隠し事をしなくてすむかと胸をなでおろす。するとハッとしてハウゼンさんが声をあげた。


 「すまない! こんな話を聞いても面白くないよな!? 君の父さんが立派だったって話をしたかったんだ! それにギルドの雑用を引き受けてくれているともギブソンから聞いた。本当にありがとう」

 「そんな、依頼があればやるのはお仕事ですから。お金もちゃんともらっていますしね!」

 「はは、しっかりしているのはマリアンヌさんに似ているんだな!」


 そう言って笑い、そのあと少しだけ話してから俺はギルドを後にした。お婆さんの依頼は明日にしよう。


 そしてその夜――


 「ねえ父さん。ギルドマスターから聞いたんだけど、父さんって昔領主だったんだ?」

 「ブー!?」

 「ちょっと汚いわよあなた!?」

 「ラース、それ本当?」


 兄さんが目を丸くして驚いていたので俺が頷くと、父さんがお茶を飲んでから珍しく不機嫌そうに口を開く。


 「……ハウゼンのやつめ、俺の許可なしに息子に勝手なことを吹き込みやがって……」

 「まあ、嘘じゃないからいいじゃない。ハウゼン、あなたのこと凄く尊敬しているって言ってたしね」

 「それはそうだけど……」


 母さんが懐かしいわねと魚のムニエルを食べると、兄さんが少し興奮気味に言う。


 「そうだったんだね! 僕、学院へ行きだしてから、お金があまり無いのになんで家が広かったりニーナみたいなメイドがいるのか不思議だったんだ。でも、これですっきりした!」

 「俺もだよ。やっぱり兄さんもおかしいと思ってたんだ?」


 俺が言うと苦笑しながら頷く兄さん。だけどそこで父さんが真顔で俺達に言ってくる。


 「昔はそうだったとしても、今は違う。だから間違っても『貴族』だとか言って偉そうにするんじゃないぞ? それに俺は今の暮らしも気に入っているしな」

 「もう領主になるつもりはないの?」

 「……! ……そう、だな。もうこりごりさ、はははは!」

 

 だが、一瞬考えこんだ父さん。どういう想いだったのか知る由もないけど何かあるのだろう。


 そして五年でまだこの程度の情報しかないことに歯がゆい思いをしているのも事実。だけど一つずつ紐解いていくことがきっと最善なのだと思う。

 

 「(兄さんを殺しかけた証拠、か)」


 もうないだろうとしても諦められない俺であった――

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