第七話 器用でも貧乏なんです
「それで【超器用貧乏】ってどういうものなの?」
元・俺の部屋なので勝手知ったるという感じでデスクの椅子に座りレガーロへ尋ねる。当の本人はコーヒーの入った湯飲みをどこからともなく出し、ズズ……と田舎の年寄みたいな飲み方をしながらしゃべり始める。
『まあ、難しいことはないんですがね? その名の通り【器用貧乏】ですから、やろうと思えばどんな作業や仕事も平均的にこなせるんです。だけど、前世でのあなたが痛感したように、ある一定までの能力しか発揮できません』
「うん。それはわかるよ。だから焦点は”超”の部分がどういうことなのかってところだよね」
『話が早くて助かりますよ、三門 英雄さん』
「……その名前はいい思い出がないからやめてくれ」
顔が苛立ちでゆがむのが自分でもわかった。するとレガーロはくくっとおかしそうに笑い、話を続ける。
『失礼失礼、話が逸れましたね。で、【超器用貧乏】は、その”ある一定”の上限を超えることができるようになるんでさぁ』
「ふーん……。って、上限!? 器用貧乏ってある一定から発揮できなくなるの!?』
『まあ、一部語弊がありますけど、ほとんどの人がそうじゃないですかね? ほんのあと少し努力すればもしかしたら一つ上にいけるかもしれないのに、あと一歩を踏み出さない、とかですねえ』
などと深いことを言うレガーロ。
……言われてみれば、俺も弟を対比にして『これ以上は無理だ』と諦めていたような気もする。俺は苦い顔をしていたのだろう、レガーロが慌てて手を振りながらぺこぺこと頭を下げる。
『ああ!? いえいえ!? ラースさんは頑張っていましたよ! ただ、相手が悪かったんです。俗にいう天才ってやつですからね、元・弟さん。あの時点で、あなたの能力は相当なものでした。だから授かった能力がただの器用貧乏ではもったいないと思ったんです、はい』
「やっぱり俺のスキルはレガーロが授けてくれたんだね。兄ちゃんや他の子たちも?」
俺がそう問うと、レガーロは困った顔をして答えてくれる。それは割とショックな話だった。
『基本的に子供が授かるスキルはランダムですねえ。ある程度性格なんかに左右されますが。今回、アタシはラースさんに干渉しましたけど、本来はそういうシステムなんでさぁ』
「システム……? ということはそれを作った神様みたいな人がいるのかな?」
『いえ、居ません』
きっぱりと正座してそう言う。
「いない……?」
『あ、ちょっと言い方が悪かったですねえ、神様は居なく『なった』みたいです。アタシはむかーしちょっと悪さをして封印されていたんですが、最近期限がきたらしく目を覚ましたんです。そしたら神様はどこにもいなくなってました』
「なんでだろう……」
『さあ? 悪魔のアタシにはそこんトコロはなんともですねえ。神様って飽き性だったり、変な性格だったりしますからねえ。まあ、それは置いといてスキルの話に戻りましょうか』
あまりスルーしていい話でもない気がするけど……俺の知るところでもないかと思い、うなずく。
『ラースさんの【超器用貧乏】は先ほど申し上げた通り、どんなこともいっぱしになれます。魔法も剣も。それこそあのクソ生意気な子供の【魔法剣士】なんて鼻で笑っちゃうくらいのレベルになれますよ』
「それはすごいね! 努力すればいくらでも上手になれるんだ!」
努力なんて屁でもない。それくらい前世では色々尽くしてきたのだから。苦労が報われると分かっていれば興奮するのも当然である。だが、人差し指を立ててレガーロが渋い顔をする。
『ま、ひとつだけ注意点がありまして、通常のお仕事ならそれでいいんです。例えば鍛冶を何度もやっているといつの間にかスペシャリストになる、というのが恐らくラースさんの考えているところだと思います。一応それは答えとして五十点で、魔法や剣といった直接的なものはそれでいいですが、例えばお父上のような【豊穣】、兄上の【カリスマ】といった感覚的なものは無理ですのでご留意を』
なるほど、精神的なものや内包する力は無理なんだ。でも『使い方がわからない』ならそういうもんだと納得する。
「目に見えないスキルは仕方ないよ。どうせ仕事に繋がる力を手に入れるだけだし、それで十分さ。それこそ冒険者とかもいいだろうしね」
『あなたならそう言うだろうと思っていましたよ。前世は見ていて不憫でしたからねえ』
「見てたんだ……」
『ええ、ええ。……あなたが亡くなられた後の一家がどうなったのか知りたいですかね?』
悪魔っぽいいたずら顔を覗かせて俺に聞いてくる。が、少し思案したのち首を振ってそれをお断りする。
「いいよ、気にしても仕方がないしね。俺はもうラース=アーヴィング。父ちゃんと母ちゃんの息子だ」
『えっへっへ、そうですか? ま、そうおっしゃるなら仕方ありませんや。というわけで色々と脱線しましたがスキルについては以上です。何か質問はありますか?』
「うーん、いや、いいよ。【超器用貧乏】を授けてもらっただけで十分だよ。後はこれで父ちゃんたちを楽させるために頑張るよ」
『わかりました。アタシも自由になった身なので、もうラースさんと会うことはないでしょう』
「そっか……色々教えてくれたのに、それは寂しいね……でも、ありがとう」
俺がそう言って手を差し出すと、レガーロはにっと笑って握り返してきた。人間も神も悪魔も、実はそんなに差はないのかもしれないな、と思いながらふと気になったことを聞いてみる。
「そういえば君は何をしたんだい? 悪さって――」
『あー、時間切れですねーえっへっへ、それではラースさん、良い人生を――』
棒読みで言葉を発するレガーロの顔を見ると、ぐにゃりとその姿がゆがみ、強烈な眠気が襲ってきた。
「う……君、いったい……」
『えっへっへ、それでは……』
その言葉を最後に、俺は意識を失った。
結局、レガーロのことは悪魔だという以外何もわからなかった。もう会うこともないと言っていたから、気にする必要もないかとは思うけど、どうにも引っ掛かるんだよなあ……
◆ ◇ ◆
ラースの姿がフッと消えた後、レガーロは部屋で一人正座をして冷え切ったコーヒーをくいっと飲み干して一息つく。
『くっく、色々と疑問はありそうでしたねえ。アタシは悪魔ですよ? この姿ではもう会うことはないでしょうが、他だったらどうですかねえ……』
ゴトリ……
次の瞬間、湯飲みが部屋に落ちる音が響き、そこに誰もいなくなったのだった――
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