第三話 五歳になっていざゆかん


 「ふうふう……父ちゃんこれでいい?」

 「はは、ありがとうラース。とても助かっているよ」

 「僕もー!」


 とある夏の日、俺達は裏山に作っている父ちゃんの畑仕事を手伝っていた。三歳ともなれば動き回れるが、体力は相応なのですぐにへたり込んでしまう。

 それでも麦わら帽子をかぶった俺とデダイト兄ちゃんは頑張ってナスビやトマトを収穫し籠に入れていく。


 「(見事な野菜だなあ……)」

 

 どの野菜も出来栄えが良く、栄養もありそうだった。すると兄ちゃんがトマトを手にしてにこっと笑う。


 「お父さん、食べていい?」

 「おお、いいぞ! よく洗ってっと」

 「あ、おれも!」

 「母さんには内緒だぞ?」


 そう言って笑う父ちゃんにふたりで頷き、トマトに齧りつく。……前世でもこれくらいの年の時は仲が良かったなと少しだけしんみりする。

 

 「ん? どうしたラース?」

 「ひっ……」

 「ど、どうした?」


 頭を撫でてこようとした父ちゃんの手を一瞬、無意識に避けていた。弟のことを思い出したからか、昔、よく叩かれていたことがフラッシュバックしたのだ。

 父ちゃんが困った顔をしたので俺は慌てて笑顔を作り、トマトをかじる。


 「な、なんでもないよ! トマトおいしいね!」

 「そうか? ま、俺が育てた野菜だからな!」

 

 すると――


 「ラース」

 「え?」


 何故か兄ちゃんが俺をぎゅっと抱きしめてきた。何がなんだかわからないけど、背中をぽんぽんと叩いてくれた瞬間、俺は涙があふれだした。


 「う、うう……うああああん!」

 「ええ!? どうしたんだラース!? デダイトなんかした!?」

 「ううん。でも、なんかラースが苦しそうだったから」


 感情の機微は子供の方が聡い、ということだろうか。三歳の俺に大泣きは体力を使うため、いつの間にか俺は泣き疲れて眠り、気づいた時には夕飯どきだった。

 ご飯を食べ笑い、ニーナを兄ちゃんとからかいながら風呂に浸かると、俺は自室でひとり、大きな月を見ながらひとり呟く。

 

 「この一家となら、今度こそ俺の願う暮らしができるかな?」


 いや、きっとできる。そう確信した俺はなんとなく顔がにやけてしまう。神様のいたずらでも悪魔の所業でもなんでもいいが感謝したい!


 「ありがとう神様! ありがとう!」


 でもこういうときはやっぱり神様だよねと俺は感謝を口にする。すると――


 『あいよー』

 「え?」


 何か今、気の抜けた声が聞こえたような……?


 「誰かいるの……?」

 

 夜の暗闇に恐る恐る声をかけてみるが、返事はなかった。いや、つい尋ねてみたけど返事が返ってきた方が怖いことに気付き、俺は窓を閉めて布団へと潜り込む。そこで、ふと今日のことを思い返す。

 

 「そういえば……」


 父ちゃんの野菜、明日売りに行くんだっけ? いつも俺達兄弟は留守番で、連れて行ってはくれないのだ。

 今日の収穫からすると結構な金額になりそうなものだけど、どうしてお金がこうもないのだろうか?

 だが、今の俺にはできることがない……早く俺も仕事をして家計を支えたいと思う。前世で数だけは仕事をこなしてきたのだ、きっと役に立つはず――

 

 「むにゃ……」


  

 ◆ ◇ ◆ 



 ――そんなこんなで俺はついに五歳になった。兄ちゃんは七歳で、相も変わらず仲良しで嬉しい限り。あれから変わったことと言えば、兄ちゃんのやんちゃ度合いが下がり、俺と一緒に本を読みだしてから勉強に目覚めたことである。父ちゃん譲りの銀髪のイケメンに成長しつつあり、インテリな職業につきそうな気がするね。


 「いってらっしゃい!」

 「後で僕に教えてくれよ!」

 「うう、わたしみたいに【裁縫】みたいな地味なスキルじゃありませんように……!」

 「あはは、ニーナのアップリケとか俺好きだからそういうのもいいと思うけどね! お金になりそうなスキルだったらいいなあ」

 「この子ったら、最近お金のことばっかり言うのよね」


 母ちゃんが腰に手を当てて口を尖らせて不満げに言う。まあ無理もない……五歳になってから俺はスキルでお金を稼ぐんだとずっと言っていたからだ。もちろん学院へ行くためのお金も欲しいからという自身の野望も含めてだけど。

 母ちゃんは子供は気にしなくていいと俺を抱っこしてにこにこ笑っていたからこそ、俺は母ちゃんに楽をして欲しかったから。そうすれば夜遅くまで傷薬を作る必要もなくなるはずだからね。


 「それじゃそろそろ行くよ」

 「いってきまーす!」


 俺は父ちゃんに連れられて町へと向かう。丘から見下ろす町は見ていたが、実は五歳になるまで町へ行ったことは無かったりする。一度だけ野菜を売りについていきたいと駄々をこねたことがあるけど、お仕事だからダメだとやんわり断られた。

 兄ちゃんもスキルを授かる儀式以外で町に来たことは無く、俺はワクワクしていのだが――


 「こんにちはー」

 「ああ、こんにちは。……さ、仕事仕事……」


 「野菜、また持ってきておくれ」

 「母さん! あ、ローエンさん、ちわ……」

 

 と、道中何人かと挨拶を交わしたけど、どこか町の人達は父ちゃんに対してよそよそしかった。無視されていたり嫌がらせを受けているわけではないけど、どことなく『あまり関わるな』というオーラが出ている気がした。


 「さ、ここが聖堂だぞ! いやあこの瞬間はいつ来てもドキドキするな。俺も五歳のころは世話になった」

 「そういえば爺ちゃんと婆ちゃんって見たこと無いけどいるの?」


 ふと、何となく父ちゃんも子供だったんだと思うのと同時に、じゃあその父ちゃんの父ちゃんは? となって聞いたのだが、その瞬間――


 「……ああ、その内にな」

 「父ちゃん?」


 物凄く寂しそうな顔をして俺の頭を撫でて笑った。母ちゃん方の両親もいるはずだけど、どうも語りたくなさそうだ。

 とりあえずあんな父ちゃんの顔は見たことないなと思いつつ、話題を変えようと周囲を見渡すと、隣に大きな熊のぬいぐるみを抱えた女の子がいることに気付く。


 「やあ、君も五歳? ってそうだよね、だからここにいるんだし」

 「うん」


 それだけ答えて頷くと、熊のぬいぐるみに顔の半分を埋めて黙りこんでしまう女の子。ピンクのリボンに、さらっとした水色の髪の毛がストレートに肩まで伸びていて、髪と同じ水色の目で俺をじっと見ていた。

 

 「(可愛いな)」


 前世では仕事づくめで彼女一人も居なかったけど、いつかできる日が来るだろうか? 目の前のこの子は成長したらきっと美人になると直感が告げる。

 だけど、女の子とほとんど話したことが無い俺にはなかなか難しいミッションだ。


 「あ、あの――」


 「わっはっは! 集まっておるのう。じゃが、ウチのリューゼが一番良いスキルを授かる。すまんのう」


 と、勇気を出して声をかけようとしたところで、待合室にデブいおっさんが下卑た笑いをしながら入ってきた。隣には目つきの悪いツンツン頭の男の子が不敵な笑いをしながら子供達を威嚇する。


 「(身なりがいい……貴族ってやつかな?)」


 俺がそう思っていると、デブいおっさんが父ちゃんを見てニタリと笑いながら近づいてきた。

 

 

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