第50話 ゴブリンの巣
一夜明けて、俺達は予てから受注していたクエスト、ゴブリン討伐へ向かうことにした。
場所はリターナ近郊のメナスの森。
その森の中でゴブリンが巣を作り始めているという。
今回はその巣の破壊が目的だ。
「ホントに……大丈夫?」
森の中に足を踏み入れて早々に、後ろから付いてきているエリスが不安の声を上げた。
「ボク……魔物と戦ったことほとんどないよ?」
「それなら問題無い。実戦で覚えるのが一番分かり易いからな」
「えぇ……」
エリスは泣きそうな顔を見せる。
「大丈夫だ。今回のクエストは俺とアリシアだけでも充分こなせるものだからな。エリスは冒険者というものを実際にその目と体で感じるのが今日の目的と思っておいてくれればいい」
「う、うん……」
ゴブリンというものは、種ゴブリン一匹を中心として通常四、五十匹で巣を作る。
種ゴブリンというのは人間の女を孕ませ、種を増やす役割がある。
その為に他のゴブリンは女をさらってくる役目を担っている。
そんな成熟仕切った巣穴だとDランクぐらいのパーティでも油断すれば危険な場合がある。
だが、今回はまだ巣が出来はじめている初期の段階という話なので、Fランクに仕事が回ってきたという訳だった。
依頼の通りであれば種ゴブリンが一匹に、その取り巻きが多く見積もってもせいぜい五、六匹といった所だろう。
その程度であれば危険は無い。
ましてや覚醒した裁縫スキルと、魔法剣を持った翼人がいるのだ。
安全に対しての充分な余白は取ってある。
エリスが心配するほどのことではない。
彼女に任せられる場面があったら、練習の為にも少しやらせてみるのもいいだろう。
そうこうしている内にゴブリンの巣と思しき場所へ到着した。
木々が覆い繁る中に大きな岩山がある。
その袂に自然に出来たと思われる洞穴が口を開けていた。
ゴブリンはああいった薄暗く狭い洞窟を好む傾向にある。
ここまで歩いて来る間に、そういった場所は見受けられなかったので、そこに巣を作っている可能性が高い。
行ってみる価値はあるだろう。
「入るぞ」
「はい」
「……」
アリシアはコクリと頷き、エリスは緊張した顔をしていた。
洞穴の入口の壁に張り付き、中の様子を探る。
その辺りにはゴブリンの気配は無い。
そっと内部を覗くと、結構奥深くまで穴が繋がっているように見える。
「これはゴブリンが掘り進めた穴だな……。もうここまで掘られているということは、既にある程度の規模に膨れ上がっているかもしれないな」
「っ!?」
それを聞いたエリスはブルッと体を震わせた。
「どうしますか?」
アリシアが聞いてくる。
「まあ、問題無いだろ。このまま予定通り遂行する」
「承知しました」
「ええー……」
俺達は巣穴の中に足を踏み入れた。
狭い洞穴の中を先頭にアリシア、次に俺、そしてエリスの順で進む。
こう狭くてはアリシアの翼は生かせないし、エリスの弓矢も使いづらい。
出来るだけ固まって行動をするのが得策だろう。
中は蟻の巣のように迷路になっていた。
細い道を何度も折れ、奥へと進んで行く。
明かりは糸の先に
途中、連れ去られた人間と思しき腐敗した死体をいくつか発見したが、それ以外は敵らしい敵と遭遇することはなかった。
そのまましばらく進むと、唐突に目の前が開けた。
洞窟とは思えない広い空間が広がっていて、天井も高い。
恐らく、ここが巣穴の最奥だと思われる。
ということは……。
俺達は岩陰に身を潜め、先を窺う。
するとそこには、緑色の肌を持った集団があった。
ゴブリンだ。
装飾品を身に付けた一際大きな一匹の前に、多くのゴブリンが集まっている。
二、三十はいるだろう。
言われていた数よりはだいぶ多いが、最大規模というわけでもなさそうだ。
ゴブリン達の前に立ち、ゴブリンの言葉で何か演説をしているのが多分、種ゴブリンだろう。
人さらいの指示でもしているのだろうか?
ともかく、この程度の規模なら一度に掌握出来そうだ。
「三十秒で片を付けるぞ」
「はい」
「さ、さんじゅうびょう!?」
驚愕するエリスを他所に俺とアリシアは動き出す。
まずは糸を一斉に放射する。
見えないそれが、ゴブリン達の胸へと次々と突き刺さり、心臓を絞め上げる。
「ギギッ……!?」
一匹が異変を感知して苦悶の声を上げると、それが周囲に伝播し始める。
「ギョギョギョッ!?」
「グゴゴゴッ!?」
「グキィッ!?」
その場に居たゴブリン達、全てが胸を押さえて苦しみ始める。
人間であれば、そのまま心不全を起こして死亡してしまうだろう。
だが、ゴブリンの生命力は強い。
苦しみながらもしばらくは生命を維持出来る力を持っている。
だから、この苦しんでいる間が最大の隙だった。
「アリシア!」
「はいっ!」
俺が叫ぶと、彼女は素早い動きでゴブリン達の首を次々にはねて行く。
まるで野菜のようにサクサクと斬り飛ばして行けるのは、高熱を発する剣のお陰だ。
落ちた首は焦げた肉の臭いを辺りに立ち籠めさせる。
そんな最中、
「ギギィッ!」
苦しみから暴れ出した一匹がエリスに襲いかかった。
「わわっ!?」
「エリス!」
強く名を呼ぶと、彼女は咄嗟に持っていた弓矢を放った。
「ギャッ……!!」
矢は見事、ゴブリンの額に突き刺さり、彼女の足下に死体が転がる。
「お見事」
「え……? あ……」
自分でやったことに遅れて気付いたようで、呆然と矢が刺さったゴブリンを見つめていた。
エリスがそんな事をしている間に、アリシアは三十は居たゴブリンを一気に切り伏せていた。
そして最後に種ゴブリンの首をもはねる。
その一連の動きはとても鮮やかだった。
「グギャァァァッ……!」
種ゴブリンが断末魔の叫びを上げると、真っ二つに裂けた巨体が地面に転がる。
それでジャスト三十秒だった。
「終わりました」
「良くやった。ご苦労」
彼女は満足げな笑みを浮かべた。
「エリスもな」
「へ? あ……はは……」
エリスは本当に最初の宣言通り、三十秒で終わらせてしまったことに驚いている様子だった。
「さあ、ターゲットは倒したことだし、証拠となるようなものだけ貰って帰ろうか」
「そうですね」
出る時に、新たに巣を作らないよう洞穴の入口を塞いでおいた方がいいだろうな。
ともあれ、やる事をやってしまおうか。
ゴブリンはその尖った耳が証拠品となる。
そいつを削いで持ち帰ろう。
そう思い、ナイフを取り出そうとした時だ。
「グゲゲゲ……」
「っ!?」
低い呻き声が洞窟内に響き始めた。
倒したはずのゴブリンの首が声を上げているのだ。
生命力の強いゴブリンなら、声を上げるくらい首だけになっても有り得ることだろう。
しかし、目の前で起きていることは、そんな生温いものではなかった。
はねた筈の首が転がるように体へ戻って行き、再びくっつき始めたのだ。
それは次第に数を増やし、瞬く間に全てのゴブリンが起き上がり始める。
しかも、緑色だったその肌が、みるみるうちに真っ黒に染め上がって行くではないか。
「この感じは……」
俺はその黒い皮膚で思い出す。
あの時の……
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