第33話 ニヴルゲイト


 森へと墜落した俺とアリシアは、バキバキと音を立てながら幾つもの枝をへし折り、こんもりと繁った草むらの中へと転がった。



 着地と同時に衝撃を受ける。



「つっ……大丈夫か?」

「ええ……私はなんとも。ルーク様こそ、どこかお怪我はないですか?」

「俺も平気だ」



 すかさず状況を確認し合う。

 互いに怪我は無さそうだ。

 これも彼女の絶妙な飛行技術に寄るところが大きいだろう。



 ファイアブレスの熱風に煽られながらも、木の幹への激突を避け、小枝をクッション代わりにして滑り込むように着地したのだから、素晴らしい反射神経と運動能力だ。



 彼女でなかったら、どこか痛めていてもおかしくはなかっただろう。



 それにしても……あの黒怒竜ニーズヘッグ……。

 足止めくらいは――と思って手を出したのが間違いだった。



 端からそんな対象ではないと分かっていたのに、欲が出た。

 お陰でこのざまだ。



 しかし、やってしまった事を悔やんでも仕方が無い。

 それよりも、これからの事だ。



 そう思った矢先だった。



「キイィィウェグォォッ」



「!?」



 不快な咆哮が辺りに響き渡った。

 大きな影が森の中を駆け抜ける。



 俺とアリシアは咄嗟に繁みの中へと身を隠した。



 草葉の合間から頭上を見上げると、森の上空に数体の翼竜ワイバーンが旋回しているのが見える。



 恐らく、俺達を探しているのだろう。



 あれに見つかるという事は、同時に黒怒竜ニーズヘッグにも場所が割れるということだ。

 そうなっては今度こそ逃れられない。



「これから、どうしましょう……?」



 俺が思った事と同じ言葉を身を寄せていたアリシアが口に出した。



 アーガイルに逃れるにしても、この森から出た時点で奴らに見つかる。

 だからといって打って出るのは論外だ。



 何か打開の道に繋がるのであれば、それも策の一つに入るやもしれないが今の所、何も見つからない。



 それに他の冒険者達のことも気掛かりだ。



 こういう時は頭脳は多くあった方がいい。

 どこかへ逃げ延びているのであれば、合流して打開策を練ることも出来るのだが。



「ともかく、この辺りは遮蔽物が少なすぎて奴らに見つかり易い。どこか身を隠せる場所を探そう」

「そうですね。分かりました」



 彼女と共に木陰から木陰へ、身を潜めるように移動を開始する。



 そうやって森の中をしばらく彷徨っていると、前方に穴のあいた岩場を発見した。

 洞穴だ。



 周囲には岩場自体を覆い隠すように木々が覆い繁っている。

 これならば空からも目立たないだろう。



「あそこがいい」



 俺達は縋るような思いで洞穴に近づき、中を覗く。



 内部はそんなに深くはなかった。

 ちょっとした小部屋くらいの空洞があるだけで、すぐに行き止まりになっている。



 だが、身を隠すだけなら申し分ない広さだ。



 ともあれ、一休みしよう。

 そう思って足を踏み入れた直後だ。



 入口の真横から銀色の剣が伸びてきて、俺の喉元に突きつけられる。



「……っ!?」



 もしや、野盗の寝床だったか?



 真っ先に頭を過ったのはそれだった。

 が、しかし、その剣はすぐに下ろされた。



 そして――、



「ルーク殿! 無事だったか」



 聞き慣れた声と顔が陰から顔を出す。



 それは聖騎士長エーリックだった。



「アリシア殿も無事で何より」



 彼は俺達を洞穴の中へと招き入れる。



 エーリックもまた、命辛々この場所へ逃げ込んだのだという。

 しかし、この洞穴には彼一人しか見当たらなかった。

 当然、気になるのは他の冒険者や兵士達のことだ。



「他の者達は?」

「……」



 彼の無言が全てを物語っていた。

 しかし、ゆっくりと口を開く。



「全滅だ……。全てが焼き尽くされるのは一瞬だった……。恐らく一人も生き残ってはいないだろう。幸か不幸か、私だけが生き延びてしまった……」



 彼は悔やんでいた。

 将来有望な部下達を亡くしてしまったことを。

 不十分な調査で、冒険者達を巻き込んでしまったことを。



「別にあんたが苦しむようなことじゃないだろ」

「ああ、分かっている。だが……」



 どうにもならないと分かっているのに、それを一人で抱え込もうとする。

 この人は聖騎士長という座にありながら、優しすぎるのかもしれない。



「そんなことより、この状況を如何にして脱するか? それに神経を割いた方が建設的なんじゃないのか?」

「ああ……そうだな」



 エーリックは納得して、地面に腰を下ろす。

 そこで俺は彼に聞きたい事があったことを思い出す。



「そういえば……あんた、あれをニヴルゲイトと呼んでいたが、何か知っているのか?」

「ああ、少しだけな」



「……少し?」

「あれは異界と、この世界を結ぶ門みたいなものだ」

「異界……」



「この世界では、どこでも見かけることが出来る魔物……。それは皆、あそこから生み出されているんだ」

「な……」



 そんな話、初めて聞いたぞ……。

 それが本当の話なら、とんでもない事だ。



「しかし、ニヴルゲイトは神出鬼没……。ふとした時に現れる。いつどこに出現するのかは誰にも分からない」

「ということは、一つや二つじゃないってことか」

「ああ、そういうことになるな」



 だが疑問が残る。



「なぜ、そんな事を知っている?」



 すると彼は遠い目をした。



「幼い頃に偶然、戦いの最中にある勇者に出会ったことがあってな。彼から聞いた話だ」



 そこでエーリックは、だが――と続ける。



「あのゲイトからは出てくる魔物は、私達が普段目にしている魔物とは少し違うようだ……」



 確かにそれは言えている。

 黒い鱗を持つ翼竜ワイバーンは初めて見るものだし、黒怒竜ニーズヘッグに至っては伝説上の魔物だ。



 しかし、腑に落ちない点がある。



「あんた、あれを目にした時、黒怒竜ニーズヘッグと呟いていたが……なぜそれを?」

「前に文献で読んだ姿とそっくりだったからだ。だからあれが本当に黒怒竜ニーズヘッグなのかは私にも分からない」



 特に何かを知っているという訳ではなく、俺と同じということか……。



「話がだいぶ逸れてしまったな」

「いいや、お陰で少し心が落ち着いた」



 エーリックは部下や冒険者達を失ったことを、まだ引きずっているようだった。



「じゃあ、ここから生きて帰る為の方法を考えようじゃないか」

「ああ」



 俺がそう提案した直後だった。



 ザッ、ザザッ



 複数の足音が洞穴の入口から聞こえてきたのだ。



「……!」

「魔物か!?」



 アリシアとエーリックが剣を抜き放つ。

 俺も魔力を指先に集中させた。



 しかし、洞穴の中に入ってきた者達を目の当たりにして、俺達は手を下ろした。



 それは見慣れた存在。

 ゲイツ達、蒼の幻狼のパーティだった。



 そして、ラルクが入口の壁にもたれかかり、こう言った。



「その話、俺達にも乗らせてくれよ」



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