第13話
暗闇から、声が聞こえる。
「楽しかった? 頼れるお姉さん役は」
女の人の声。
聞き覚えのある、毒気を孕んだ優しい声。
「でも意外だったなぁ。自分にも他人に関心のないあなたのことだから、あんな迷子、歯牙にも掛けないと思ってたのに。ま、私としては一石二鳥だけどね。近頃のあの子は、ずっと
これは水泡の音だろうか。
エアレーションから酸素が送り込まれるような、あるいは、サージカルドリルで頭蓋に穴を開けられているような。そんな冷たい機械音。
「それにしても、かっこよかったな。『あなたが助けてと言ったから』なんて、まるで正義のヒーローみたい。でも……私は知ってるよ? それがあなたの本心じゃないってこと。あなたはただ一人が嫌だっただけ。あの子が困っているのを利用して、自分が楽になりたかっただけ。弱者を助ける正しい自分に、酔っていたかっただけなのよ。でしょ?」
そんなどうでもいいこと、なぜわざわざ話すのだろう?
どうせ消えてしまう世界なのに——
それに、
いや……ただ一人だけ、いた。
助けを乞うたわけでもないのに、あの人は私を助けてくれた。
それでも、私が何も聞かなかったのは——
「どんな
暗闇の中に、白く発光する、丸い何かが見える。
ああ……
何体ものクラゲが、小さなパラシュート花火のように、上から下へと降ってくる。
ふわり。ふわり。
脆くて優しそうに見えるのに、指で触れると、電撃のような痛みが走った。
「——あ、れ?」
そして目を開くと、知らない天井が目に入った。
ここは、一体。
さっきまで森にいたはずなのに、と横を向くと、見知ったブルーの瞳がこちらを見つめていた。
「あ、よかった! 気がついたんすね」
不安げだったリジーの顔が、みるみる笑顔に変わる。よく見れば服も変わっていて、品の良いブルーのブラウスと、黒い短パンを履いている。
「……その服は?」
「着替えました。これはまだ、気に入ってる方なんで」
頭の下に敷かれたクッションの、羽根のような柔らかさに戸惑う。どうやら私は今、リビングのような広い部屋で、ソファに寝かせられているらしい。しかしソファと言っても、すごくふかふかで、きちんとしたベッドに勝るとも劣らない感じだ。
「そ、そう、なんだ……。着替えなんて、持ってたっけ?」
尋ねるとリジーは、ふふ、と天使のような笑みを浮かべる。衣服の上品さとも相まって、それは本当に尊いものに見えた。
「あのですねー。びっくりしないでくださいよ? あの森で、あたし気を失っちゃったんすよ。で、目が覚めたら、ここにいたんです」
「ここって?」
その答えをリジーが口にする前に、部屋の外から、若い女性の声がした。
「エリザベス。こっちに来て、飲み物を運ぶのを手伝って頂戴」
「あっ、はーい!」
ぱあっと顔を輝かせ、リジーが部屋を出ていく。彼女は心底幸せそうだったが、私はその真逆で、血が凍りつく感覚を味わっていた。あの声を聞いた瞬間から……まるで真冬の吹雪のごとき寒さが全身を襲い、そして視界を奪うホワイトアウトのように、フラッシュバックが止まらない。
水色の髪の少女。
気持ち悪い男。
全身の痛み。
そして電鋸の唸る音。
「……あ」
どくどくと心臓の鼓動が早まる。
逃げないと。逃げないと。
脈絡なく頭に浮かぶその指示に、どう対応していいかわからない。胸が苦しい。でも、自分が苦しむ様子を、あんな奴にだけは見せたくない。
だって、あいつさえいなければユウは——
「あら、目が覚めたのね?」
吐き気がした。
胸を押さえながら目を向けると、ドアのところに、美しい淑女が立っていた。銀の盆を持ち、そこに水晶のようなグラスを乗せて、春の女神のような微笑を浮かべている。
「あ、あ……」
落ち着け、と私は何度も自分に言う。
ここにいるということは、つまり……つまり彼女は死んだのだ。しかし。それでも人魚姫は『あなたは死んでいない』と言っていた。なら、この女も私と同じ生者なのか? でもそんなことが……そんな最低なことがあるか? 一人の人生に、最低なことがこんなに起こるものなのか?
そして、もしそうだとしたら。
この女の隣で笑っている、金髪の少女も、生きて……
「ふふっ」
不意にリジーに微笑みかけられて、私は咄嗟に笑みを作った。脂汗が滲んだ。怒りなのか、怯えなのか——よくわからないもので腹の中が火薬のように熱い。
「ここが、あたしの家っす。そしてこの人は、あたしのお母さんのフェリス。改めまして、リアさん。ローレンス家にようこそっす!」
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